水面下での綱引き

そんなこともありながら、王と王妃の諸領地行脚は続く。


これによってミカは、それぞれの貴族の内情や領地が持つ資質、領民の素養等々をチェックし、今後に活かすことを考えている。


一方、王と王妃が留守中の王宮がどうなっているかと言えば、実はどうもなっていなかった。どうせ王がいてもいなくてもやることは適当なので、悪い意味で安定していたのだ。


列強諸国への対応も、<伝統>や<慣習>に則って、それぞれを担当している貴族が滞りなく行っている。


しかしそれで万全だと思っているのはセヴェルハムト帝国側だけであり、列強諸国はすでに今後に向けて水面下で綱引きを行っている状態だった。


『どこが<正当なセヴェルハムト帝国の後継>となるかという点を中心に』


して。


列強諸国の有力な貴族同士が頻繁に接触を持ち、ひりつくようなやり取りが行われているというのに、セヴェルハムト帝国の者でそれに気付いている人間は数えるほどだけだ。


その一人であるネイサン=ドゥロ=ルベルソンは、一方的に解任されたことに子供のように拗ねて一切引継ぎをしようとしなかったスーリントン卿については一切当てにせず、自力でセヴェルハムト帝国の農政について学んでいった。


元々、列強諸国の一角であるトルスクレム王国で農政に関しての勉強をしていたこともあり、下手にスーリントン卿に教えを乞うよりは確実だったかもしれない。何しろスーリントン卿は、農政大臣でありながら農については本当に素人だったのだ。単に世渡り上手で既得権益の旨味を吸うのが得意だったというだけで。


とは言え、そのスーリントン卿の下で既得権益の旨味を甘受していた者達もいたわけで、それらが持つネットワークそのものは実はそれなりに機能していた。


各農地での収穫量や、天候、農作物の疫病の発生状況や虫害・獣害の詳細についても、そのネットワークによって集積されていたのである。


だが、スーリントン卿は自身が解任された腹いせに、自身の息のかかった者達に、ネイサンには協力しないように働きかけていた。


『……まったく…自身の損得ばかりで国のことは二の次三の次か……!』


自分の下にすんなりと情報が集まってこないのがスーリントン卿の差し金だと察して、ネイサンは静かに憤る。


このようなことをしていては国の不利益になるというのに。


いや、それが分かっているからこそ、国そのものを人質に取って意趣返しを計っているのだ。


『なんという悪辣さ……』


しかも、それだけではなかった。既得権益によって構築されたネットワークが使えないということで自身の伝手を使って情報を集めていたことで、彼は、ホエウベルン家が王の座を諦めていないことを掴んだのだった。


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