悪しき女帝のためのパヴァーヌ
京衛武百十
女帝<ミカ=ティオニフレウ=ヴァレーリア>
「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!!」
怒涛のような群集の罵声の中、シラミがたかったボロボロのローブをまとい、まったく手入れされていないであろう長い黒髪を絡ませた、酷くみすぼらしい様子の女性が、鎖に繋がれ屈強な男性にひったてられるように歩いていた。
それを取り囲む群衆からは、やはり、
「殺せ!」
「死ね! この魔女め!!」
「悪魔!!」
などと罵られ石や腐った卵やゴミを投げつけられている。
しかし女性は、投げ付けられた石が頭に当たって血が流れても、腐った卵が体に粘りついて悪臭を放っても、それらに一切反応することなく真っ直ぐにただ正面だけを見据えていた。その彼女の視線の先には、これまで多くの<罪人>の首を刎ねてきた、どす黒く汚れたギロチン台があった。女性はこれから、ギロチンによって断頭刑に処されるのである。
にも拘らずその女性の目には、恐怖の色も見えない。
なぜなら彼女は、
『いよいよ私の番が巡ってきたか……』
と思っていただけなのだから。
彼女の名は、<ミカ=ティオニフレウ=ヴァレーリア>。
<史上最悪の悪女>
などとも呼ばれ、数え切れないほどの人間を自らこのギロチン台へと送り込んできたのだから。
その中には、十代の少女もいた。
七人の幼い子供を持つ父親もいた。
富める者も貧しい者も、容赦なく。
そして遂に自分の順番が来たとしか彼女は思っていなかった。
『どうせ私の今生はただの余禄……できることはした……これが最後の役目だ……』
と、途方もない強靭な精神が彼女を形作っているのが分かる。
「ほらさっさと上れ、この魔女め!」
ギロチン台へと上がる階段の前で、男は彼女を繋いだ鎖を乱暴に引っ張り、上ることを強要した。
もっとも彼女は抵抗する気などさらさらなかったので、ただの嫌がらせに過ぎなかったが。
『言われなくても……』
口には出さずにそう応え、彼女は階段を上った。一段一段、自分がこのギロチン台へと送り込んだ者達がどういう想いでここを上ったのか、それを想像しようとしながら。
しかし彼女には分からなかった。その者達の<気持ち>が。もうずっと以前にこの日が来るのを覚悟していた彼女には、分からなかったのだ。
そんなことよりも、上り切って台の上に立った時には、
『ここでも死刑台への階段は十三段なんだな……偶然なんだろうけど、面白い……』
などと、本当にどうでもいいことを考えてしまう。
とてもこれから死刑になる人間の思考とは思えない。
しかも自ら進んでギロチンへと向かい、
「え…お……?」
男を慌てさせさえした。
ギロチンの前に跪き、異様に黒ずんだ、何か泥のようなものがべっとりとこびりつき層を成している、およそ普通の神経をしていれば決して触れたいとは思えないおぞましささえ放つ固定具に首を載せる。
その彼女のあまりにも平然とした姿に男の方が気圧されたのか、動けない。
そんな男に対し、彼女は、決して大きくないがしっかりとした口調で、
「何をしている。民を待たせるな。
命じる。
「!!」
男は弾かれるように慌てて彼女の首を固定し、ギロチンの刃を吊るしているロープを掴む。
『この世界に、栄えあれ……』
史上最悪の悪女、女帝<ミカ=ティオニフレウ=ヴァレーリア>は、ただ穏やかな気持ちでその瞬間を待ったのだった。
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