022.憑き物の指輪

「で、次は憑き物だが。どうする?」

「いつもどおりオオビトに任せるさね」

 憑き物は危険な物も多いが使える物もある。だからあっさりと地獄の炎で無に返すわけにもいかない。当然調査にも危険が伴い時間がかかる。それゆえにオオビトのような呪いに強く強靭な肉体を持つ鬼神の専門家がいる。

「それはいいが」

 ちらりとオオビトがシニエを見る。これがオオビトで無ければ幼女趣味の変態かとお燐も間違っただろうが違うことをお燐は知っている。はて?と首を傾げて気がつく。シニエの胸には白の塔で見つけた憑き物の指輪が下げられていた。鬼神であるオオビトは瘴気のような穢れに敏感だ。鍛冶を趣味にするほど器用で造詣も深い。そんな憑きもの扱いの専門家であるオオビトが指輪に気づかないはずがない。

「シニエ。指輪を出すさね」

 シニエが首をかしげる。

「首に掛けた鎖に吊るされた指輪さね」

 やっと理解したシニエが襟口に手を突っ込んで指輪を取り出した。オオビトが屈んでシニエの手のひらに乗った指輪を凝視する。金と銀の二層の輪が重なり合ったきれいな指輪だった。困ったシニエがお燐に視線を送る。

「大丈夫さね。オオビトは憑きものの専門家でね。改めて危険が無いか診てもらってるのさね。それに怪しいことするようならあたしがぶっ飛ばしてやるさね」

 何も心配ないとシニエに教えた。

「手に取ってもいいか?」

 シニエが頷くのを持ってオオビトは手のひらから指輪をつまみあげる。光り輝く金色に黒ずんだ銀色は鍛冶でオオビトがよく目にするものだった。

「見た目からして金と銀の指輪かと思ったが、どうやら違うようだな。材料は真鍮と鉄だ」

 シンプルな作りで二色の形は左右対称。重量も同程度。歪さも無くバランスがいい。なによりもと感心しながらオオビトが両手の親指と人差し指の四本で挟んだ指輪を曲線に沿って回した。すると指輪が二つに分かれた。

「知恵の輪の指輪か」

 二層なのはもともと二つの指輪が一つになっていたから。再び分かれた知恵の輪を一つに戻すと目前のシニエが大きく目を見開いてオオビトを見上げていた。表情もあいまってキラキラと目が輝いていみえた。白い人の興味を引かないように無意識にいつも無表情を張り付るシニエには珍しい表情でパチパチと目を激しく見開いて、食い入るように指輪に何が起きたのか探ろうしている。好奇心丸出し。興味津々の顔に思わずオオビトは吹き出してしまった。

 なんだ。失礼な!シニエの物言う視線が突き刺さる。

「笑って悪かった。お詫びにいま何をしたのか教えよう」

 手にした指輪をシニエの目線の高さに持っていく。

「この指輪はここの斜めになった箇所が二つ重なって楔になっているんだ」

 上に真鍮下に鉄の二層の指輪はとある箇所で斜めに捩れている。鉄の層をなぞっていくと斜め上に登って裏側を経由して表側の下層に戻ってくる。真鍮の層は逆に斜め下へ降りて裏側を経由して戻る。

「この捩れた部分の曲線に従ってずらしてやると・・・ほら、二つに分かれた」

 もう一度分かれた指輪を元に戻すとシニエの手のひらに乗せ返す。シニエは自分もやってみようと指輪をこねくり回す。シニエは指輪に夢中だった。


 オオビトは立ち上がると振り返りたずねる。

「これは何処で手に入れたんだ?」

「鬼灯の森の白の塔さね」

「そうか」

「何さね?」

 気になるところでもあるのかい?尋ね返す。指輪をシニエが見つけたときお燐も調べたが特に不穏なところは見られなかった。

「いや。指輪自体に危険は無い。何の変哲も無い指輪だ」

 オオビトも同じ意見らしい。

「ただ・・・」

「ただ?」

「指輪に憑いているものが気になった」

「というと?」

「神の気配がする。どこの神のかはわからないが纏う雰囲気からしてここから西南。大陸の中央下のシャングリラあたりか」

「神の持ち物。神具の憑き物ってことさね」

 お燐は悩ましげに右前足の肉球を額につける。厄介な物を拾ってしまったものだ。神具となるとお燐の手に余る代物だ。呪いや悪霊が憑いているわけでもなし。特に危険は感じられないから気にするほどでもないと思っていたが、神具となると別だ。神ゆかりの物を狙う存在は多い。よくないものを呼び寄せる可能性がある。できれば地獄に。オオビトに預けるか。火にくべてしまいたいが・・・

 指輪はもはやシニエのお気に入りとなっていた。今も夢中で指輪をこねくり回している。まさに子供からおもちゃを取り上げるのだ。幼子にいまさら手放せと言ってもそう簡単に納得できるものではない。簡単には手放さないだろう。知っていればあの時渡さなかったものを。お燐は自分の迂闊さを呪った。期待を込めてオオビトに視線を送るも無理だと首を横に振られた。

「まあ、こういった憑き物は自然と必要な者の元へと現れる。もしシニエの手に渡るのが運命だったのなら引き離すのも得策じゃなない。必要なときに無いと困るからな。やれることといったら人の目から隠すことだけだ」

「そうさね」

 シニエにも言い聞かせて後はお燐が気をつけるしかない。

「しかし。結局これは何なんだろうね?」

「さあな。神のみぞ知るってやつかもな」

「・・・オオビト。あんた鬼神じゃなかったさね」

「違う違う。持ち主本神のことだよ」

「やれやれ本当に神が使っていただけの装飾具ならいいんだけどね」

そうであればいいな。指輪で遊ぶシニエを見てお燐はそう思った。

「もしかしたら人には無害で神仏悪魔にとって有害だったりしてな。それなら俺がやばい」

「そりゃいいね。ハッハッハ」

 冗談にオオビトとお燐は笑った。

 シニエは急に笑い始めた一人と一匹をぎょっと驚いた目で見つめるのだった。

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