28.冒険者は王都へ出向く

「「「どうしてこうなった?」」」


 浮かない顔を突き合わせた三人の、ため息まじりの問いかけが重なった。

 礼服に身を包んだアルバに、ドレス姿のラキアとケイティである。


「まあ、馬子まごにも衣装ですねぇ」


 ほめ言葉と取り違えているのだろう、神官の礼服をまとったモナは満面の笑みである。


 実際のところ、その衣装は三人にとても似合っていた。


 流麗可憐かれんなドレスを見事に着こなしているラキアは、身のこなしも堂に入っており、薄化粧ののりもよく、完璧な仕上がりを見せている。

 まさに、一分いちぶのすきもない深窓の貴族令嬢だ。


 いつもはよろいに押し込めている肉体美を惜しげもなくさらしたケイティは、豊かな紅い髪も相まって、絢爛けんらん豪華な存在感をかもし出している。

 どこぞの女王様だと聞かされても納得してしまうだろう。


 アルバにいたっては、普段は隠している素顔をさらし、おとぎ話の王子様も真っ青な美青年ぶりである。

 魔力持ち特有の線の細さと、鍛錬によって磨かれた姿勢のよさが、礼服のもつ歴史に裏打ちされた様式美を最大限に発揮させている。


 現在、彼らは王都にある西の辺境伯の別邸に招かれている。

 これから開かれる祝宴に向け、控室で準備を整えた終えたところだ。


「お待たせいたしました」


 着付けを手伝ってくれたメイドが衣装部屋の扉を開けて、控室に入ってきた。


 メイドに続いて姿を現したのは、上品かつ繊細なドレスに身を包み、優雅なほほ笑みを浮かべた、女神と見まがうばかりの絶世の美女であった。


「「「誰?」」」


 アルバ、ラキア、モナの三人が目を丸くする。


「むふー」


 美女が鼻息も荒く相貌そうぼうを崩す。そこに現れたのは、見慣れた顔だ。


「いやぁ、やはりユリシャは美しいなぁ」


 恋人をのろけるように、ケイティがだらしなく、にへらっと笑った。


「まじかよ」「うそでしょ? 手品みたい」「表情やお化粧で、こうも違って見えるものなのですねぇ」


 ユリシャの素顔は、よく言えば非常に整っているが、悪く言えば極めて無個性だ。

 そのためか、無表情では存在感がとても薄く、逆に普段の大げさな表情は際立つ。

 そしてどうやら、化粧ひとつで大きく印象が変わるようだ。


「失礼するよ。お嬢様がたの準備は整ったかな?」


 控室の扉が開き、ふたりの紳士が入ってきた。

 ひとりは邸宅の主である西の辺境伯、もうひとりは祝宴の主賓しゅひんであるクルスターク卿である。


 辺境伯は青年から壮年へとなりかけの若い領主で、見るからに武人然とした偉丈夫である。

 高位貴族にもかからわず、平民にも気さくな態度を崩さない好人物だ。


【鷹の目】の面々はすでに辺境伯と正式な挨拶を交わしているので、今は軽い会釈で済ませる。


「ほう、これは予想以上だな。では、会場に向かうとしよう」


 辺境伯がラキアを、クルスターク卿がユリシャをそれぞれエスコートして控室を出てゆく。

 アルバはケイティをエスコートして、彼らに続く。

 未婚の神官は男女ふたり組を避ける習わしがあるため、モナだけはひとりで歩く。


 冒険者が貴族のパーティーに招かれることはまれだ。

 アルバですら少し緊張している自覚がある。


 会場へと向かう道すがら、アルバはこうなった経緯を思い出していた。




 魔獅子討伐の後、ほどなくしてクルスターク卿が王都へと招聘しょうへいされた。


 数百匹にも及ぶ魔獣の襲撃という、下手すれば複数の街を失いかねなかった大事件である。

 それをさしたる被害もなく収束させたクルスターク卿の功績を王国も重く見たようだ。


 王国からは内々に、領地の加増とクルスターク領の子爵領から伯爵領への格上げが通達された。

 これにより、クルスターク卿も子爵から伯爵へと陞爵しょうしゃくされることになった。


「それでも報奨としては大きすぎであろうな。ここ数年来、辺境子爵は皆、不満を溜め込んでおった。吾輩わがはいを皮切りに、辺境子爵を伯爵へと陞爵する流れができているのであろう」


 重要な話があると領主邸に招かれた【鷹の目】の一同に、クルスターク卿が内情を説明した。


「不満、ですか?」


「現状、この国を支えておるのは魔石であり、その供給源は多くが辺境子爵領である。しかし、国への貢献度が増す一方で、辺境子爵の爵位は据え置き。結果、流通の過程で不埒ふらちな伯爵どもによる搾取さくしゅが横行しておる」


「あー、いかにもありそうな話」


 ラキアが妙に納得する。


「つまり王国は、今回の件で、手柄を上げれば伯爵に陞爵する用意がある、と辺境子爵の皆様に喧伝けんでんしているわけですね」


 察しのよいモナが、子爵の言いたいことを代弁した。


「ま、それに加えて儂の存在が大きいじゃろうな。王家のやつ、儂にこびを売っとるんじゃよ」


 マーキナーが王家をあざ笑う。


「儂の氏子である子爵を伯爵にして、ご機嫌をうかがっとるんじゃ。そのくせ、子爵と一緒に儂にも王都へぜひ、とぬかしおった。誰がゆくか! 王自らこちらに出向き、儂に土下座するまで許してやらん!」


 マーキナーの剣幕に、皆が苦笑いである。国王自ら辺境におもむくなど、前例がない。


「というわけで儂は行かんから、王都へは子爵とお前らだけで行ってこい」


「「「「「は?」」」」」


【鷹の目】の五人は、思わず言葉を失った。


 それからの流れは怒涛どとうのごとくであった。


 翌日には冒険者ギルドから【鷹の目】に対し、ギルド特別功労賞の授与と、その報奨としての鋼級への昇級、そして王都への特別派遣が通達された。

 特別功労賞の名目は、クルスターク卿に協力することで冒険者ギルド全体の名声を高めた、というものだ。


「納得できん。王都くんだりまで出向いていたら、次の迷宮攻略が遅れる」


 王都へ行くのがよほど嫌なのか、アルバが不満をもらす。


「『王都くんだり』って……。ギルド本部の、ひいては王国からの要請よ。断れるわけないでしょ」


「迷宮攻略の遅れについては、鋼級への昇級と王都派遣の手当でチャラにしてくれ、という話ですし」


 愚痴るアルバをラキアがしかり、モナがなだめた。


「昇級や報酬の話じゃない。迷宮を離れすぎた。これでは勘が鈍る!」


「うむ、アルバ殿の言うとおりだ。にぶる! なまる! ものたりぬ!!」


「この脳筋どもめ……」


 鼻息の荒いアルバとケイティにラキアがあきれ返り、モナも苦笑いだ。


 数日後にクルスターク領を出発した一行は、数日かけて王都へと到着した。


 王都にある冒険者ギルドの本部に身を寄せた【鷹の目】は、そこでようやく詳しい事情を聞くことができた。


「今回の一件は、『とある幻惑系魔術師が魔獣を操って起こした犯行であり、神罰が下ったことで事態は収束した』と公表されます。あなた方も話を合わせてください」


 そう説明してくれたのは、ギルドの本部長である。

 神経質そうな細面と眼鏡越しの鋭い眼光が印象的な人物で、一見すると国の役人か文官にしか見えない。

 だが実際は、凄腕の魔術師だそうだ。


「『魔法使い』と聞くと、魔物の知識がない庶民は『太古の魔法使い』を連想してしまいます。最悪、社会不安すら招きかねない。そこで、定番の悪役である『邪悪な幻惑系魔術師』の出番、というわけです」


 高位の幻惑系魔術は国の管理下にある。それを無断で使用する者は社会の敵であり、巨悪の代名詞として認知されている。

 ちょうど、太古の魔法使いの劣化版のような扱いだ。

 犯罪者が低位の幻惑系魔術を多用することも、この風潮に拍車をかけている。


「ですが、独自の情報網をもつ貴族に真相が知れるのは止められない。それに、太古の魔法使いに匹敵する存在がいつ現れてもおかしくない、という危機感を貴族が共有するのも悪い話ではない。というわけで、真相が噂として流布るふするぶんには放置する方針です」


 そこでいったん話を切り、本部長は【鷹の目】の一同を見渡す。


「今回、あなた方に王都に出向いてもらったのは、クルスターク卿が王に謁見えっけんする際に同席してもらうためです」


「王に謁見!?」


 驚きの声を上げたのはラキアである。モナも目を丸くしている。

 アルバ、ケイティ、ユリシャの三人は、ことの重大さが飲み込めずに平然としている。


「太古の魔法使いに匹敵する存在を倒した『英雄』を、王自らねぎらったという実績作りですよ。後からそういう話になった場合に備えてね」


「後から、というと?」


 悪い予感がするのか、ラキアが恐る恐る本部長に尋ねた。


「いろいろ考えられるでしょう? 社会不安が広がってしまった場合、とかね」


「要するに『英雄』が必要になった場合、ね。正直、勘弁してほしいわ」


 ラキアがため息交じりにつぶやいた。


「まあ一応、ギルドに恩を売った、という意味合いもあるのでしょう。……ふん。王に謁見を賜った栄誉など、冒険者にはクソの役にも立たないのに、なぜそれが理解できんのか。馬鹿どもめ」


 王国を口汚く罵るさまを見て、『ああ、この人も間違いなく元冒険者だ』とアルバは思った。


「あなた方の昇級もそうです。王家からの要請でね。『王が鉄級冒険者に謁見したとあっては沽券こけんにかかわる。せめて鋼級にならないか』とね」


【鷹の目】の一同は表情を固くした。

 自分たちの昇級が王家の意向によるもの、と聞かされては、不正を働いた気分になってしまう。


「安心してください。あなた方の実力は間違いなく鋼級です。そうでなければ、私が根回ししたところで昇級が認められることはなかった。前例のない昇級であることは否定しませんがね」


「私たちに与えられた特別功労賞のことですか?」


「ええ。ギルドの規約では『ギルドに多大なる貢献があったパーティーに対して金銭またはそれに変わる報奨を与える』とあります。暗に『通常の実績には反映しない』と言いたいわけです」


「つまり、特別功労賞の報奨としての昇級はありえない?」


「そのとおり。そこをねじ曲げて、あなた方に鋼級に値する実力があること、迷宮攻略が遅れている正当な理由があることを、法務部やら他国の本部に説明して……なにが王の沽券だ、まったく!」


 本部長は王国に振り回された不満が相当にたまっているようだ。


「失礼。あなた方には関係のない話でしたね。昇級おめでとう。とりあえず、王の謁見までは休んでください。それと、もうひとつだけ仕事があります」


「なんでしょう?」


「辺境伯がクルスターク卿の陞爵を祝ううたげにあなた方を招待したいそうです。衣装などはあちらで用意するそうなので、ご心配なく」


「私たちが、辺境伯様のパーティーに出席ですか?」


「ええ。貴族連中からの、たっての要望だそうです。未来の『英雄』に会っておきたいとね」


 それになんの意味があるのか、自分たちになにを期待しているのか、それがわからずに、ラキアを除く四人は戸惑った表情になる。


「ようするに話のネタがほしいだけよ。人気の話題を持っていれば、人が集まってきて有益な情報も得やすくなる。情報収集の常套じょうとう手段よ。アルバならわかるでしょ?」


 ラキアの解説に合点がいって、アルバはうなずく。


「なるほど、俺たちは客寄せの見世物か」


「そゆこと」


「まあ、貴族のパーティーといっても、そこまでかしこまることもないでしょう。ここだけの話、辺境伯も元冒険者ですしね」


「「「「「え?」」」」」


 本部長の爆弾発言に、【鷹の目】の一同は目を点にする。


家督かとくを継ぐ前の話ですよ。正体を隠してね。私も一緒に迷宮に入った仲です。ガットロウも一緒だったのですが、聞いてませんか?」


「「「「「えええ!」」」」」


「そういえば、あの小心者の筋肉達磨だるまは元気にしていますか? どうせ、こっちの苦労も知らずに、田舎でのんびりしているのでしょうね」


 数日後、【鷹の目】の一同はクルスターク卿に同行して王宮へと出向いた。


 国王に謁見する際には、広間の一番後ろで終始ひざを折り、頭を上げることも許されなかった。

 すべての発言は王に代わって大臣が行った。

 そのため、王の顔を見ることも、王の声を聞くこともなく、謁見は終了した。

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