エルロック・ショルメの診療記録

南野洋二

序文

 私の名前はマクシミリアン・H・ウィルソン。精神科医である。

 あなたがこの文章を目にしているということは、チャリング・クロスにあるコックス銀行の地下金庫から私の良心が収められたブリキ箱が発見されたということだ。

 あなたにも良心があるのならば、今すぐこの書類を箱の中へと戻して、そっと蓋を閉めて欲しい。そして元の金庫へと仕舞うべきである。

 私はこの記録をあくまでも診療記録として記していた。しかしながら学会へ発表する訳にも行かず、医師の義務感から破棄する決断も出来ず、ここへ隠し続ける事に決めたのだ。

 あなたが個人的な興味によって目を通す分には全く構わない。しかしながら、これを世間へ発表することは絶対に避けるべきだ。

 なぜなら私の患者であるエルロック・ショルメという人物は、人から聞いた話をあたかも自分が体験したかのように話を書き換えて伝える天性の嘘吐きだからだ。

 解かり易い例を上げるのならば、そもそもエルロック・ショルメはその名の通り、純然たるフランス人である。自身の名前が〈たまたま〉かの高名な名探偵と似ているのを勝手に運命だと決めつけて、イギリスはロンドンにあるパーカー街219番地へと移住し、『ハーロック・ショームズ』と英語圏の読み方を名乗って諮問探偵を開業したのだ。

 なお、私が彼の〈仕事〉へと同行したのは主治医としての責任感からであり、決して彼への友情や金銭目当てでは無かったという事実はここに明言しておきたい。



追記


 フランスでの事件で知り合った作家〈モーリス・ルブラン〉氏へこの記録を見せた処、是非アルセーヌ・ルパンの冒険として発表させて欲しいとの申し入れがあった。私としてはどのみち封印するつもりであるから、一も二も無く快諾した。よってこのブリキ箱が開けられた頃には同じような事件がすでに世に知られているであろう。私はルパンの冒険こそが真実であり、ハーロック・ショームズなる探偵は架空の存在に過ぎない、との評価を積極的に支持する者である。

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