かみ結い【分割版】

いうら ゆう

本編

第1話

 はたり、はたりと娘の顔は白粉に覆われた。細やかな微粒が肌の表面を綺麗にならしてゆく。

 つくられた白い肌、差された赤い紅。一つに結わえられた濡れ羽色の髪は、背を伝って緩やかに流れる。娘の支度を手伝っていた下女は、衿元を整えていた手を止めた。世の者とは一線を画した娘の美しさに、彼女は感嘆の息を漏らす。

「……綺麗」

 下女の言葉を受け、娘が微笑する。

 けれども、娘に笑みを向けられた瞬間、後ろめたさが下女の胸中に湧き上がった。思わず娘から視線をそらしてしまった彼女は、肩で切りそろえられた短い髪を静かに揺らし、俯く。

 今宵、この娘は水神のもとへと捧げられる。贄として水に入るのだ。

 下女は俯いたまま、そっと娘の顔を伺い見た。娘の目がこちらではなくどこか別の場所に向けられていることに気付いて、彼女は知らず安堵していた。すっきりとした娘の顔は今は横を向いている。娘の目は芒洋と、そう遠くはない昔を思い起こしているかのようだった。

 そんな娘の姿に、彼女は詰まりそうになる息を急いで嚥下させた。


 彼女は知っていた。

 水神に求められる娘が、なぜ彼女でなければならないのかを。

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