第22話 竜と少年

 他の場所にも降下していた? いや結界の反応からそれはない。

 数を誤った? いや降下直後にスクマ達が確認したのだからそれもないだろう。

 倒し損ねていた? いや四体は確実に生命活動を停止したことを確認した。残る一体もスクマによれば力尽きたとーー

 兵隊級は心臓を破壊されない限り、回復する。単に魔力や生命力を消費しただけならば尚更だ。

ーー力尽きてはいなかったのだ。

「何あれ。見たことない魔物だけど」

 ファーラの声で、我に返る。考えるのは後だ。

「あれは外来種だ」

「あれがーー」

「あれが、兄さん達を殺した……敵」

 ワタルが興奮している。仇を前にすれば無理もない話か。

「ふっ!」

 外来種が近づいてきた瞬間、出鼻を挫くようにファーラが矢を浴びせた。数本を連続で放ち全てが命中。しかし全て外殻に弾かれてしまった。

「ファーラ、奴は硬い外殻に覆われている。狙うならば腹部の心臓だ」

「りょーかいですっ」

 なおも近づいてくる外来種を前に、ファーラは魔力を集中し始めた。

「ーーっ? く、バキニホスク!」

 ファーラの詠唱終了と同時に地面から土の杭がせり出して外来種をからめとった。

「ふぅっ。今のうち! 二人とも逃げるわよ!」

 言うやいなやファーラはワタル(と私)を腕で抱えて走り出した。

「ファーラさんどうして? あの土の巨人を出せばあんな奴」

「ーーここでは、使えないのだな?」

 ファーラが頷いた。

「やはりか。先程の詠唱で詰まっていたからな」

「ーーはい。ここでは森の精霊の干渉が大きすぎて、私が契約する土の精霊の力がうまく発動しないんです」

 精霊魔法には発動条件があるということか。

「せめて森の外に出ればーー」

 後ろで大きな音がした。外来種が拘束を解いたのだ。猛スピードで追ってくる。

 ファーラは後ろを振り返り、追いつかれると判断してワタル(と私)を離した。

「ファーラさん?」

「ここは私が食い止めるから、君達は早く逃げなさい!」

 迫りくる外来種の前に、ファーラは立ちはだかった。


 立て続けに矢を放つが外来種は止まらない。

「バキニホーーっ?」

 再び精霊魔法を試みるも、失敗。やはりここでは森の精霊が多すぎて土の精霊に声が届かない。

 外来種がすぐそこまでやって来た。だけど逃げるわけにはいかない。後ろにはあの子達がーー

 外来種が足を振り下ろしてきた。後ろに跳んだが、かわしきれない。爪が足を抉っていく。

「いった!」

 バランスを崩して倒れ込んでしまった。衝撃で弓矢もどこかへ転がっていった。頭も打ったようで意識が遠のく。

「まだ……まだ、こんなところで」

 目前の外来種が腹部から長い管を伸ばしてくるのが見えた。このままでは危険だ。

ーーあの子達が逃げられたなら。

 それでも、どこか満足していることに驚く。

 いつの間にか情が移っていたのだと気づく。

 管が近づいてくる。せめて簡単には死んでやらないと心に決めた。

 その時だった。

「え」

 飛んできた何か。あれは光の矢。

 それが管を木っ端微塵に破壊していった。



 ファーラが私達を守ろうと命を懸けている。

「ワタル、今のうちに少しでも遠くへ」

「嫌だ!」

 私は驚いた。ワタルがこれほどハッキリと力強く意思を示すとは。しかしーー

「私はカケルと約束したのだ。お前を死なせるわけにはいかない。ここは生き延びることを」

「もう嫌なんだよ! ボクを逃がすために誰かが死ぬのは、もうミント姉ちゃんみたいになるのを見たくない!」

ーーああ。そうか。私は思い知った。

 ワタルの命だけを守るのではいけないのだ。

 この子の心を、ここで殺すわけにはいかない。

「ラグーン、ボクに力を貸してくれ! ファーラさんを助けるんだ!」

 この子はここで、大きくなる。

 そう確信した時、私は大いに高揚した。

「……いいだろうワタル。我が力、使ってみせるがいい」



 管は破壊したが、外来種は諦めていない。動けないファーラを前足で襲いにかかっている。

「ワタル、結界だ!」

「遮蔽結界!」

 ファーラの前に生み出した空気の壁が外来種を阻む。本来はもっと広範囲を囲うものだが、今のワタルでもこの規模ならば使いこなせる。

「ワ、ワタル君? どうして」

「ファーラさん、そこから動かないでください!」

 外来種が見えない壁に怯んでいる。今がチャンスだ。

「ワタル、結界で奴をかち上げろ!」

「もう一つ!」

 外来種の前部下から発生させた空気の壁が、外来種を持ち上げて腹部を露わにした。

「今だワタル!」

 先程と同じ要領で『継承者』にアクセスさせる。

「我受け継ぎしは力の衣。エンチャント」

 ワタルが持つ矢が魔力に包まれ強化されていく。彼の遺志がワタルに力を与える。

「あれは私の弓矢。だけど子供じゃ当てられるはずがーー」

 倒れたままのファーラが見つめる中、ワタルは弓を引き絞る。

「我受け継ぎしは必中の極意。一点三射」

 彼女の遺志がワタルを導いてくれる。今この時だけ、この子は必中の射手となる。

「いっけえぇえ!」

 放った矢が魔力の尾を引きながら飛んでいき、外来種の腹を撃ち抜いた。心臓部を破砕された外来種は、崩れ落ち沈黙した。



「我受け継ぎしは再生の光。ヒール」

 ワタルがファーラを抱き起こして回復魔法をかける。出血が止まり、彼女の表情に余裕が感じられる。かなり楽になったようだ。

 ファーラはずっとワタルの顔を見ている。

「あの、まだ痛みますか?」

 ワタルの問いにファーラは首を横に振った。

「んーん。それは大丈夫」

 そう言いつつファーラは変わらずワタルを見つめている。

「……君、すごかったんだね」

 それは思わず漏れたような、小さくも透き通った声だった。

「いえ、すごくなんかないですよ。これは全部ラグーンのおかげで」

「そうじゃなくて」

 ファーラは両手でワタルの頬をつかみ、自分の顔に引き寄せた。

「え? あの、ファーラさん?」

 ワタルの顔が真っ赤になった。心拍数も急激に上がっている。先程の戦闘時よりも高いくらいだ。この子にとってはそれほどの事態らしい。

「魔法とか技とかそんなのじゃなくて。この前会った時の君はオドオドしててさ、今みたいに大きな魔物に立ち向かえる子だとは思わなかったから」

「あの時はーー」

「でも今は、いい顔してるよ」

「そ、そうですか?」

「うん。ていうかさ、敬語使わなくてもいいよ。さん付けも無し! ファーラでいいよ、ワタル」

「あーーうん、わかったよ。ファーラ」

 ワタルがファーラに肩を貸して、町への帰路につく。平静を装っているが、私には動悸がまる聞こえだ。

「おっとっと」

「こら、女の子一人くらい支えられなくてどうするのっ」

 楽しそうな声が聞こえる。こんな気分はいつ以来だろう。

 帰りの道中、私はとても穏やかな気分で二人の話に耳を傾けていた。

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