第61話-エトーナ火山


「まとめると、今夜出発、三日後の夜頃に火山の麓で一泊、その後は山頂に向かい、聖騎士団を探すということだな」


「そうね、戦闘になったらなるべく殺さずに捕まえたいからロープは多い目に持っていくわ」


「魔獣は片っ端から倒すということだが、素材は放置でいいのか?」


「それは私に任せておいて。ここに入れるから」


 ヨルは腰に下げた赤い巾着をポンと叩く。


「そういやそんな便利なものもあったな」


「それで、もし本当にやばいやつ、一当ひとあてして勝てないやつが出てきたら一目散に撤退ね。はぐれたら明日の夜に一泊する付近ということにしましょう」


 そのまま二人で往復一週間分の食料と、登山用の道具を色々と買い揃えるために街へ出た。

 色々と声をかけられないために、ヨルは貰ったニット帽を被る。これで一見セリアンスロープなのか人間なのかは解らないだろう。




――――――――――――――――――――




 市場までやってきた二人は、まずは食料品を物色する。


 特に食料は肉類はそれなりもっているのだが、いつも火が起こせるとは限らないため、簡単にに食べられる非常食を中心に水も多い目に買い込んだ。



「ホント便利だなーその巾着……ん? おーよしよし、こいつ人懐っこいなー」


 道端の露店で販売しているカンテラを眺めていたアサの足元に二匹の仔猫がじゃれついていた。


「これだけ街中に猫が多いと、毎日餌やりとかして面倒を見ている人も多いんだろうな」


「その二匹は俺が毎日餌とかやってるんだ」


 露店の店主が二匹の仔猫を指で撫でると、仔猫は気持ちよさそうに喉を鳴らす。


「へぇ、じゃぁ私が餌やりしちゃうと居なくなったら露頭に迷っちゃうね」


「そうだな、余り無責任に世話をするのも良くはないな」


 露天商とアサが仔猫を撫でているのを横目に商品を物色していたヨルは何かが引っかかり、店主に質問をする。


「あの、ちょっと聞きたいんだけれど昔、この街にティエラ教会の聖騎士団の人って常駐してたりしてました?」


「さぁねぇ……国外から来た教会の連中は、一日二日滞在してるっぽいが、長い間居るってのは見たこと無いな」


「そうですか」


「冒険者連中は最初にこの街を拠点にしてから次の町に出ていくことは多いがなー」


「…………っ!?」


『アネさんどうしやした?』


「あのっ、おじさん、教会の人たちって全員あの大聖堂で泊まっているんですか?」


「ん? いや、確か貴族街近くの山側に寮みたいなのがあって、大人数が来たりしたらそこに泊まってたりするらしいぜ」


「山側の……ありがとうございます。アサ、ごめんちょっと用事が出来た!」


 ヨルは仔猫を抱いたアサをそのままに、貴族街の方へ駆け出したのだった。



――――――――――――――――――――



「ここがティエラ教会の寮……というか宿泊施設?」


 ヨルが街に入った門から正反対側、貴族街をすぐ近くに望む斜面に立っている区画にその建物はあった。


 横長の一つの区画をすべて使った、まるで学校にある学生寮のような二階建ての木造の建物。


 それなりに綺麗な外観で目の前の道路も石畳が敷かれているが、あまり人通りは無い閑静な区画だった。


 この宿泊施設以外は普通の住宅のようで、店は殆ど無い。


『アネさん、ここがどうかしたんでやすかい?』


「んー、ちょっと気になる事があってね」


 ヨルは宿泊施設の周りをグルッと回り近くの路地を覗き込んでいく。


 道を更に貴族街とは反対の山側に二区画ほど進むと石畳がなくなり剥き出しの地面の道に変わっており、家屋もボロ屋というようなスラム街の入り口に差し掛かった。




 時折聞こえる猫の鳴き声を頼りに誰も住んでいないような家を探すと、一軒の半分崩れている建物が見つかる。


 数十匹の猫が寝ており、野良が集まっているような場所だった。


 眠っていた猫たちは突然の侵入者に警戒するが、ヨルが帽子を取り尻尾を振って「ちょっとごめんね」と呟くと、猫たちは安全だと判断したのか再び目を閉じた。




(ほんと、まさかとは思うんだけど…………)




 ヨルは屋根の崩れた建物に入り、室内をキョロキョロと見回した後、壊れた家具をどけて壁に手をやり調べる。




 ――カコッ




 そんな音を立て、壁の一部が唐突に外れた。


 壊れたというわけではなく、きちんとヒンジがハメてあり隠し扉になっているような部分だった。


「まじかーー!」


 その壁に空いた穴に入っていたのは一枚の白い封筒だった。

 ヨルはその封筒を手を取り、裏側を見る。




「何考えてんのよあいつは!! こんなの判るわけ無いじゃない!! んなぁー!!」



 ヨルが猫の様な叫び声を上げると、眠っていた猫が一斉に起き上がりヨルに視線を向ける。





「あ、ごめんね寝ているところを。用事が終わったから私は帰るから」


 ヨルは猫に声をかけてから建物を後にする。


『アネさん、それなんですかい?』


「とびっきりのアホが裏の裏をかいた答えよ」


 ヨルは路地裏で、あたりを見回し人の姿がないことを確認する。

 辺りはそろそろ昼下がりという時間になっており、太陽もてっぺんから傾き始めている。


 ヨルはその封筒を破り、中に目を通した。


 ――――――――――――――――――――


 ――ヨルへ


 この封筒は俺が念の為に、アドルフさんに頼んでおいたものだ。

 偶然見つけてしまったのなら、このまま破り捨てろ。



 もしここまで来たのが偶然じゃないのなら、まずはヨルを巻き込んでしまったことを謝りたい。


 既に知っているかも知れないが、俺が手に入れた情報をまとめておく。



 ………

 ……

 …


 ――――――――――――――――――――


 一枚目の便箋に書かれていたのはヨルが手に入れた情報をつなぎ合わせたものと殆ど同じ内容だった。


 つまりヨルの予測も含めすべてが正しかったという証明だった。


 知らなかった情報といえば、エイブラムがとある古代遺跡で人の意識や自我を保ったまま、行動する目的だけを上書き洗脳する古代魔法を手に入れたということだった。



「二枚目……」



 ヨルはそのまま二枚目の便箋に目を通す。


 ――――――――――――――――――――


"俺は今日、ガラムの街で聖遺物を手に入れるためにやってきた執行部の人間の護衛をした。ヨルに街中で会った直前の話だ"



「あぁあのときか」


 ヴェルの店を出た時に突然後ろから声をかけてきたことがあった。


「鎧までつけて妙に疲れた顔をしていたのは、その帰りだったんだ」




”聖遺物をエイブラム大司教に引き渡されたが、その時の彼の言葉を聞いて宿に戻りこれを記す”


"俺も、俺じゃなくなる可能性が高い”


”もしそんな俺と出会ってしまったら俺を殺してくれ”


"エイブラム大司教が手に入れたのは【古代魔法 理想郷ユートピア】というもので、神の力をもって解呪する以外は死ぬしか解くことが出来ないらしい”


"こんな形でヨルに面倒な役目を押し付けてしまってすまない"



 ――――――――――――――――――――



「はぁぁぁぁぁ…………」


 今までで一番深いため息をついたヨル。


『これどうやってこの場所に置いたんですかい? 確かシンドリには立ち寄ってないって言ってやしたが』


「多分、アルがお願いして、アドルフさんがここに置いたんでしょ」


 ガラムでヨルが受け取った手紙に書かれていた「世話をしていた近所の野良猫が隙間風で震えていないか心配です」の一言にヨルは自分の宿屋の部屋のことだと思っていたし、実際にそこにちゃんと手紙があった。


 だが、もしもの事を考えアドルフさんに依頼してここにも手紙を隠したのだろう。

 この街の貴族のアドルフはアルの様子が変わった事を知った。そしてヨルが街を出た後に傭兵ギルドを辞めて、この街に戻り手紙をここに置いたのだろう。






『なるほど……ちなみに 【理想郷ウトピア】は、あっしも使えますぜ』


「だよね、私も使える」


『解呪もできますぜ』


「うん、私もできる」





『伝説の古代魔法』を手に入れ高らかに笑い声を上げていたであろう、あのインテリ眼鏡の顔が思い浮かぶ。


 だが【理想郷ユートピア】と記していたのは古代魔法でもなんでも無い。


 単純に歴史の中で失われてしまった ただの精神魔法だ。正式にはサタナキアが言った通り【精神魔法 理想郷ウトピア】という。


 対象の人物の目標や夢を刷り込み、同じ目標に向かってみんなで頑張る!というような目的で作られた魔法だったとヨルは記憶している。


 人権やモラル。そんな人間やセリアンスロープの社会の中で他人の精神を操る魔法が廃れ消えてしまうのは当然とも言えた。


「はぁぁ…………ぷーちゃん 【 理想郷ウトピア】の解呪って【解放リベラーティオ】だけど術者本人でもそれで良いんだっけ?」


『術者以外の人間が解呪するなら【 解毒デトフィケーション】が手っ取り早いかと』


 【理想郷ウトピア】で上書きされた呪詛は『脳に侵入した異物』のため、体の中の毒を取り除く超初歩魔法の【 解毒デトフィケーション】で回復してしまう。

 恐らくそんなしょうもない事実も、この魔法が失われてしまった理由の一つだろう。

 そしてエイブラム大司教も『他人を操る』ような魔法が、 ただの解毒呪文で解呪されてしまうとは夢にも思っていない上に、試すこともしていなかっただろう。



「どいつもこいつもバカばっかりだー……」


 ヨルは手紙をくしゃりと折りたたむとポケットに仕舞い、市場へと戻っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る