第59話-ティエラ教会③
(そうかーティエラ教会の「ティエラ」って西の言葉で大地っていう意味かー)
ヨルはとぼとぼ港に向かい、そのまま堤防の上に飛び乗り、先客の母猫と仔猫を撫でてから隣に腰を下ろした。
そのままぼけーっと海を見ながら頬杖をついたまま、一時間以上が経過していた。
散々ヨルのまったり旅を邪魔してきた原因であるティエラ教会。
それは大地神ヨルズの捜索を命じられたヴェルことゲイラヴォルがヨルを探す手がかりを集めるために作った団体だった。
信仰しているのが大地神ヨルズというのも、今のヨルには皮肉としか思えなかった。
「一歩だけ譲って、ヴェルが作ったところまでは良いよ! 蛇男と蛇女が私の親しい配下って何!? しかも教典にそんなこと書くなバカーーっ!!」
叫びながら殴りつけた堤防はヨルの拳の形に凹む。
「ヴェルが作った教会が私を信仰してて、私を復活させるために、私の嫌いな奴らを使おうとしてるって……絶対ヴェルの嫌がらせよねこれ」
――堤防にガンガンと音が響き、寛いでいた猫達が迷惑そうな顔で一匹また一匹と逃げてゆく。
「で、エイブラムがアルを操って、デュポーンのアホを復活させようとしてる……じゃあ聖遺物っていうのは私に関連する物……?」
『アネさんの勇姿が拝めるんでやすね』
「拝めないわよ……私はここにいるんだから神が復活するわけないじゃない」
『そっ、そんな……』
サタナキアが堤防の上で崩れ落ちる。
仔猫が背後から寄ってきて、その尻尾にジャレつき始める。
(かわいい……)
そのまま背中に乗ると、他の子猫も機になるのか次々とサタナキアの背中に乗り始め、ついには仔猫だんごになっている。
ヨルは立て膝に頬を乗せ、深いため息をつく。
「もう、面倒だから全部無視して船に乗って旅に出ようかなー」
海からの風に乗って消えてしまいそうな呟きだったが、耳聡く拾った者がいた。
「お姉様、外国に行くんですか!?」
「ヨルは船に乗るのか?」
ヨルが振り向くと、到着したばかりなのか、大きな荷物を持ったままのカリスたちのパーティーがいた。
カリスとリン、エアハルトと、もう一人。
「えっ? アサ?」
エアハルトの背後から姿を見せたのは、王都で別れたばかりのアサヒナだった。
アサは赤いロングヘアーをポニーテールに結っており、前髪はヨルが渡したヘアピンできっちり留めていた。鎧を着込んで帯剣もしており、このまま戦いに出れそうな格好だった。
「ヨルに用があってあの後すぐに早馬を飛ばして来たんだ」
「何かあったの?」
「お姉様! こちらの方は一体?」
カリスがヨルの腕にしがみ付き問い詰めるのを、リンとエアハルトは「やれやれ」といった表情で眺めている。
カリスたちとアサは街の入り口で審査を受けている時、アサが衛兵にヨルがこの街に入った記録があるかを問い合わせていたのを耳にしたとエアハルトがヨルに説明する。
「アサ、自己紹介とかしてないの?」
「なんだか、色々とそれどころじゃなかったんだ」
「お互い、とりあえずそこからじゃない?」
それもそうだなとアサが腰に手を当て、後ろのカリスの方を向く。
「私はアサヒナという。スヴァルトリング女王近衛騎士団の団長を拝命している」
「なっ――!?」
「近衛騎士団長……」
「へぇ〜すごぉ〜い」
カリスたちは三者三様の驚き顔を見て、アサはなぜか満足そうな顔でうんうんと頷いている。
「私はカリス・ガメイラです。こっちはエアハルトと、リン」
エアハルトは黙礼し、リンは「よろしく〜」と片手を振っている。
「それで、その近衛騎士団長様がお姉様になんの御用ですか?」
「おい、カリス!!」
カリスが頬を膨らませてアサヒナに詰め寄るのをエアハルトが
「そう言うわけで、ヨル、少し急ぎで伝えたいことがあるから宿屋に案内してくれ」
「わかったわよ。カリス、私は海猫亭って宿屋に泊まっているから後で食事でも行こう」
渋々引き下がるカリスに対し、ヨルはエアハルトとリンにジェスチャーで謝っておく。
カリスは悔しさを隠しきれない表情で今にもハンカチを咥えて引きちぎりそうな様子だったが、ヨルはあえて見て見ぬ振りをする。
リンがいつもの調子で片手を振り返すのを見て、ヨルは堤防の上で猫団子になっているサタナキアを回収して、アサヒナと共に海猫亭に向かったのだった。
――――――――――――――――――――
「ヨルが泊まってるのはいつも豪華な部屋だなー」
部屋に入るなりアサヒナがキョロキョロと見回しそんなことを口にするが、ヨルも毎回指定してこんな豪華な部屋を選んでいるわけではない。
「それで、急ぎの用って?」
アサヒナは腕に着けているバンブレースを外し、胸のブレストプレートを外すと押さえつけられていた双丘がぽよんと現れる。
「……」
最後に腹部から腰に着けているフォールズを外してやっと身軽になったのか、アサヒナは「ふぅ」とため息をつき、ヨルの座っているソファーに腰掛けた。
「この鎧は重くてさー、やっと楽になった」
「それで何かあったの? そんな鎧まで着込んで」
「鎧をちゃんと着込んでいるのは、女王陛下からの正式な依頼で来たからだ」
「ふーん」
「いくつかあるんだが、まず一つ」
そこまで言ってアサヒナは少し溜めてから口を開く。
「フレイアが大層拗ねた。あれは面倒だ、ヨル頼む」
「なんでよ!」
見たことのないほど神妙な顔のアサヒナに、どんな面倒な事件が起こったのか身構えていたヨルだったが、想像していた内容の斜め上をゆくどうでもいい話だった。
「いや、陛下は普段は凛とした聡明な方であまり他人に心を開かない。逆に心を許せる人に対して、独占欲というかいつも一緒に居たい欲が強くてな」
「……悪いけどしばらくは戻れないよ? ちょっとやることがあって」
「わかってる。それが二つ目だ」
「王都のティエラ教会のトップ、例の件で事情聴取をしていた大司教の部屋からヨル暗殺に関する資料が見つかった」
「ふーん、それでアサヒナが直々に?」
「まぁ、そう言うことだ。フレイアがあんなに頭を抱えて唸っているのは初めて見たぞ」
それは友達のヨルに対する計画を知ったことによる唸りなのか、アサヒナ一人でヨルの元に向かわせるという苦渋の決断に対する唸りなのか、ヨルは聞くのはやめておこうと思った。
「エイブラム大司教かな?」
「――!? 知っているのか?」
「知ってるも何も、今となってはそいつを追いかけてここまで来たようなもんだからね」
「詳しく聞いてもいいか?」
ヨルが自分が狙われている話をすると、必然的にエイブラム大司教が企んでいる事も説明せねばならず、そこまで話をするとアサヒナの性格を考えると必ず彼女は着いてこようとする。
しかしエイブラム大司教たち急進派と呼ばれる連中はエトーナ火山に封じられている
果たしてアサヒナをそんな危険なことに巻き込んでもいいのかと考えるのだが、一方で下手に言わないとヨルの後をこっそり着いてこられても困るという結論に至った。
「わかったわ。でも半分以上は推論だけどそれでもいい?」
「構わないぞ」
ヨルはソファーから立ち上がると「お茶でも淹れるわ」と暖炉横のカウンターへと向かった。
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