第49話-やっぱり行こう
『アネさん、さっきのは酷ぇです』
「ごめん、ごめん、あまりにもびっくりしちゃって」
王都を東西に分断する大通り。
ここは飲食店や武器防具屋などが立ち並ぶ商店通りとなっており、冬に差し掛かった時期にもかかわらず露店商もチラホラと見える。
ヨルは露店で買った、謎のフルーツジュースを片手に歩いていた。
「それで、アサとフレイアが神人族ってのは本当なの?」
『へい、具体的には子孫というか、そんな感じでさぁ』
「つまり神の子孫……? 人間との子供……ってことなのね」
『おそらくは……でも本人は知らないと思いやす』
「言われてみれば、二人とも魔法が苦手だって言ってたから私と同じ理由なんだろうな」
『へい、アネさんに比べると微量ですが神力が感じられやした』
「ぷーちゃんって、悪魔なのに神力をもっている子と親しくするのって変わっているよね」
『そりゃぁもう、アネさんに殴られ続けてやすし』
「ごめん、よくわからない」
とりあえずフレイアとアサについては気にしないようにしておこうとヨルは心に決める。
謎のジュースが入ってた謎の入れ物は、ゴミとして捨てていいと言われていたのでヨルは近くのゴミ箱に放り入れ、そのまま西門近くにある傭兵ギルドへと向かった。
――――――――――――――――――――
通行人に場所を聞きながら西門までやってきたヨル。
王都の傭兵ギルドだけあってその建物は確かに誰に聞いても知っているほど大きかった。
先日まで泊まっていたホテルと同じ様なバロック様式の建物。石造りの重厚な建物で壁や柱には多くの装飾が彫り込まれている。
王都で見かける建物は基本石造りなのだがルネッサンス風というか、シンプルな物が多い。
そんな中、教会の大聖堂やこの建物など重要な位置づけの建物は、やたらめったら派手派手しい感じなものが多かった。
ヨルは入り口の階段を上がり、傭兵ギルドの玄関扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
「すいません、私ヨルと申します。王都から北のシンドリに向かう地図とかありますか?」
ヨルはまっすぐカウンターに向かい職員の女性にメンバー証を見せる。
王都から北側の地図が無いか訪ねたのだが、詳細な地図は用意されていないと、やんわり断られた。
「二階の資料室には地図がございますので、そちらで閲覧してお手持ちの紙に書き写していただく分については問題ありませんよ」
頭からにょっきり生えた耳をピコピコさせながら受付嬢が資料室の場所をヨルに伝える。
ヨルはその受付嬢の名札を見ると「アイリーン」と書かれていた。
名札の傾斜からかなり立派なものをお持ちだなと思いながらアイリーンの顎から口元、目元、そして最後に頭に視線を移す。
(犬……じゃなくて狐? 大きい耳、可愛いなー!)
「触りたい……」
「えっ?」
「あっ……ごめんなさい、考えていたセリフが口からでちゃいました」
顔を真赤にさせながらヨルは両手を振って謝るが、意外にも職員の女性は苦笑いしながら「どうぞ」と頭をヨルに差し出してきた。
「あ……っと、なんかすいません」
ヨルは苦笑いを浮かべながらも、ご厚意を無駄にしてはいけないと恐る恐る頭の耳に触れる。金髪の耳が左右に傾き、触れた瞬間にピクッと動く。
(……あっ、意外にしっかりしてる)
ヨルが周りにふと視線を走らせると、両隣の職員や依頼を受けに来ている様子の人たちがチラチラとこちらを伺っているのが見えた。
中には泣きそうな顔でこちらを伺っている人が数人居るのが見えて、ヨルが頭に疑問符を浮かべる。
「あ、お返しじゃないですが、触ります?」
そのまま数秒ほど撫でさせてもらったヨルは、折角だしお返しにと聞いてみた。
「えっ……いいんですかっ!!」
カウンターに両手をついて乗り出してくる受付嬢の勢いに若干後ずさるヨル。
その勢いに飲まれながらも、おずおずと頭を差し出す。
「しっ、失礼します……」
受付嬢が本当に恐る恐るという感じで手を伸ばしてきてヨルの頭にそっと細く白い手を置く。そしてサワサワとヨルの頭と両耳を撫でる。
(そう言えば私、頭を他人に触らせたこと無い? 尻尾は……ヴァルに散々弄ばれてたかな)
ヨルは自分の頭を撫でられることに意外な気持ちよさを感じつつ、そんな事を考える。アイリーンは耳の間を触りつつ、そのまま片耳に手を這わせて親指で耳をふにふにと撫でて来る。
(アネさん! あっしにもあとで触らせてくだせぇ! その後死んでもダイジョブでさぁ!)
(……先に死なせて、触らせないようにするよ?)
(…………それでも!)
(わかった……こんどね)
何がサタナキアにそうさせるのか、数秒間考えてから死んでもいいから触りたいと力説する。最近、リュックごとお仕置き行為を続けている自覚があるヨルはついに折れてしまった。
「マジかよ……あいつアイリーン様と撫で合いしてるぞ」
「アイリーン様が手を伸ばして、デスクロー以外の事されてるやつ初めて見た」
「見ろよアイリーン様の見たこともない目つき……いつもはゴミを見るような目しか観たことがないのに」
「あんな表情が見れるなんて、俺明日死ぬのかも」
「それよりあの桃色のセリアンスロープってもしかして猫か? あの尻尾とか」
「まさか……猫系は絶滅したって聞いてるぞ」
(さっきから外野がやかましい……! てかアイリーン"様"って何?)
「あの…っ」
色々なことが気になって、頭を撫でられている事を半分忘れていたヨルは受付嬢アイリーンの声で目を開ける。アイリーンは目がトロンとなっており、やたらと艶めかしい表情になっている。
あんなにピンと立っていた狐耳も垂れ下がってしまっている。
「すいません、猫のセリアンスロープの方なんて初めてお会いしたのでつい」
「いえ、気にしないでください。元はと言えば私から言い出しちゃったので……アイリーンさんって狐系なんですか?」
「えぇ、テウメソス家といって、この辺りじゃ有名なセリアンスロープの一族なのよ」
「へぇー、やっぱりテーバイ出身なんですか?」
「えっ? よく知ってるのね。随分と昔はテーバイに住んでいたそうよ。でもそのあたりの話って知っている人殆どいないのに。もしかしてヨルさんってテーバイ出身なの?」
「あっ……ええっと、私はここから南のエルツ大樹海にあるケルムトっていう小さな村出身です。それより二階の資料室は使っても?」
ヨルはつい口走ってしまった事に、しまったと思い話題を代える。
「あっごめんなさい、利用登録はしておくのでどうぞ。本とかもし傷つけちゃったら必ず言ってくださいね」
「わかりました。アイリーンさんありがとうございます」
「こちらこそ、突然ごめんね。今度またゆっくりお話しましょう」
『アネさん……やっぱりあれテウメソスの名残なんですかい?』
「わかんない……テウメソスって言われたからつい聞いちゃったけど、ホントにその通りだったからちょっとびっくりした」
ヨルが知っているテウメソスは狐の姿をした神獣――というより幻獣のような存在だった。絶対的な力で人々を蹂躙し、神々に討伐されそうになるとスルリと逃げて誰にも捕まえることが出来ないというテウメソス。
彼女が本拠地としていたのがテーパイという大森林だったのだ。
今もこの大陸に同じ地名が残っているとは思っていなかったヨルは、咄嗟に話題を替えそそくさと二階に向かった。
――――――――――――――――――――
二階にある資料室で、王都周辺の地図を確認するヨル。
しかし、そこまで詳細なものは見つからず、大陸の大体の形とそれぞれの都市がどの辺りにあるのかが表記されているものしか無かった。
「この地図と、あとは魔獣関連の情報と……」
ヨルは必要な情報を片っ端から引っ張り出して机の上に並べる。そこから必要な情報を手持ちの手帳に書き写していき、必要のない本はもとに戻す。
「最近、王都から北に離れると盗賊とか人攫いが多いみたいね……依頼ボードにも注意喚起とか報奨金の張り紙があったし……」
ガラムの冒険者ギルドや傭兵ギルドでは見当たらなかった盗賊退治の依頼や人攫いや行方不明者の情報がきちんと張り出されており、資料室に最新情報だけをまとめたファイルにある情報も合わせてヨルは確認していく。
「やっぱり、魔法使いが多い……気がする? ん? これって」
ヨルが一つの記事に目を留めた。
特になんでも無いような記事だったが、気になることが書かれていた。
「貿易都市シンドリ近くの町からエトーナ火山へ地質調査に向かったティエラ教会聖騎士団が全員行方不明? 死亡したと思われる?」
いろんな街の事件を一覧で記載している記事だったのだが、その中に数行だけで書かれていてた情報はヨルにとって衝撃の内容だった。
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