第37話-裏切りの報酬

 そろそろ夜が白んでくる時間帯。宿屋の中はそれなりに温かいとは言え、きちんと着込んでいないと少し冷えてくる季節だった。


 ヨルとサタナキアの前にはブロンドの髪をした女性が裸のまま鎖で手足を縛られ正座をさせられていた。


 ヨルはその女性、暗殺者のシオンに冷たい口調で言う。


「一応言っておくけど、私はガルムの街の傭兵ギルドメンバー。貴女の信じてる教会なんて興味ないし、当然、他の教会にも所属していないから異教徒でも無いし邪教徒でもない。これは私の従魔のぷーちゃんよ」


「ま、まさか」


「まさかも何も、メンバー証はあるし必要ならお仲間のアルフォルズに聞けばわかるわよ」


 ここでアルの名前を出すのはヨルとしても一種の賭けだった。


 もしこのシオンがアルに敵対する組織だとさらに面倒になってしまうことが目に見えていたが、折角の情報源ということもあり踏み込んでみることにしたのだ。




「あ、アルフォズル先輩を知っているのか!?」


(――食いついた)




 あっさり賭けに勝った。シオンはアルフォルズの知り合いで、後輩だという。




「アルが樹海で遭難していた時に助けたのがきっかけで知り合ったの。一応恩人ってことになっているわ」


「そうだったのか……アルフォズル先輩の恩人を私は……」


「シオン、あなたアルは今どこにいるのか知っているの?」


「アルフォズル先輩は一週間ぐらい前に国に戻ったと聞いている……います」


 その情報をそのまま信用するわけなはいかないが、国に戻ると書いてあったあのアルからの手紙の内容とは一致する。


 思わぬところで手に入れた蜘蛛の糸をどのように手繰り寄せるか。


 悩むヨルにサタナキアがヒソヒソ声で「引き込めばどうか」と提案してくる。




「ねぇ、逃してあげるって言ったら、シオンは執行部とやらを抜けて逃げる?」


「!? いや、有り難い申し出だが、任務に失敗した私が行方不明になれば執行部に始末される……」


 反応からすると、執行部とやらを裏切らせるのも簡単そうだと思える反応をするが、シオンは全てを諦めたと言う声色で話し、その肩は小刻みに震えていた。


 それを見てヨルは頭から被せてある麻袋を外してやる。


「――っ」


 シオンは眩しさに目をしかめる。


「この街に他の仲間は?」




 眼前に立つヨルの顔をじっと見つめたあと、上司にあたる人物はガルムの街に居てニザルフに向かっているという情報を漏らした。


 ここまでくればもうひと押しで落とせると思ったヨルは最後の一押しをする。


「じゃあ、今夜貴女が動いた件は他に誰も知らないのね?」


 その言葉にシオンは頷き、嘘はないと思ったヨルは巾着からナイフを取り出す。


「……あっ……せぅ、せめて一思いに」


(こいつ殺し屋の癖にメンタル弱すぎない?)





 ヨルはそのナイフを自分の髪に当てて、少しだけ伸びてきている髪の肩にかかっている部分を切った。


 僅かな髪を布団の上に置き、洗濯をする予定だった上着のシャツを引きちぎる。


「はい、これ私の髪と着ていた上着」


 ヨルはちぎった上着で髪を結びシオンの前に置く。


「これを持って、上司とやらに"そのセリアンスロープは始末した。死体は海に落ちた"とでも伝えなさい」


「えっ……」


「助けてあげるって言ってるのよ」


 そのヨルの申し出にシオンは何を言っているか理解できず混乱する。

 自分はつい数時間前、冒険者と衛兵を洗脳魔法でこの少女にけしかけ、さらにこの手で暗殺をしようとしたにもかかわらずだ。



 普通、暗殺者が返り討ちにあった場合、その場で殺されてしまうことが殆どだ。実際シオンの仲間もそれで何人か殺されている。



 シオンもこういう職に就いている以上、いつ殺されても仕方がないと腹を決めていたが自分がそういう状況になってしまうと、怖くて怖くて仕方がなかった。


 脚は震え、口もカラカラに乾き言葉がうまく出てこない。目からは止めどなく涙が溢れ、つくづく自分はこの仕事には向いていないと心で後悔しながら、懺悔をしていたのだった。


「取引よ。報酬は今回の命令を出した人物を探すこと」


「そ、それは」


「二つに一つよ」


 つまりヨルのためにスパイとなるか、ここで殺されるか選べと言うことを口にする。もちろんヨルは殺すつもりなど微塵も持ちわせていないが、少しでも彼女をこちらに引き込み情報を得るために選択肢を与えた。


 あくまでもシオンが自分で選んで裏切るという方向に持っていきたかったのだ。




 シオンは少しだけ悩んだのち、小さな声で「わかった……」と返事を口にする。


「それで、私は貴女にどうやって連絡を取れば?」


(あっ……そうだった)




 ヨルは一刻も早くこの街を出るべきだと思い、夜が明け切るまえにはチェックアウトをして街を出ようと思っている。

 つまり、この街でシオンが帰ってくるまで過ごすという選択肢はない。


 しかしこの先の街など行ったことがないため、何処其処の街で待ち合わせと提案することも出来なかった。


(むぅ……)


 信用ができ、すぐに連絡を取り合える人物を思い出そうとするヨル。


(ガルムの知り合いだと、私がまだガルムに戻らなきゃいけないし……コルリス、はダメねあの家まで辿り着けないだろうし勝手にあの場所を他人に教えるのもなー)



『アネさん、あっしが残りましょうか?』



 サタナキアがヨルの様子を見て自分が連絡係として残ると提案するが、ヨルとしてはこの状況で索敵能力に優れたサタナキアと離れるのは不安だった。



(んー誰も頼れそうな人が居ない……ある程度シオンの知っている情報を聞いて放置しようかな)



 ヴェルにも自由に連絡を取れないだろうし、諦めてシオンからアルの話だけ聞いて解放しようかと巾着を指先で摘みながら考える。


 ヨルが考え込んで視線すら向けてくれないため、サタナキアは少し泣きそうな顔をしていた。


『……』


(――あっ)


 しかしそこでガルムの街でのことを色々と思い浮かべようとしていたヨルにいい考えが浮かぶ。


「この国の王都に店を構えているる商人のエンポロスという人に連絡をして」


「王都リングにあるエンポロス商会の頭目……わかりました」


 シオンの反応をみるに、エンポロスはそれなりに有名人だったようだ。

 これでヨルの次の目的地が決まった。



「じゃ、よろしくね『解放リベラーティオ』」



 ヨルが呟くと。シオンを縛っている鎖が音もなく光となって消え去った。



「これで行っていいわよ。約束のことよろしくね。あとわかっていると思うけれど私とのやり取りは漏らさないように」


「――あっ、あの……」


 シオンはまだなにかを言いたそうだったが、ヨルはもうこれで終わりとばかりにベッドに寝転がる。


 それでもシオンが動こうとしないので、視線だけ動かして「なに?」と尋ねる。


「その……なにか着るものを……貸してくれませんか」


 素っ裸で正座をさせられた状態で、ブロンドの髪の殺し屋が顔を真っ赤にさせ、蚊の鳴くような声でそう呟いた。

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