第30話-ひとり と いっぴき と
ヨルは月明かりを受け、誰もいない街道をひた走る。ウプサラの街に近づくと街道を離れ、高い岩山を駆け上る。
この大陸の中心部を南北に走るこの山脈。高さはそれほど無く、大人なら徒歩で向こう側に超えることはそう難しくない。
山脈の大部分は岩石でできており、火山活動か何かで隆起したと、ヨルは昔読んだ書物に書かれていたのを思い出す。
この山を越えると、そこにも見渡す限りの平原が広がっている。その中心部には風エルフが住んでいるとかいう噂もあるそうだ。
ヨルは山頂付近までたどり着くと、手頃な岩に腰をかけて休憩する。東の空に目を向けると少し白んできているのが見えた。
「さすがにこの高さまで来ると寒いわね……上着持って来ればよかったわ」
ヨル相変わらずシャツに短パン、健康的なお腹が見えており、シャツも半袖程度の長さである。肌が隠れすぎると動きにくくてあまり厚着をするのは好きではなかった。
(この大陸からは北に向かうほど暖かくなるんだっけ――南半球?)
リュックから火魔石を取り出し、携帯コンロにくべ、お湯を沸かしてお茶を飲み体を温める。ついでに干し肉をかじりながら直近の予定を纏める。
「あ、揺れた……」
その時、少し体に揺れを感じるが小さい地震だろうと思い、日が上り切るまでに少し休むため岩陰に身を滑り込ませて仮眠を取るのだった。
――――――――――――――――――――
「ふぁぁ〜……少しは寝れたかな」
ヨルが目を開けると東の空に日は登りきっており、昨日とは違って暖かな日差しが岩山の斜面を照らしていた。
「さてと……」
リュックから地図を取り出し広げる。地図と言っても詳細なものでは無く、この辺りの街や森、山などの位置関係が書かれている程度のものである。
「ぷーちゃんはこの辺の地理に詳しかったり……しないよね」
『へい……アネさんのほうが詳しいかと』
「だよねーとりあえずこのまま稜線を走って、山脈の終点まで行こうか」
『食料は大丈夫ですかい?』
「たまに生えてるこの植物は食べれるし、その辺りで鳥でも狩れば良いかな」
所々サボテンのような肉厚の植物が生えており、少し青臭いが火を通せば食べられると記憶している。稜線の先を見渡すと、いくつかの獣の影が見えたのでいざという時は狩って食べられるだろう。
「この山脈が途切れた先にあるのが港街ニザフル――というよりこの岩で出来た山脈がニザフル山って名前だったかな」
アルが言ってた船が出ているという街からはまだ離れているが、そこまで行けば連絡便などで海路を行くこともできるはずだと考える。
「よし、行こうか! ぷーちゃんも警戒よろしくね」
『へい、お任せくだせえ』
ヨルはスッと立ちあがり少し柔軟をしてから走り始める。辺りには背丈より大きい岩石がごろごろしているが、ヨルは物ともせずひょいひょいと飛び越えていく。
サタナキアはすっかり「周り警戒人形」になっているが、これはこれで助かっていた。意識を進むことだけに向けられるし、暇な時の話し相手にもなる。
「七日ぐらいで着くかな……」
このようなルートを進む旅人など、ほぼ皆無なため山脈を抜けて次の街に辿り着くまでどれぐらい掛かるかは判らない。それでも人目を避けられるならばと、ヨルは稜線をひょいひょいと小走りで進んでいった。
――――――――――――――――――――
「もう……お風呂入りたぁぁーい!!」
四日目で限界が来た。
ヨルは樹海を歩いていた時も、定期的に川で水浴びをしていたし、街でもお風呂つきの宿屋だった。
見渡す限り岩しか見えない岩山道を進むこと三日三晩。スコールのような大雨に会うこと五回、砂嵐のような風に吹かれること三回。
それなりに綺麗好きなヨルは、すっかりドロドロのボロボロになってしまっていた。
「これはもう由々しき事態……麓まで降りて川を探そうか」
あたりを見渡してみるが、雨が降るにもかかわらず水はすぐに染み込んでしまうらしく、小川の類は見えない。
びゅうびゅうと風が岩肌を撫でる音だけが聞こえる。
「まてよ……ぷーちゃん火魔法使えるよね」
『へい、火系ならこの状態でもそれなりには!』
「よし」
ヨルは辺りを見渡し、なるべく大きい岩に周りを囲まれている場所を探す。
暫くキョロキョロしながら歩いていると、ちょうど良さそうな場所が見つかった。
「ここが良いかな……」
少しだけ稜線から降りた付近。三方を大きな岩に囲まれた場所があった。
『
ヨルが地面に手を置き魔法を紡ぐと、一メートルほど岩が窪む。対象に直接触れて発現させる魔法ならヨルも多少は使えるのだ。むしろ対象に触れていないと魔法が使えない。
そのまま浴槽サイズになるまで魔力を注ぎ続け、数秒でヨル一人が寝転べるぐらいの窪みができた。
「いつも思うんだけど、この無くした分の岩は何処にいくんだろう」
腰の巾着に手を突っ込み目的のものを探す。
このアイテム袋、一応ヨルが頭で考えているものに近いものを手に取れるのだが、上着が欲しい時に何故か下着が出てきたりとかなり大雑把だった。
「あった!」
いつぞやの盗賊団から奪ったチェーンウィップ。水魔法が付与されている訳のわからない品である。少量の水ならヨルだけでも出せないことはないが、お風呂サイズとなると、少し厳しい。
ヨルは鞭を浴槽(仮)に入れ魔法を解放する。
『
鞭が淡く光り、水が滲み出てくる。さすがに蛇口をひねるような速度ではないが、しばらく待っていれば溜まるだろう。
――――――――――――――――――――
青く澄み渡った空は雲が少し早い目の速度で流れている。
眼下を見渡すと岩肌の先に草原が見える。
少し肌寒さを感じる中、ヨルは暫くぼけっと時間を潰す。
『アネさんそろそろ』
「おっと、危ない」
危うく水が溢れ返りそうになっていたため、チェーンウィップを巾着に戻す。
「ぷーちゃんお願い」
『へい』
空中に現れた火球が音もなく水に落ち、ブワッと辺り一面に水蒸気が立ち込める。
「おーいい感じじゃない! 温度もばっちり」
『お褒めに預かり光栄でさあ!』
「じゃあ見張りお願いね」
『へい、お任せください』
そう言ってパタパタと見えないところまで飛んでいくサタナキアを見送り「律儀だな」と思いながら服を脱いでいく。
脱いだ服は手の届くところに置いておき、身体が冷える前にザブンと湯船に身を沈める。
「ふぁぁ〜〜きもちいいーーーー!!」
少し熱い目のお湯は山風で冷えた体に丁度よく、四日ぶりのお風呂は格別だった。
「眺めもさいこーだし、露天風呂って感じ……」
トロンとした表情で口までお湯に浸かるヨル。唯一開けてる斜面側からは、先ほどから眺めてた麓まで続く岩肌と広い草原が何処までも続いていた。
気を抜くとこのまま寝てしまいそうになるのを堪え、お湯でじゃぶじゃぶと顔を洗い、巾着に桶を入れておけばよかったと考えた後にドブンと頭まで沈み、そのまま髪も洗う。
「ぷはぁーよし、服も洗っちゃおう」
お風呂から出て体を拭き、タオルを頭と体に巻いてから汚れた服を湯船に沈めて揉み洗いする。
――――――――――――――――――――
『!!――アネさん!』
「――っ!?」
服をじゃぶじゃぶ洗っていると、突然隣に人の気配が上空から降ってきて、チリっと刺すような殺気がヨルに届く。
ヨルはとっさに振り返り拳を突き出し、その人物の顔面スレスレで寸止めする。
岩陰の向こうからサタナキアがパタパタと戻ってくるのを気配で感じながら、突き出した拳をそのままに、ヨルは相手を見る。
「――だれ?」
短く問いただすヨル。
「すまない、何かの気配と声が聞こえたから偵察に来た。まさかこんなところに人がいるとは思わなかった」
すまなそうに言い訳をしたのは黒色の長い髪をした女性だった。ヨルと同い年ぐらいに見えるその女性は、手に小ぶりの弓を持っており、遊牧民が使うようなケープの形をした衣装を身につけていた。
少し日焼けしたような健康的な肌。黒髪から覗く少し尖った耳。
「そう、私に危害を加える気はないのね」
「貴女が私たちに何もしないなら」
(私――たち?)
ヨルはあたりの気配を探るが、目の前の女性以外だれも居る様子はない。
「まぁいいわ。少し汚れてたからお風呂に入っていただけだし、この場所が立ち入ってはいけない場所なら謝るわ」
「それは大丈夫だ」
それを聞き、拳を収めるヨル。
『アネさん』
「私も貴女に何かするつもりはないよ。ただの旅人だから」
頬を指で掻きながらヨルはフッと表情を緩める。
『アネさん』
「私、ヨル。貴女の名前は?」
「コルリスだ」
『アネさ……「何? 人が話してるのに」
サタナキアが何かを言いたそうにしているが、彼女から敵意は感じられなかったので後にしても良さそうだったのだが。
『その……タオルが』
「――――にゃっ!?」
人が通ることはない険しい岩山の山頂付近で、頭にタオルだけを巻いたネコミミ少女の絶叫が響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます