第16話-ゴミ掃除

 ヨルは冒険者ギルドから出て、街の大門まで繋がっている通りを歩いていた。旅人向けと言われて買ったシャツとベージュの短パンに編み上げブーツ。お腹が出ているのは恥ずかしいが、この方が動きやすいためそっちを優先した結果だった。その上からヴェルから貰ったり買ったりした装備を付けてある。



[ヴェントゥス・グローブ]

 ヴェルの師匠が作ったらしいグローブ。甲に金属プレートが付けられている。

 風魔法の瞬間加速アッケレラーティオと重力魔法の重量ポンドゥスが刻印された指無しグローブ。



 [春を感じる苺のイヤリング]

 名前はパフェのようだけどデザインが可愛い。ヨルの毛色に似た色で右耳の先に付けてある。

 魔力を通すと風魔法の超加速アクセラレーションが発動する。



 [にゃんこのチョーカー]

 名前は可愛らしいが、デザインはなぜか龍鱗のような柄の細いチョーカー。鈴をつけるためか円環が一つつけられている。

 魔力を通すと音声魔法による超音波衝撃ソニックブームが発動する。



 [ピンクブロッサム・ベルト(黒)]

 名前はピンクブロッサムなのに黒色のゴツいベルト。ファッションぽく短パンのベルトの上からゆるく斜めに巻いている。

 回復魔法による自動継続回復リジェネレーションが発動する。



 それと脛当てグリーブと左肩から胸までを覆うショルダーガード。 改めて全身を確認して、問題がないことをチェック。ヨルは念のためにと保存食を三日分ほど購入した雑貨屋で、不思議なものを売っているのが目についた。



「これ、パチンコ玉?」


「あぁ、それはスリングショットの弾さね」


(あの、ゴムとか紐で飛ばすやつか)


 ヨルは小さな金属の玉を手に取ってまじまじと見つめる。


「これ、十個ずつぐらい小分けにしてもらうことってできます?」


「問題ないよ。まとめるとそれなりに重いからそういう客もたまにいるからね」


「じゃあ十個入りを十セットお願いできますか?」


「はいよ、まいどあり」


 購入したものは小さな皮袋に入れてあり、そのうちの二つをヨルはベルトに結んで残りをリュックに放り込んだ。


「よし、とりあえず簡単な偵察程度だし用意はこれぐらいでいいかな」


 荷物の詰まったリュックを背負い直し、ヨルは門番に身分証を提示して、この街に来た時とは逆の北門から歩き出した。



 ――――――――――――――――――――――――



「へっへっ、悪いことは言わねえから、黙って俺たちと一緒に来てもらおうか!」


 澄み渡る青空の下。清々しい空気に不釣り合いなダミ声が、人通りのほとんどない林に響き渡る。



 ヨルは街を出て隣街のウプサラまで伸びる街道をぶらぶらと徒歩で移動していた。

 あまりにも良い天気で少し眠くなってきたため、昼食がてら休もうと街道から少し離れた林に踏み込んだ途端これである。




(いや、人の気配はしていたんだけどね)


「くははっ、このガキびびって声も出せないみたいだぜ」


「下手に暴れられるよりなんぼかマシだ」

「背丈はそれなりにあるし、一応遊べるだろ」

「獣人は丈夫だからな、いい拾いものだぞ」 


 風呂にすら入っていない汗の臭いを醸し出しながら、好き好きに騒いでいる盗賊の御一行。一人がヨルの尻尾を掴もうと手を伸ばした瞬間、その姿が掻き消える。



「なっ……! 消え――ぶへっ」


 ただ、飛び上がってから勢いをつけて両足で顔面に着地したのだが、男はそれだけで後頭部を地面に減り込ませて昏倒する。遠巻きに見ている男たちの位置を確認し、腰の小さな皮袋に手を伸ばす。


「うまくいくかな 『瞬間加速アッケレラーティオ!』『重量ポンドゥス!』」


 ヨルは拳に魔力を通して加速と重量の魔法を起動する。左手で皮袋を真上に放り投げ、落ちてきたところを右ストレートで殴りつける。


「せーのっーーっ!」


 パーァンという音がした瞬間、破れた皮袋から飛び出した鉄弾が恐ろしい勢いで発射された。


「ぎゃっ…」「ぐっ!」「いでぇっ!」 


 次々と呻き声を上げて、足や脇腹から血を流し倒れる盗賊たち。見事に全て命中したようだ。ターゲットに当たらなかった弾は木の幹に穴を開けめり込んでいた。


(人間相手に全力でやったら死んじゃうわね)


 そんなことを考えながら、まだ立っている男たちの懐に素早く潜り込んで腹に一撃を入れ昏倒させる。

 全員倒し終わったところで、倒れている盗賊の中でまだ喋る元気がありそうな一人に近づいて声をかける。


「ねぇ、この辺りで黒い頭巾みたいなのを被った集団とか見なかった」


「しっ知らねえ! なっ、なんなんだお前は!」


「んー……旅人?」


「嘘つけぇっ!?」


 そんなこと言われてもヨルとしては困るのだが、実際傭兵ギルドメンバーではあるが、旅をしているので旅人なのは本当である。




 ――――――――――――――――――――――――




 その後、アジトというか溜まり場に案内させ溜め込んでいる盗品を確認する。


「確か盗賊とかの場合、溜め込んでる盗品を見つけたら持って帰るようにって言われてたわね」


 正確には自分が所属不明な集団に襲われ、これを返り討ちにした場合、身柄とその所持品をギルドに提出。その後、持ち主が不明なものを報酬として渡されるというものだった。


(このおっさん十人と荷物、どうやって持って帰ろう……)


 ヨルは今更ながらに、馬車を手配してくればよかったと後悔したが、やってしまったものは仕方がない。ぞろぞろと縄で縛って歩かせて、荷物はあとで取りに来るしか無いかなと悩んだ末、一ついい考えが思い浮かぶ。


 男どもを縛り、猿轡をしてから近くの木に繋いで盗品は一つにまとめた。それからヨルは林を駆け抜け、街道まで向かう。




 道端の手頃な岩に腰を下ろし、少し遅くなった昼食を食べつつ時間を潰していると、遠くから数台の馬車がやってくるのが見えた。


「すいませーーん!」


 ヨルは先頭の馬車に向かって両手を振り止まってもらうように声を上げる。御者をしている男は一瞬無視して通り過ぎようとした素振りを見せたが、ヨルの姿を改めて確認したのち馬を停止させた。


「嬢ちゃんこんなところで一人でどうした、この辺は盗賊が出るから危ねぇぞ」


「あの、お願いがあるのですが……」


「あん? 困ってるなら街まで乗せてってやるぞ」


「その盗賊なんですが、先ほど襲われまして、まとめて林の中に縛って放置してあるんです。よかったら街まで連行して頂けないかなーと。もちろんお礼は払います」


「なんだと? 嬢ちゃん一人で倒したのか?」


「えぇ、一応傭兵ギルドメンバーなんです」


 そう言ってヨルは胸ポケットから取り出したメンバー証を御者に見せる。


「ほっほ、いいでしょう、その捕まえた盗賊共、私たちが代わりに街まで連行いたします」


「旦那っ!?」


 馬車から一人の老人が顔を出しながら温和そうな笑みを浮かべていた。この人が責任者の商人なのだろう。


「それに、謝礼も結構です」


「いえ、そういうわけには」


「我々は商人です。有望な傭兵ギルドに所属されている方から得られる信頼に比べれば、謝礼など些細なものです」


 そう言いながら老人は馬車から降り、ヨルに手を差し出してくる。 


「わたくし、この辺りの街々を回りながら行商をしておりますエンポロスと申します。王都に本店はあるのですが基本的には街を巡って色々なものを仕入れておるのです」


「ヨルです。私も旅をしながら武者修行というか、そんな感じのことをしています」


 ヨルもエンポロスの手を握りぎゅっと握手をする。


「では場所を教えていただいても? うちの若いのを行かせます」


 当品も確保してあるのでと伝えると、彼が雇っているであろう冒険者も数人増やし、十人ぐらいが林の中に入って行ったのを見送った。ヨルは彼らが見えなくなるのを待って、もう一つのお願い事を伝える。


「あの、もう少しこの辺りで盗賊を探そうと思うのですが、街に着いたらこの辺りまで馬車を一台手配してもらえませんか?」


 流石に、無茶かなと思ったのだが、お願いするだけならタダだと思い尋ねてみた。


「ほう、それならばうちの馬車を一台、置いておきますのでお使いください」


「えっ流石にそれは悪いです」


「いえいえ、もちろん私どもにも利があります。ひとつは先ほど申し上げたように、ヨルさんとの繋がりが持てること」


 エンポロスは指を一本立てる。


「もうひとつは、街に入る時の税金が更に馬車一台分浮きます。盗賊などを退治して連行する場合はその馬車の分は税金が免除されますから」


 指を三本立てたエンポロスはさらに続ける。


「それとこれはお願いなのですが、ヨルさんが権利を得た盗品の買取優先権を頂ければ嬉しく思います。もちろんこれはヨルさんが不必要と判断された品だけで構いません」


 如何でしょうか?とエンポロスは締めくくった。

 どの提案もヨルにとって不利なものはなく願ってもないものばかりだったので、それでお願いしますと返事をすると、エンポロスは一台の馬車から荷を他の馬車に移すように指示をする。


「では、日が暮れる頃までお待ちしておりますので、戻られましたらこちらの御者にお声がけください」


 にっこりと微笑んだエンポロスに礼を言い、ヨルは街道をウプサラ方面に向かって駆け出して行った。

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