第11話-これから必要なもの

「それなら、傭兵ギルドの通りをまっすぐ中央市場の方に向かって歩いていくと、道具屋や鍛冶屋さんが固まっている通りがあるの。そこにある"魔猫屋"っていう道具屋さんがおすすめよ! 私の紹介って言ってくれれば話が早いかも」


(魔猫屋とはまた変わった名前ね……)



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 防具と魔道具を幾つか揃えたいのと、セリアンスロープ向けの装備店が近くに無いか、朝食を食べながら女将さんに聞いてみると、厨房から出てきた六十代ぐらいの女性が答えてくれた。

 聞けばその女性は女将さんのお母さんだそうで、この街で生まれてずっと住んでいるため街には詳しいそうだ。


 女将さんとそのお母さんに礼を言って、まずは紹介された道具屋さんを目指すことにした。




(寝落ちするとはなー……おかげで朝から慌ただしかった)


 お風呂から出たままろくに髪もとかさず寝てしまった結果、今朝は髪が爆発していた。ヨルの髪はくせっ毛では無いのだが、柔らかい髪質のためすぐに寝癖になってしまうため、ヨルは基本的に髪を伸ばすつもりがなく髪型もショートが好きだった。


 髪を整えて、着替えるためにパジャマを脱いだところで、昨日買ったばかりの普段着の調整を忘れていたことに気づいたのだった。


 専門店ではなく普通の服屋さんで購入したため、尻尾を通す穴がなかった。


 少しずらして穿いても良いのだが流石にちょっと恥ずかしく、朝から慌ててスカートのウエスト周りに切込みを入れてから尻尾のサイズを開け縫い直したりしてたため、危うく朝食を食べ損なうところだった。


 本当は胸周りも少し詰めたりしたかったのだが、こちらは特に急ぎでもないためそのままにしてあった。


――――――――――――――――――――


(……んー)


 教えられた方角に向かって歩いていると、尻尾の付け根辺りがゴワゴワしてなんだか落ち着かない。手抜きで間に合わせたのが良くなかったのか毛が逆立ってしまって無駄に尻尾がピクピクと動いてしまう。


 帰りに布と綿を買って寝る前に調整しようと考えながら通りを歩いていく。


 このシヤン大陸の北半分を占める大平原の中で、一番南側に位置するガラムの街ははっきりいって辺境である。それでも人通りがこれだけ多いのは、やはりエルツ大樹海から得られる魔獣の素材と経験のためだろう。


 剣士姿の人間やセリアンスロープ、頭からすっぽりローブをかぶったような魔法使いっぽい人もチラホラと見かける。


 そして需要があれば供給も増えるのは自然のことで、商人たちも多く大通りの両脇には小さな露天が数多く並んでおり、さながらマーケットの様相だった。


(一日中見ていても飽きなさそうなところね)


 キョロキョロと露天を見て回りながら大通りが交差する街の中央までやってきた。そこは大きな広場になっており中心にある噴水からはキラキラと水しぶきが上がっている。


 この辺りには所々にベンチも置かれており、露天で買ったものを食べながらおしゃべりをしている人たちが多く、住人の憩いのスポット的な感じになっているようだ。


 朝ごはんを食べたばかりなのに、周りから漂ってくるいい匂いに胃がきゅぅっと音を立てる。


「がまん……まだお昼の時間には早い……」


 村から街までの間、ほとんど獲物の肉と少量の木の実などで生活すること2週間。ほとんど誤差のようなものなのだが、少しばかり増加していた体重に、年頃のとしてはたとえ数百グラムであっても気になって仕方ないのだった。


 目的地を探しながらも強制的に視界に入ってくる色とりどりの食べ物たちと、鼻孔をくすぐるいい匂いをぐっと我慢しスタスタと歩いていく。


――――――――――――――――――――



「お、おっちゃーん、これ1つ!」



 我慢できなかった。



「はいよ! 可愛い嬢ちゃんには少しおまけしておいてやる!」


 気前の良いオヤジさんが、紙袋に揚げパンのようなものを詰めていく。

 一口サイズの揚げパンを五個、紙袋に入れてから砂糖のようなものをふりかけ、差し出してくる。


「ありがとうー!」


 気前よく受け取り、代金を支払う。


「はー美味しそうな匂い」


 我慢できず、歩きながら一つ口へ放り込む。


「はふっ、あづっ……ふっ……けど美味しー!」


 結局すべてぺろりと平らげたところで、目的の店が見つかった。


――――――――――――――――――――


(ここか……ほんとに魔猫屋って書いてある)


 周りの店に比べ、窓から見える室内は薄暗く、ヨルが窓から覗き込むと棚がいくつか並んでいるのは辛うじて分かったのだが、どういう商品が置いているのかがよくわからなかった。それでも外から見ていても仕方がないと扉を開ける。


「おじゃましまーす」


 何故かそう言ってしまうような雰囲気だったが、店の中はシーンとしており、店員の姿も他の客の姿もなかった。


 正直このまま帰って他の店を探そうかとも思ったが女将さんが紹介してくれて、せっかくここまで来たので売っているものを一通り見てみようかなと考えて店内に入っていった。


 キョロキョロと店内を見回すと、カウンターのほかは棚がびっしり並べられ、通りに面した窓があるのになぜか店内は薄暗かった。天井には申し訳程度の明かりが灯っているがそれでもなお暗い。


(でもまぁこれぐらいなら問題ないか)


 ヨルはまがりなりにも猫のセリアンスロープのため、夜目が効く。そのため、この程度の明かりがあれば十分だった。外などでは問題ないが、室内でシャンデリアなどがキラキラしている部屋は逆に周りが見づらくて不便だった。


「あっ、このリング、尻尾に付けれそうなサイズだ」


「おねぇさんの尻尾だとちょっと大きいかもです」


 突然背後から声を掛けられ、びくっとして振り返る。


「あ、あぁ、こ、こんにちわ」


(この子、気配が全くわからなかった……)


「はい、魔猫屋へようこそ」


 店員さんは、ペコリと丁寧にお辞儀をしてくれたのだが、その容姿はどう見てもお父さんのお手伝いをしている子供のようだった。シルバーと白が混じったようなボブカットで、年齢はせいぜい十歳ぐらいにしか見えない。


 背もヨルの半分より少し高いぐらい。ヨルと同じ猫系のセリアンスロープで白色のシャツに黒いスカートを履いており「小学生の制服みたいだ」と思ってしまった。一部を除いて……。


「私が店主のヴェル・メイフラワーと申します」


 ペコリと礼をする彼女だが、彼女の幼い顔に反比例するようなボリュームのある胸部にヨルは釘付けになっており「一体いくつなの、年もソレも!」と叫んでしまいたいのをこらえながら、モルフェ亭の女将さんのお母さんから紹介されてきたと伝える。


「あぁ~! みーちゃんのご紹介ですかー! わざわざお越しいただきありがとうございます!」


「み、みーちゃん……って」


「はいーあの子ったら小さいときから甘えん坊で、昔よく遊んであげてたのよー」


(この子……この人、本当にいくつなの……!?)


「それで、どういったものをお探しで?」


「えっ、えっと、グローブと、いい感じの防具とか、補助系の魔道具があればと思って」


 ヨルが簡単に要件を伝えると、ヴェルは「ふむふむ」と言いながらヨルをじっと見ながら周りを一周する。ヨルは少し居心地の悪さを感じたのだが、嫌な視線じゃなかったのでじっとしていた。ヴェルの尻尾に付けられている小さな鈴がチリンチリンと音を立てる。


「えっと、あなたお名前は?」


「ヨルです」


「じゃぁヨルちゃんね。えっと、ヨルちゃんは見た感じ剣とかは使わず殴る系の子かな?」


「えっ? はい、そうです、その通りです」


 この人にちゃん付けされると違和感しかないとか、なんで解ったんだろうと思いながらも素直に答える。


「で、グローブが壊れたから新しいのがほしいのと、戦闘用の各種装備っていうことでいいのよね?」


「はい」


 ヴェルは腕を組んで少し考えこむような仕草をしながら、目をつむり首をコテンと曲げる。


(あざとい……)


「グローブはこれがおすすめかな。サイズも恐らく問題ないわ」


「これは……?」


 おもむろにカウンターの下から取り出されたグローブは、黒い革でできており手の甲部分に金属のプレートが付けられている。指は露出するようになっており、細かい作業にも不便はなさそうな品だった。


「これは私の師匠が作ったものでacceler加速atioとpondus重量の魔法が刻印されていて、魔力を通すだけで発動するのよ」


「おおっ……すっごいですねそれ!」


「えぇ、こちらは一点物なんだけど、ちょっと古いからヨルちゃんに上げるわ」


 そう言いながらグローブをずいっと差し出し、ヨルを見上げながらヴェルは真面目な顔でジィっとヨルを見つめる。


「ええぇぇっ!? いやいや、流石にそれはダメです。そんな高価なもの見ず知らずの人から貰うわけにはっ!」


「ふふっ! その代わり条件を一つ聞いてくれたらお姉さん嬉しいなって!」


 ヴェルは人差し指を唇にあてて、ウインクをしながら甘い声色を出す。


(あざとい……)


 なんでしょう? とヨルが真面目な口調で聞き返すと、ヴェルは暫く考えたのち驚きの依頼を口にする。


「私も魔道具職人なんだけど、いま街を騒がせている謎の魔獣とやらの素材をとってきて欲しいなっ!って思って」


 キャピっという擬音が聞こえてきそうな気軽さに恐ろしい事を言う。


 最近、大樹海に発生した謎の生物の凶暴さに冒険者ギルドも傭兵ギルドも、領主すら対応に追われている。しかし、他の魔獣と同じ様に心臓もしくは魔石のようなものが採取できるはずなので、魔道具制作のためにそれを採取してきてほしいのだという。


「いくつか聞いていいですか?」


 ヴェルはどうぞ。と仕草で答える。


「どうして私がそれを用意出来ると思ったんですか?」


「だってヨルちゃん、相当強いでしょう?」


 ヨルにそんな質問をされたことが本当に不思議だという表情で、ヴェルはあっさりと答える。確かにアルにも昨日そう言われたし、実際に傭兵ギルドメンバー証まで用意された。村を出てアルに合うまで、自分は基本的な戦闘しか習っておらず、せいぜい"ザコ敵相手ならちゃんと勝てる"ぐらいのレベルだと信じていた。


「今まで比べる人がほとんど居なかったので…でも最近良くわからないです。自分ではまだまだ弱いと思っているんですが」


「ふふっ、そこで『強いですよ』なんて言ってたら追い出していたかもしれないわ」


「……」


「それで? 幾つかってことは他にも聞きたいことがあるんじゃないの?」


「えっと、聞いても良いのか悩むのですが……ヴェルさんおいくつなんですか?」


「十歳!」


「………」


 思わず半眼になってしまったヨルの視線から逃れようと、ヴェルの目が泳ぎだす。


「さっき女将さんのお母さんが小さいときに遊んであげてた……って言ってたし」


「いい? 女性の本当の年齢はその人の心の中にあるのよ」


 ヴェルは突如ニッコリと笑いながらヨルの腰を両手で持つ。その瞬間ブワっとヴェルの尻尾の根本が上がって弓なりの形になり、耳が後ろに反っている。


(やばい、威嚇されてる……っ!?)


 ヨルは咄嗟に目をそらし、耳をへにょっと垂らして「ごめんなさい」と素直に謝った。


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