『毘沙門天の風 激突川中島-上杉謙信物語-』

木村長門

第1話 両雄決戦前

 日本海側の冬は、風は強く吹き荒れ、またその風は日本海の水蒸気を十分に吸い上げ、陸に上がった風は高い山脈にぶつかり、多量の雪を降らす。特に越後国では顕著である。春の訪れを遅くさせ、秋の訪れは、もうすぐそこまで冬が来ていることを感じさせる。

 その越後国に、ある偉大なる武将がいた。“毘”の旗印を掲げ、野山を疾走する様はまるで、阿修羅の如き輝きを放ち、“義”を重んじる武将に、いかなる豪傑といえども、惧れおののいた存在であった。その武将の名は、上杉景虎、後の上杉謙信である。


 そして、甲斐国にもうひとりの武将武田信玄がいた。国を領地する二人の武将は、天文二二年(一五五三)から永禄七年(一五六四)の九年間に渡り、北信濃の領有権をめぐって五度にわたって対陣し、そのうち一度は後世に名を残す程のまれにみる激戦を展開する。

 永禄四年(一五六一)八月、両雄が激突する決戦の時だった。

妻女山に八〇〇〇の兵を率いて、謙信は陣を構えた。武田方の海津城の南西に位置した。

 海津城からの通報を受けた信玄は出陣して、妻女山の眼前をとおり、茶臼山に陣をとった。しばらく、対陣が続いたあと、信玄は海津城に入る。このたびも両陣営がにらみあいだけで終わり、引き揚げるかもしれないと思った。

 しかし、武田方は一気に勝負に出ようと画作した。後に語り告がれる“きつつき戦法”である。


「景綱、あれを見よ」

謙信は、妻女山から海津城に方を眺めていた。もう陽が傾き薄暗くなる時分であった。

「武田も炊飯に忙しいと見えます。戦は兵糧が大切と感じます」

「いや、そうではない」

「では?」

「いつもと違うとは思わぬか?」

 直江景綱はなんのことを殿は言いたいのかと思いながら、武田方の動きを見つめた。

「さすれば、いつもより立ち上る炊飯に数が多いかと」

「うーん、そうじゃ」 

 景綱は思いめぐらし、これは武田に動きがあるかもしれないと感じった。さすがは、わが殿と思った。

「武田は多分明朝この妻女山を攻めてこよう。ここは攻められて防ぐには不利な場所だ。この天候ならば明日この河川一帯は霧に包まれるであろう。それに紛れて善光寺平まで退く」

「はっ、直ちに支度を」

「決して、武田に知られてはならぬぞ」

 

 謙信は、武田方の襲撃を避けるために、ここは退くことを決心した。武田と戦うことはこちらも死力を尽さねばならないし、相当な痛手を受けることも覚悟しなければならないからだ。戦力的に武田方の半分の戦力では、俄造りの山城では有利な戦いは臨めないのだ。ましてや、信玄は城攻めでは右に出るほどのいない戦巧の持ち主だ。

「信玄、またいずれ対陣するであろう。さらばじゃ」

妻女山では、撤退への動きが密かに進められた。

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