第5話 元ナイジェル帝国にて①

 

 アリスティアはナイジェル帝国の宮殿内に客間を用意してもらい、専属侍女に客間を整えて貰った。

 その客間は竜王と一緒である。

 その事で兄二人が物凄く渋い顔をして駄々っ子のように御涅ごね御涅ごねた。

 結局アリスティアが「ルーカス様と一緒の方が安心できますの」と言ったら撃沈して泣いていたが。


 その日の晩餐はアリスティアと竜王の部屋の客間で、全員で摂った。

 アリスティア、竜王、エルナード、クリストファー、ダリア、クロノス。

 不思議な事に、クロノスに対してはアリスティアの拒絶反応は出なかった。おそらく年齢が関係あるのだろう。クロノスは子供だからではないか、と思ったが、それは口にはしなかった。

 アリスティアが先日、クロノスの事を「母親の元で甘えている年齢」とナチュラルに子供扱いしてしまった時に、彼が反発心を持った事を彼女は覚えていたのだ。これ以上良くない印象を持たれるのは避けるべきだと思った。


 晩餐が終わり、侍女に手伝って貰って入浴を済ませる。

 兎族の耳が可愛くて悶えていたら、アイラが照れていた。アリスティアにはその様子も可愛すぎる程可愛く映った。モフモフのぬいぐるみの耳の部分だけが頭についているみたいに見えるのだから。

 犬族は尻尾がモフモフで、触りたいと言ったら恥ずかしがられた。

 ただその際、犬族だけではなく猫族の尻尾も、恋人か夫婦でなければ触ってはいけないのだと教えて貰い、アリスティアは羞恥で身悶えした。


 湯殿から出てから、余り匂いのしない香油で髪を梳かして貰い、その後魔術で乾かした。

 竜人族は目が縦に裂けて素敵だ、と言ったら驚かれた。アリスティアとしては、竜王の金色の瞳を見てそう思っただけなのだが、竜族にとっては驚く事だったらしい。

 三人とも可愛いから、悶える事が多そうだと思いながら、竜王ルーカスが来るのを待ってた。


「ティア。待たせたな」


 そう言いながら、竜王ルーカスは即座に膝抱っこをして頭を撫でて来た。ルーカスに抱っこされるといい匂いがして安心するから嫌いではない。

 胸に頭を寄せてもたれかかる。

 この匂いに包まれていると、守られているのを感じるのだ。

 怖い事も思い出さなくて済む。


 アリスティアは未だに生きてていいのかと思ってしまう。しかし、ルーカスがいいと言うなら信じてみてもいいかもしれない、くらいには思えるようになって来た。

 撫でられているうちに眠くなってきた。

 とろとろしてるうちに、夢の中に入ったらしい。

 額に何か触れた気がした。








「ティア。まだ生きてていいのかと思っているのか。いいに決まっている。我の半身なのだぞ。そなたを我の愛で包んでしまいたいが、さすがに幼すぎるからな。大人になるまでは手出しはせぬよ」


 だからお休み、と竜王ルーカスは愛しいアリスティアの額に口づけた。





✩✩✩✩✩



 翌朝。

 またアリスティアは竜王にがっちりホールドされて起きた。朝から美しく麗しい顔が目の前にあるのは心臓に悪すぎる。アリスティアの顔と比べるべくもない。男性なのに顔面偏差値で負けていてアリスティアは泣きそうだった。

 腹が立ったので、えい、とばかりに頭突きしてみた。


「……ティア。なぜ頭突きされるのだ」


 竜王ルーカスが若干痛そうな顔で顎を撫でた。


「ルーカス様が麗しすぎるからですわ!」

「さすがに意味がわからないのだが」

「分からなくてもいいですわ! なんだか腹が立ったんですもの」

「今朝のティアの気分が、余り良くないのはわかった。だからと言って、頭突きで起こさないでくれ」

「知りませんわ!」


 竜王の顎にアリスティアの頭突きが決まり、アリスティアは額が痛かった。

 ルーカスもまだ顎を撫でている。


「ルーカス様、離してくださいませ!」


 ぷりぷりして言うと、今朝は素直に離してくれたので、ベッドから抜け出して着替えの魔術でドレスを着用した。

 アリスティアが椅子に座っていたら、ルーカスが来てすぐに膝抱きした。それがなんだかしっくり来てしまう。彼女は怒っていたのだが、怒り続けるのも馬鹿らしくてそのままルーカスの胸に凭れかかった。

 すぐに頭にすりすりされる。


「ティア、もう怒っていない?」

「ルーカス様、もう大丈夫ですわ。ごめんなさい」

「うん、ティアがどんな状態でも我はティアが愛しいぞ」

「幼女に愛しいとか、変態ですわ」

「変態なのは人間だからだろう? 竜は、半身の年齢は関係ないからな」


 くすくす笑って言われると、年齢の事なんかどうでもいい気がしてくる。


(でも流されちゃダメなのよ! まだまだ人間の国で生きなきゃならないんだから!)


 そう思い直そうとしても、竜王から惜しみない愛情を受けていると、些細な事に思えてしまうのだから、竜族の半身に対する愛情は半端なく深いのだろう。





 そのうちに、アリスティアの専属侍女たちが来た。彼女らにヘアスタイルを調えて貰い、昨日と違うリボンで飾られて心が浮き立つ。

 侍女達に朝食を客室に運んで貰い、膝抱っこのまま、また竜王に食べさせて貰った。アリスティアは食べさせて貰う事に慣れすぎていた。

 侍女たちが、竜王とアリスティアの様子を見て、後ろで萌えているのを知らなかった。


 朝食後、竜王に片腕で抱っこされて政務官室に行く。専属護衛のダリアとカテリーナとユージェニアがついてきた。

 政務官室に入ると、エルナードとクリストファーとクロノスが待っていた。

 エルナードとクリストファーは機嫌が悪い。

 アリスティアを撫で回せないからだ。アリスティアは、兄たちにそろそろ妹離れして欲しいと思っているのだが、それは妹至上主義シスコンの兄たちには無理な相談だった。


「竜王陛下、アリス成分が足りないから、アリスを撫で撫でさせてください!」

「アリス成分が足りなすぎて干上がりそうだよ!」

「兄様たちは、カエルかなんかですか! 干上がるなら勝手に干上がってくださいませ!」

「僕らのアリスが辛辣! でもいい!」

「でもいいって何です、わけが分かりませんわ!」

「竜の半身を撫でさせろとか、お前たちはどこまでも妹至上主義シスコンなのだな」


 呆れた竜王ルーカスの言葉にも、


「「当然!!」」


 とエルナードとクリストファーのほぼ同じ声が重なり、ハーモニーの様に答えた。


「威張らないでくださいませ!」

「アリス、おいで」

「兄様、ルーカス様と違っていい匂いがしないんですもの。行きたくありませんわ」

「なんだと! 竜王陛下! お願い! アリスを撫でたら仕事を頑張れる!」

「あまりにも見事な妹至上主義シスコンで、却ってどうでも良くなってきたな。ティア、少しだけ行っておいで」

「ルーカス様、ちゃんとそばにいてくださいませ?」

ワレが愛しの半身を残してそばを離れる事などあり得ぬ」

「竜王陛下になってから、ルーカス殿下が開き直ってて寒すぎる」


皇太子──竜王の様子を見てエルナードが言えば、


「我が愛しの、とか幼女趣味にも程があるだろう……」


とクリストファーも呆れた様に言った。

 二人ともが引いている。

 アリスティアにしてみれば兄達も同様におかしいと思うのだが、口を挟んで話をややこしくしたくないので黙っていた。


「竜族の半身は年齢は関係ないからな。醜聞など心底どうでもいい」

「うわー……考え方が人間から離れてるよ」

「本当に、殿下は人間をやめたんだな……」

「そんな事より、ティアを撫でたら仕事を頑張ってもらうぞ」

「頑張るから、もうちょっとアリスを撫でさせて!」

「次は僕だからね、エルナード」

「アリスティア様、私も撫でさせてくださいませ」

「ダリア姉様まで参戦して来た!」

「だってアリスティア様が可愛すぎるんですもの!」

「ダリア姉様、変な世界に入らないでくださいませ!」

「こんな可愛い妹が私も欲しかった!」

「これはダメなやつですわ! ルーカス様!」

「ダリアまで撫でれば、落ち着くだろうから、少し我慢せよ。後でワレが撫でてやるゆえ」

「絶対ですわよ!」


 涙目になるアリスティアだったが、なんとかダリアが撫で回すのまで耐えきった。






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