第2話 竜の国へ②
ルーカスは転移で、皇王の執務室に出た。
皇王が驚いている。
皇太子──竜王が指をパチンと鳴らすと、皇王の執務室にいた補佐官たちの姿が消えた。
更にパチンと指を鳴らすと、そこには宰相の姿があった。宰相は一瞬何が起こったかわからなかったようだが、すぐに状況を把握したようで、訝しげにこちらを見てアリスティアの姿を認めると驚愕した。
竜王は
瞬時に遮音・入室阻害結界が張られた。
「ルーカスよ、何事だ、遮音・入室阻害結界を張るとは。アリスティア嬢が無事に救出された事と関係があるのか?」
その言葉には直接は答えず、皇太子は覇気を出した。
それだけで皇王は、皇太子が今までと違う存在だ、と理解したようだった。もちろん宰相も理解した。二人の顔に訝しげな表情が浮かぶ。
「事実のみを伝える。
その告げられた内容は、皇王と宰相に再び驚愕を
「我が妃アリスティアを攫った国は、ナイジェル帝国であった。
淡々と告げる内容は、彼らにはそら恐ろしいものだった様だ。だが、話しているうちにまた怒りが湧いた皇太子の瞳が、縦に裂けたのを二人は見た。
人間ではあり得ない現象だろう。
「
告げた内容に、皇王と宰相は
宰相が動揺しているのを、
「ナイジェル帝国の元皇太子は、公爵位を与えてナイジェル公爵とし、ルーカスへ仕えるよう命令した。なお、元皇太子は十歳で、なかなかに聡い子供だった」
「当面は
宰相を瞳孔が縦に裂けた状態で宰相を見つめると、宰相は僅かに視線だけを外して短く「御意」とだけ返事をした。
「この後は竜の国に行く。我が妃アリスティアが誘拐で心に傷を負い、人間を拒否し、死を望むのでな。世話役と侍女を、竜人や獣人から選んで連れてくるつもりだ」
宰相が
そんなに驚く事だろうか、と
「殿下、いえ、竜王陛下。アリスティアは無事だったのですか?」
「体は清いままだがな。ふむ、暫し待て」
そう言うと、竜王はアリスティアの頭に手を置いた。その途端、アリスティアが竜王の腕の中で眠りに落ちた。無詠唱での魔術だと気がつくのに少しかかってしまった。
「これでいいだろう。アリスティアの頭から読み取った情報だがな。我が妃は、魔力封じの魔道具を山ほどつけられ、口付けで口内を蹂躙された。ただそれだけなのに、我が妃は矜持の為に死にたいと、殺してくれと申した。竜にとってその程度、何という事はないのだがな。死なせぬ為には、周囲から人間を排除し、
竜王の語る内容に、宰相アーノルドから殺気が溢れた。
「宰相。安心せよ。アリスティアの心を直接傷つけた皇帝はもうこの世にはおらぬ。それと、今朝、ナイジェル帝国の貴族どもを登城させて、反抗的な者がいないか探ったが、幸いな事にいなかった。ナイジェル帝国が我が妃アリスティアを狙った理由は、皇国を属国にするため。アリスティアを我が物とすれば皇太子ルーカスに言う事を聞かせられると思ったようだな。竜の逆鱗に触れただけだったが」
「竜王陛下。発言をお許しください」
「良かろう。申せ、バークランド公」
「アリスティアを先程から〝我が妃〟と仰られておりますが、どんな理由かお聞かせ願えますか?」
宰相が、アリスティアの父バークランド公爵としての顔でルーカスをひたと見据えた。その目線をルーカスは真っ直ぐ受け止める。
「簡単な事よ。アリスティアは竜王の半身。半身同士は互いから良い匂いを嗅ぎ取る。ああ、安心せよ。妃と言っても、幼い身に無体を働くつもりはないぞ? 育つまで待つ」
「半身……」
数千年、竜人が身近にいなかったせいで失伝している情報のため、言われてもピンと来ないようだが竜王にとってはどうでもいい事だった。
「宰相。先程の政務官派遣の準備をしておけ。政務官は
「御意」
「皇王。ここでは父上、と呼んだ方がいいか?」
「公的な場だけ繕えばそれで結構です、竜王陛下」
「重畳。では用件だ。離宮を一つ、用意せよ。結界は
皇王と宰相は、了承の意を答えた。
☆☆☆☆
「数千年ぶりだな、竜の国は」
竜王は腕の中で眠るアリスティアを抱え、竜の国の門前に立っていた。
門には門番がいる。
門番は、見知らぬ人間がいきなり門前に立ったのを見て誰何した。
「待て。貴様、誰の許しを得てここに来た。何処から入って来た。普通の人間には入れぬ筈だが?」
「ふむ。この姿ではわからぬか」
竜王は、覇気を溢れさせ、瞳孔を縦に割った。ついでに竜翼を出す。
「っ! この覇気は、竜王陛下! 大変失礼致しました! お通り下さい!」
門番の竜人は、恐縮して
「うむ」
竜王は門を通り過ぎた。覇気を周囲にばら撒きながら。
さすがに覇気で皆が気がつく。
次々と竜人が、そして獣人も跪く。
その中を、竜王はゆったりと歩く。己の腕に愛しい半身を抱えて。
暫くして宮殿の方角から、近衛隊が竜体で翔んで来た。
「竜王陛下! お帰りをお待ちしておりました!」
近衛の竜人たちが竜体から人化し、一斉に竜王の前で跪く。
「うむ」
「腕の中に居られまするのは、もしや半身様であらせられますか?」
「そうだ。我が半身、我が妃だ。少し事情があってな、身内認定した者以外の人間を拒否してしまっておるから、完全な人型にならないように皆に申し付けよ」
「御意。伝令! 宮殿へ急ぎ連絡せよ!」
「応!」
近衛隊の中から伝令が飛び出して竜化し、宮殿へ向かって翔んで行く。
「竜王陛下。竜化します故、我が背にお乗り下さい」
「大儀である」
「は。ありがたき幸せ。全員、竜化せよ!」
近衛隊の隊長の号令で、次々と竜化していく。近衛隊長が地に伏せ、竜王が乗騎し易いようにする。
「ふむ。暫し待て」
そう言って竜王は腕の中で眠る少女の頭に手を置いた。
すぐに少女が目を開ける。
「ティア、起きたか」
「殿下? ここはどこですの?」
「ここは、
「大きいですのね?」
「竜だからな。これからこの赤竜に乗る。赤竜は近衛隊長だ」
「まあ。お世話になりますわ」
アリスティアは赤竜に声を掛けた。
「勿体なきお言葉」
竜から
竜王は、アリスティアを抱えたまま地を蹴る。軽く蹴ったのに、高さ三メートルくらいの竜の背まで跳び上がり、ふわりとその背に着地し、座った。
アリスティアはルーカスの膝の上だ。
「これから宮殿へ行く。そなたの侍女と周囲を世話する使用人を選別する」
「殿下、いえ、竜王陛下。わたくしは生きていていい身ではありません。すぐにでも殺して貰わねばならぬ身。侍女や使用人など、すぐに不必要になりますわ」
「ならぬ。ティアは汚れてなどおらぬと申した。そなたがそこまで強情を張るなら、少し消毒が必要だな」
ニヤリ、と意地悪そうに笑う皇太子を見て、アリスティアはなんだか嫌な予感がした。
その予感はすぐに当たった。
皇太子が、その場で口付けて来たのだ。しかも、深い口付けだった。
一瞬、恐怖に体が強張ったが、近くから甘くていい匂いがして、それが濃厚になっていって、すぐに体から力が抜けた。
暫くされるがままになっていたアリスティアは、皇太子ならぬ竜王が口を離した瞬間、事態を悟って真っ赤になった。
「あまり駄々を捏ねるな。理性が飛びそうになる」
甘い声で言われると、アリスティアは羞恥で動けなくなる。仕方なく頷くだけに留めた。
竜人の近衛隊が先導し、近衛隊長の背に乗ったまま宮殿へ入る。
宮殿は、さすがに竜人が竜化しても大丈夫なようにかなり大きく作られており、その廊下を飛んでいた。
一際大きな扉があった。そこで
そこは大きな広間だった。そして大勢の竜人と覚しき人々がいた。
玉座に座っている人がいた。そこへ竜王はスタスタと躊躇いもせずに近づく。
「伯父上、転生おめでとうございます」
「うむ。カイル、数千年の留守居役、ご苦労だった」
「勿体なきお言葉。伯父上にいつ玉座を返せるのかと心待ちにしておりました」
「まあ待て、焦るな。
「フォルスター皇国の皇太子。なるほど。では今しばらくは竜王代理を務めましょう」
「任せた。ところで、今回国に一時帰国したのは他でもない、頼みたい事があってな」
「竜王たる伯父上の望みとあらば、できる限りの事を致します」
「何、難しい事ではない。我が半身、我が妃アリスティアが、攫われて無体を働かれ掛けた。その時の事が心の傷になり、身内認定している者以外は
「伯父上。その程度なら問題はありませぬ。ああ、それで完全な人型を取らぬ様に申されたのですね」
「そうだ」
そして竜王は、玉座の隣に立ち、臣下を睥睨する。
「皆の者、永の留守、カイルを助けよくぞ守ってくれた。大儀である」
その言葉と同時に、竜人達と獣人たちが一斉に跪いた。
「面を上げよ」
その言葉で、皆が顔を上げる。その中の一人が、代表して声を上げた。
「竜王陛下におかれましては、ご帰還おめでとうございます。ファルナ公爵家が当主、クライネル・ファルナです。此度は半身様のご災難、残念でございました」
「我が覚醒しておれば、みすみす攫われなかったのだがな。自分で、覚醒しそうになったのを封印していたらしい。光の精霊王シルフィードが封印を解除してくれたお陰で、ぎりぎり救出が間に合った」
「左様な事情が有りましたか。間に合って良うございました」
「それでだな、ファルナ公。この子が我が半身、我が妃のアリスティアだ」
「竜王陛下からご紹介に預かりました、バークランド公爵が長女、アリスティア・クラリス・セル・バークランドでございます。幼き身故、ご無礼が有りましたらご容赦くださいませ」
「おお、これは聡い子供ですな」
「ティアは、五歳でスタンピードを押さえ込み、フォルスター皇国の隣国の陰謀を暴き、別の隣国のルオー王国からの難民に就業・就職斡旋をする提言をし、七歳で学業所を作って民の知識の拡大をする案を提言したのだぞ。更には、五歳で既に特級魔術を行使し、オリジナル魔術をいくつも作った上に、覚醒前の我に、場所を選ばない転移のコツを教えてくれたのだぞ」
なんとも嬉しそうに言う竜王は、わかりやすく笑み崩れていた。
「竜王陛下! 自慢と惚気はやめてくださいまし! 恥ずかしくて死にそうですわ!」
「何を言う。そなたが如何に聡いか、皆に伝えて置かねばならぬのだ」
「これ以上、惚気けたら、嫌いになりますわ!」
「嫌だ、ティア。これ以上は言わないから嫌わないでくれ!」
竜王が幼女の首に顔を埋める姿は威厳も何もあったものではないのだが、竜人は半身という存在の意味を知っているので、竜王のそれは微笑ましいものとしか映らなかった。
「コホン。話がズレたな。明日から、我が妃アリスティアの侍女と使用人の選抜を行うから、我こそはと思う者を来させよ。獣人もだぞ」
「御意」
竜人と獣人の集団は、再度跪いて頭を垂れた。
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実は竜人、獣人の貴族たちは皆転移で登城して来ました。
ルーカスがわかり易く覇気を出して歩き、その覇気を感じ取った巡回中の兵士が城に連絡→竜王代理をしていたカイルから魔術で全貴族に登城要請→即座に転移で登城、という流れで集まってました。
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