167.交易路と未来予想図

 数日後。


 獣人族の国から戻ってきたロロとララからもたらされた情報は、予想通り気分が悪くなるものだった。


 曰く、地域ごとに、出生や外見で迫害を受けている人たちは一定数存在しており、そういった人たちは共通して『耳欠け』と呼ばれているらしい。


「なんだそりゃ?」

「生まれた時に、片方の耳の上半分をちょん切っちゃうみたいッス。だから『耳欠け』って呼ばれるッスよ」


 ジェスチャーを交えながらロロが説明してくれるが、想像するだけで痛いし、それがまかり通る現実というのは実に厳しい。


 耳欠けと呼ばれる人たちは、住居や行動範囲が制限されているだけでなく、低賃金で重労働を課されたりなど、差別が平然とまかり通っているそうだ。


 元いた世界でいうところの、悪名高きアパルトヘイトに近いともいえる。


 まったく、どこの世界もいつの時代も、人種問題というのは切り離すことのできない癌らしい。


 名医ではないので、すべてがすべて除去できるわけではないけれど、問題を知ってしまった以上、自分にできることはやっておきたい。


 近く訪れるであろう獣人族との交渉へ思考を巡らせている最中、不安そうなロロの声が耳に届いた。


「……タスク……。……こわいかお……だい…じょうぶ……?」


 目の前まで回り込み、ロロは見上げるようにしてオレの顔を覗き込んでいる。


「そ、そうか? 怖そうな顔してたか?」

「ダメッスよ、ご主人。優しそうな顔が台無しッス」

「マジか……。気付かなかったな……」


 いかんな。予想していたとはいえ、事実を聞かされたことで態度に現れていたみたいだ。


「とにかく、お疲れ様。嫌なこと調べさせて申し訳なかったな」


 表情を取り繕ってから、誤魔化すように妖精たちの労をねぎらうものの、ロロとララは頭を振ってみせる。


「いやいや、言うほど大したことなかったッスよ!」

「……うん…そんな……とおく…………なかった……」

「それに自分、人間族の国でもっとドロドロしてるやつも見てるッスから」

「そうなのか?」

「そうッス。だからご主人も、あんまり気にしてちゃダメッスよ?」

「……りょうしゅ……は…でーんと……かまえる…の…だいじ……」


 やれやれ、取り繕っていたのはバレバレだったか。逆に励まされるとか情けない話だな。


 報告が終わり、ロロとララは舞うようにして飛び去っていった。しらたまとあんこと一緒に遊んでくるそうだ。


 楽しそうな後ろ姿を見送りながら、大きなため息をひとつ。気を取り直して、自分にできることをしっかりと取り組むことにしよう。


***


「なるほど。やけに領内が賑わっているなと思っていたのですが、そういう事情でしたか」


 第二弾となる移住者たち二十名を伴ってやってきたイヴァンは、関心の面持ちで建築現場を眺めやっている。


「我々を受け入れるにしては、住居の数がやけに多いなと思っていたのです。獣人族を受け入れる準備だったのですね」

「あくまで予定さ。上手くことが運ぶことを祈っておいてくれ」

「義兄さんなら大丈夫ですよ。それより、ハイエルフの前国王の指揮の下、製紙工房まで作られるとは。正直驚きなのですが……」


 建築現場の一角へ視線を動かし、イヴァンは率直な感想を口にした。


「……工事が順調に進んでいるか、甚だ疑問ではありますね」


 視線の先には、汗を流して作業に取り組んでいるワーウルフたちと、彼らに声援を送っている戦闘執事のハンスの姿があった。


 差し入れを持ってきたという初老の執事は、踵を返すこともなく、その場に留まっては「ナイスバルク!」とか、「見惚れるほどのいい筋肉ですぞぉ!!」など、ワーウルフの肉体美をひたすらに褒め称えていたのだ。


 ワーウルフたちもワーウルフたちで、そんなハンスの掛け声が聞こえる度にポージングを取る始末。身体を鍛え続けている者同士、わかりあえる何かがあるんだろうか?


「信じられないだろうけど、掛け声があると遥かに作業効率が上がるんだよなあ」

「ポージングの度に手が止まってますけれど……?」

「気にしないでくれ。その分、倍速で動くから」

「は、はあ……」


 ロルフの案内で領内を見て回っている移住者たちも、不思議なものを見るように、ワーウルフたちを眺めやっている。


 しかしながら、ここでは珍しい光景でも何でもないので、できるだけ早急に慣れていってもらいたい。じゃないと精神的に疲れるだけだぞ?


 ま、それはさておき。イヴァンには聞きたいことが色々とあるのだ。


「人間族の国とは最近どうなんだ? 連合王国も帝国も国境に面しているんだろう?」


 ぽかんと開けていた口を閉じ、知的な顔つきに戻ったダークエルフは、思慮めいた眼差しをオレに向ける。


「戦後処理がようやく片付いたようで、両国から交易の申し出がきてますよ。長老会も条件付きで了承するようです」

「条件?」

「いくつかありますが、一番は不可侵条約ですね。国境沿いの村では両国との諍いが耐えませんから」


 そういえば、村単位での争いがしょっちゅう起きてるって話を聞いたな。水や木材など、様々な資源を盗まれるって。


「締結すれば交易が始まるでしょう。もっとも、最初のうちは小規模でしょうが」

「連合王国と帝国との交易なんだけど、ここまで足を運ばせることってできないかな?」

「人間族に我が国の通行を認め、この領地と交易させるということですか?」

「うん。連合王国と帝国で収穫される香辛料が欲しくてね」


 カレーのレシピが開発されて以降、リアとハーフフットたちを中心にちょっとしたカレーブームが沸き起こったことで、クラウスが持ってきてくれた香辛料の数々は、早くも底を尽きそうなのだ。


「お言葉ですが……。そこまでなさる必要もないのでは?」


 不審の微粒子を表情に漂わせ、イヴァンは続ける。


「義兄さんの能力スキルを使えば、この土地でも香辛料は育つでしょう。わざわざ人間族と交易をする理由がないと思うのですが……」


 確かにイヴァンの言う通り、再構築リビルドの能力で種子に戻せば、ここでも問題なく香辛料が育つだろう。


 やろうと思えば、特産品として出荷できるほどの収穫量だって見込める。


「でも、それじゃあダメなんだ」

「なぜです?」

「交易路を作る大きな目的は経済と物資の循環だからさ」


 経済貿易都市を目指すという目標はあるものの、ぶっちゃけた話、この領地で利益をあげるつもりなど毛頭ないのだ。


 交易路を作る上で最大のメリットは、各国で不足している物資を、取引を通じて補完し合うことができる点にあると考えている。


 人間族の国の香辛料が、龍人族の国の食料やハイエルフの国の綿織物となり得るように、有り余る特産品を使って足りない物を補うことができれば、自ずと互いの国が豊かになっていくはずだ。


「民間レベルの商人なら庶民が望むものを優先して取引を行うし、そうなれば市中にも食料や日用品が行き渡るだろう。物価が高騰してパンが買えない、なんてことはなくなると思うよ」

「横断する交易路ができれば、それが叶うと?」

「理想はね。正直な所、しばらくは難しいだろうけど」


 ジークフリートが人間族の国を嫌っているように、外交情勢を考えると相性の悪い国っていうのはどうしても存在する。国同士の大規模な交易をするためには、ある程度の調整が必要になるだろう。


 それまでの間、あくまで民間レベルの取引として、ウチの領地を交易地に使ってもらえればいいと考えたのだ。


「ここでは取引に税をかけるつもりはないし、悪いことをしなければ自由にしてもらって構わないとすら思ってるからね。他に自由な交易ができる都市があるなら、そこで活発な取引をしてもらってもいいし……」


 思考を再確認するように描いていた未来予想図を口にしていると、イヴァンは声を押し殺して笑い始めた。


「……失礼しました。あまりにも途方もない話をされるものですから」

「悪かったな。どうせ無謀な計画だよ」

「とんでもない。志は大きいほどよいかと」

「大きすぎて、オレの生きているうちにできるかどうかが疑問だけどね」


 自分のことながら、思わずため息が漏れる。


「しかしまあ、大人としての義務は果たしたいのさ。未来に生きる子どもたちには、豊かな生活を送ってもらいたいしね。せいぜい、生きている間はもがくしかないだろ」

「のんびりまったり過ごしたいという夢は潰えてしまいましたか」

「いやいや。それについても諦めたわけじゃないんだ。できるだけラクをしたいのは、今も昔も変わらないよ」


 顔を見合わせると、オレたちはどちらともなく笑い声を上げた。


「仕方ないですね。義兄さんの夢のために、僕も努力しましょう」

「助かるよ」

「ただ、現時点で問題がありまして」

「?」

「長老会ですよ」


 人間族に通行許可を出させるには、長老会の承認が必要となる。


 連合王国とも帝国とも条約が締結できていない現状で、それを認めさせるよう説得したとしても、長老たちは首を縦に振らないだろう。


「この土地に対して、長老たちが好感を抱いていることは確かです。しかし、それとこれとは話が違うと突っぱねられる可能性が」

「そうだな。それじゃあ、こういうのはどうだろう? 認めてくれるのなら、水道技術を提供するよ」


 その言葉にイヴァンは目を丸くしている。


「た、確かに我が国の水資源は井戸水に頼るところがほとんどです。しかし、良いのですか?」

「何が?」

「水道技術は龍人族の国家機密と聞いたことがあります。簡単に他国へ教えてしまうなど……」

「問題ない。提供するのはそれとは違うから」

「?」

「ウチの優秀な研究者たちが開発した、新しい水道技術があるんだ」

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