122.カミラと邸宅作り

 カミラを囲んでの朝食を終えた後、オレはファビアンの邸宅を建てる準備を整えるため、領地東部の住宅地へ向かった。


 いつものようにワーウルフたちと翼人族が資材運びなどを手伝ってくれているので、オレはオレでファビアンが持参した大荷物を片付けようと思っていたのだが。


 自宅の前にあった荷物の数々は姿を消した後で、あっという間にカミラが片付けてしまったそうだ。しかもひとりだけで。……マジっすか?


「クラーラ様のご自宅へ一旦収納しただけです。大部分は邪魔なものなので捨てましたが」


 あっけらかんと口にするカミラ。……えーと、それ大丈夫なのか?


「ええ。お気になさらないでください。いつものことなので」


 そうかあ、いつものことなのかあ……。


「しかし、それにしたって大荷物だっただろ? 大変だったんじゃないか?」

「ご心配には及びません、タスク様。こう見えて私、戦闘メイドとして日々鍛錬を積んでおりますので」

「……はい? 戦闘メイド?」

「はい。身の回りのお世話だけでなく、護衛も任される職業のことです。ご存知ありませんか?」


 ご存知も何も……。戦闘メイドなんて言葉は『オー○ーロード』の中でしか聞いたことないし、本当に存在するんだなあとビックリしてますよ。


 なんでも、カミラは天界族と呼ばれる種族だそうで、高い知能と身体能力が特徴らしい。


 その昔、天使が下界の他種族と交わり、誕生したのがこの種族の祖先で、かつては堕天使と呼ばれて忌み嫌われていた。


 そこで登場したのが、かつての異邦人ハヤトさんで、差別を助長するような名称はよろしくないと、天界族という種族名に変更させた、と。


「祖先たちはこの名称をいたく気に入り、以降、種族に対する差別や偏見がなくなっていったことから、ハヤト様を祀る者たちも少なくないとか」

「元の世界に帰っただけで、多分、死んでないと思うけどなあ」


 気持ちの問題ですよと前置きしてから、カミラは微笑んだ。


「もし再び異邦人が現れるようなら忠誠を尽くすこと。一族に言い伝えられていた教えを果たすことができて光栄です」

「いや、そんな大層な人間でもないぞ? こっちこそ力を貸してもらいたいし」

「ご謙遜なさらないでください。不肖の身ではありますが、このカミラ、誠心誠意お仕えさせていただきます」


 雇用主はファビアンじゃないのかという、さりげない疑問が頭をよぎるんですが……。


「もちろん、ファビアン様のお世話はいたしますが。なにぶん、面倒くさ――もとい、お世話をしつつ、タスク様にお仕えできれば」


 いま、確実に面倒くさいっていおうとしたよね、この人。そんな雑な扱いで、ファビアンが文句すら言わないのが不思議だわ。


 ともあれ、ふたりのためにも住居は確保しなければならない。みんなが力を合わせて資材を運搬しているだろう住宅地へ、オレとカミラは足を運ぶのだった。


***


 ワーウルフと翼人族たちによって、建築資材が次々に運び込まれている。


 ゲオルクの家族だし、かなり偉い立場の人っぽいので、来賓邸に負けないような邸宅を用意しようと、早速オレも資材運搬へ加わろうとしたのだが。


 ここでカミラが一言。


「お気持ちは嬉しいのですが。ファビアン様に豪華な邸宅は無用かと。皆様と同じもので問題ございません」


 知的な表情を少しも変えることなく、淡々と語る戦闘メイド。


「そういうわけにもいかないだろ。ファビアンだって期待してるはずだ」

「豪華も過ぎると、ファビアン様を増長させる原因になりますので。程々が良いのですよ、程々が」


 ……うーむ。やはりというか、なんというか。同じきょうだいなのに、ファビアンとクラーラで扱いが違いすぎやしないかね?


 どうしても気になってしまうので、なんでそんなに乱暴な扱いをするのか尋ねてみたところ、カミラは顔を曇らせ、遠くを見つめながら語り始めた。


「そうですね……。お話せねばなりません。あれはそう、まだファビアン様もクラーラ様も幼かった頃のことです――」


 ゲオルクの五人目の奥さんから生まれたファビアンと、十八人目の奥さんから生まれたクラーラは、家族の中でもずば抜けた美貌の持ち主で、赤ん坊の頃から大層可愛がられていたそうだ。


 きょうだい仲も良く、歳が離れているにも関わらず、ファビアンはクラーラを伴ってよく遊びに出かけており、周囲もそれを微笑ましく見守っていた。


 ところが、成長していくにつれ、ファビアンの性格が変わり始める。周囲が可愛がれば可愛がるほどに、自分が特別だと思い込み、徐々に性格へ歪みが生じるのだった。


 クラーラへ接する態度こそ変わらなかったものの、増長を始めたファビアンの言動や態度は乱暴さを増し、周囲への扱いも酷いものになっていく。


 ある日、それを見かねたカミラが注意しようとしたところ、まだ子供だったファビアンから、誰に口を聞いている黙れクソババアと言い返されてしまったそうで。


「その瞬間のことです。私、頭の中ではいけないと思いながら、思わず手をあげてしまいまして……」

「……気持ちはわかるが」

「ええ。私のように若く美人な女性にクソババアなど、とてもじゃないですが許せませんで……」


 ……はい? えっ? そっちですか?


「他に何がありますか?」

「ああ、いや……。どうぞ、続けて」

「はい……。そんなわけで、殴ってしまったんです。思いっきり拳で」

「拳で?」

「得意の右ストレートでございました」

「それは聞いてないです」


 振り抜いた渾身の右拳はファビアンの腹部にクリーンヒット。吹っ飛ぶファビアン。ようやく我に返るカミラ。


 倒れ込むファビアンにカミラが駆け寄り、大丈夫ですかと声をかける。ヨロヨロと起き上がりながら、言葉少なに大丈夫だと、笑いながら立ち上がるファビアン。


「そのファビアン様のお顔を拝見した際、私、感じたのです」

「何を?」

「自分の全身を、ゾクゾクっと電流のごとく駆け巡る、打ち震えるほどの快感にっ……!」


 知的な表情を恍惚とさせ、身悶えを始めるカミラ。……あ、間違いなくヤバイ人だ。


「その日以降、ファビアン様はあのような性格へと変貌を遂げられ……。渋々ながら私もあのような態度を取らせていただいている次第で」


 ノリノリの間違いじゃないのか? 間違いなくドSでしょ、あなた。


「っていうかさ、それがきっかけなら、ファビアンの今の性格って見せかけの可能性もあるんじゃないか?」

「どういうことです?」

「ほら、ファビアンって、どっちかっていうと面倒くさい感じじゃん? あれって、乱暴な性格を隠すためのフェイクなんじゃないかなって思ったのさ」


 仕事のできる聡明な人物って聞いているし、もしかすると二面性があるのかも。ふと、そんな考えが頭をよぎったものの、カミラは太陽のようなまばゆい笑顔を見せながら、ご心配には及びませんとファイティングポーズを取ってみせた。


「その時はその時です。再度、教育してさしあげますわ」

「さいですか……」


 うん、深く関わるのは止めておこう。早々に会話を切り上げ、オレは邸宅作りに戻った。


***


 カミラから豪華なものでないのがいい、と言われたものの、普通の家を用意するのは若干の抵抗を覚える。


 久しぶりに構築ビルドの能力をフル活用して建築作業ができるのだ。モノ作りは好きだし、せっかくならこだわったものを作りたい。


 というわけで、今回は三階建ての邸宅作りへ取り掛かることにした。来賓邸ほど外観の見栄えは良くないものの、その分、内装にはこだわる。


 カミラと話し合いながら、使いやすい水回りの動線を考え、部屋を構築していく。


 途中、ダークエルフの国からソフィアとグレイスが帰還し、建築作業を見学にしきたんだけど。


「たぁ君。他の人にこだわった家を用意するぐらいなら、自分の家をどうにかした方がいいんじゃない」


 ……と、呆れ顔を浮かべたソフィアに言われてしまうのだった。


「今の家は今の家で、オレは割と気に入っているんだよ」

「ですが、タスク様。領主としてはいかがなものかと」


 そう応じたのはグレイスで、この件に関してはソフィアと同じ考えのようだ。


「質素倹約は素晴らしい心がけですが、今後のことを踏まえますとご一考いただければ幸いです」

「わかったよ。とりあえず、この家を建ててからな」

「っていうかさ、どんな人が来るの? お金持ち?」


 早々と話題を切り替えたソフィアは、期待を込めた眼差しでオレを見つめる。ホント、お前、ブレないなあ。


「お金持ちはお金持ちなんだろうけど……。変わった人だよ」

「何よ、それ」

「会ってみればわかるって」


 要領を得ないといった感じで首をかしげるソフィア。実際問題、説明しようがないからな。


 ……あ、そういえば。


「なあ、カミラ。ファビアンはハイエルフの国の友達に頼むって言ってたけどさ、もしかしたらここへ連れてくるのかな?」

「どうでしょうか。ですが、可能性としては否定できません」


 うーん。そうなったらゲストルームも用意しておくべきか。それとも来賓邸に泊まってもらうとか。


「ちなみにカミラは、その友達とやらに会ったことあるのか?」

「何度かお目にかかったことはありますが……」


 途端に乾いた笑顔へ変わる戦闘メイド。何か、まずいことでも聞いたのか。


「いえ。お会いになればわかるかと」


 もったいぶるなあと思いつつ、なんとなくだけど嫌な予感がしてしまう。


 それから数日後。


 ファビアンとアルフレッドが、ハイエルフの国から友人たちを引き連れて戻ってきたのだが。


 その光景は、オレが覚えた嫌な予感を見事に的中させるものだった。

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