113.花の騎士からの頼み事

 ゴツン、という鈍い痛みとともに、オレは夢の世界から目を覚ました。


 口と鼻を覆い隠すように、顔面へ細い腕が乗っていることに気付き、それを払いのける。


「うぅ……んにゅ……」


 寝言ともに引っ込んでいったアイラの細い腕は、間もなく反対方向へその場所を落ち着かせた。


 おもむろにベッドへ上半身を起こしたオレは、寝室の惨状を眺めやりつつ、襲いかかる頭痛に軽く声を上げる。


 正直なところ、記憶に残っているのは深夜のお祭り騒ぎだけなので、ワインの空き瓶がゴロゴロ転がってる寝室の現状は不思議でしかないんだけど。


 右隣で寝そべっているアイラだけではなく、左隣ですやすやと寝息を立てているリアですら全裸なところを見るに、相当飲んだくれていたに違いない。そりゃ頭も痛くなるはずだよな……。どんだけ騒いでいたって話だよ……。


 窓から見える空は夕闇を帯び始めているし、ベッドの下には半裸のエリーゼとベルがエールの小さな樽を抱えるようにして横たわっている。


 こんな姿の奥さんたちを見るのは初めてだなあとか思いつつ、オレはそれぞれに毛布を掛けていった。


 とにもかくにも、まずは頭をスッキリさせたい。ゆっくり風呂に浸かりながら、昨夜の出来事を思い返すことにしよう。


 ぼんやりする思考の中で決心し、奥さんたちを起こさないようにそっと部屋を抜け出して、オレは浴室へと足を運んだ。


***


 花火が終わり、集会所まで戻ってくると、次々に酒と料理が運び込まれ、またたく間に宴会が始まった。


 文字通り、飲めや歌えの大騒ぎである。用意されていた料理も結婚式とはまた異なるごちそうで、華やかさより豪快さが目立つ。


「ほとんどが酒のつまみですよ。酒に合うよう、濃い味付けが特徴です」


 珍しくデザート類が用意されていないことをロルフに尋ねると、そんな応えが返ってきた。


「甘いもので酒を飲むやつだっているだろう?」

「中にはいますけれど……。新年用の焼き菓子を届けていますので、それで飲み直してもらうしかないですね」


 例のドライフルーツやナッツ類がたっぷり入ったケーキのことらしい。すでに各家庭へ配り終えていて、オレの家の分もエリーゼが受け取っているとのことだ。明日以降のお楽しみだな。


「タスク殿ぉ!! 飲まれてますかな!!」


 ガハハハという豪快な笑い声とともに現れたのはガイアで、エールと料理を手に持っている。


「せっかくの年越しです。珍味を召し上がっていただこうと、昨日は狩りに出ておりましてな!」


 そういって差し出された料理は鳥の丸焼きっぽいけど、肉の色は全身黒っぽい。


「以前、樹海に住む野生種の鳥についてお話したのを覚えておいでですかな?」

「ああ! なんだっけ、物騒な名前の鳥だよね」

「はい、それがこれ、マンドレイクチキンです!」


 威嚇する時にマンドレイクを抜いた時のような、断末魔の鳴き声を上げるという鳥のこと……なんだけど。


「……よく捕まえられたね?」

「コツがいりましてな。気配を消して接近し、一瞬のうちに絶命させるのですぞ」


 楽しげに披露してくれますけど、完全に殺し屋の手法ですよね、それって……。


 とはいえ、威嚇する鳴き声で鼓膜が破れるっていうし、熟練の技がなければ食べられないような代物に違いない。ありがたくいただくことにしよう。


 口元へ運んだマンドレイクチキンの味は、野性味の溢れるクセの強いもので、鶏とはまったく違った独特の風味が、口の中にいつまでも残るような感じだ。


 美味しいといえば美味しいし、美味しくないと言えば美味しくないしと判断に困っていると、そんなオレに気付いたのか、ロルフとガイアは揃って笑い声を上げた。


「特徴的な味わいでしょう? 我々の中でも好みは分かれますので」

「そうなのか? でも、オレは嫌いじゃないかなあ」

「それは何より! マンドレイクチキンはエールと実に相性が良くてですな! どうぞ、飲んでみてくだされ!」


 言われるがまま、ジョッキに入ったエールを喉元へ流し込む。苦味とほのかな爽やかさが、マンドレイクチキンの野性味と調和して、口の中にはスッキリとした後味が広がっていった。


「美味しい!」

「ガハハハハ! 行ける口ではないですか、タスク殿! さあさ、もう一杯!」

「い、いや……。オレ、そんなに酒強くなくてさ」

「料理と一緒に飲んでいれば、さほど酔いませんぞ!? ささっ!!」

「じゃ、じゃあ……。あと少しだけ……」

「それでこそ我が主! お見事ですぞ!!」


 ……で、気がつけばガイア以外からも次々に酒を勧められ、ありとあらゆる酒をちゃんぽんして飲んでいたんだっけ。酔いつぶれるはずだよ。


 半ば不可抗力とはいえ、記憶がなくなるまで飲み続けるというのは流石にいただけない。汗を流して浴室を出ると、家中が酒臭いことに改めて気付かされたしな。


 リビングもワインの空き瓶や樽が散乱してるもん……。冬場で寒いとはいえ、こりゃしばらくの間、換気しないといけないだろうな。


 昨夜の行いを反省しながら片付けをしようとした矢先、玄関をノックする音が聞こえた。


「領主殿、いらっしゃるだろうか?」


 扉を開け、出迎えた先に佇んでいたのは、元帝国軍の竜騎士であるヴァイオレットの姿だった。


***


「散らかっていて申し訳ない。適当に腰掛けてくれ」


 慌ててテーブルの上を片付けるオレに、ヴァイオレットは首を振って応じる。


「いや、昨夜は大騒ぎだったのだ。どこも同じ有様だろう。どうかお気になさらずに」


 と言うものの、ヴァイオレットの涼しい表情からは酒を感じない。宴会の最中、再会を喜びあったハーフフットたちから、散々ワインを勧められていたはずなんだけどなあ。


「それよりも、新年早々、ご自宅へ押しかける私の無礼をお許しいただきたい」

「いやいや、それこそ気にしないでくれ。同じ領地で暮らす仲間なんだ。堅苦しいのはなしにしよう」

「そういってもらえると助かる。実は領主殿へ相談があるのだ」


 そう言ってヴァイオレットが切り出したのは、今後、この領地でどのような仕事をしたらいいかという話だった。


 考えてみたら、ヴァイオレットたちを受け入れるだけ受け入れて、これから先どうするかはまったく考えてなかったな。


「領主殿にお考えがあるのなら、それに従うまでなのだが。個人的に興味のある仕事を見かけてな。できればそれを手伝いたいのだ」


 背筋をピンと伸ばし、オレが淹れたハーブティーを一口すするヴァイオレット。興味のある仕事ってなんだろう?


「うむ。リア殿とクラーラ殿が、妖精たちと一緒に薬草と草花を育てられているだろう? 私も多少なりとも知識があるので、それを手伝いたいと思ったのだ」

「ああ、そっか。確か、帝国では『花の騎士』って呼ばれていたんだもんな」


 その言葉に驚いたのか、ヴァイオレットは口にしていたお茶を吹き出して、ゲホゲホと激しくむせ返っている。


「だ、大丈夫か?」

「げほっ! げほっ……! し、失礼した……! 誰からそのような話を……?」

「え? リアとエリーゼからだけど……」

「クッ……迂闊だった……! フローラに口止めしておかなかったばかりに……!」


 花の騎士と呼ばれていたことは秘密にしておきたかったのか、ヴァイオレットは苦悶の表情を浮かべている。


「別にいいじゃないか。自宅の庭園を埋め尽くすほど、花が好きなんだろう? 知られて困ることでもないじゃないし」

「お、おかしいではないか。私のようながさつな騎士が、花にうつつを抜かしているなんて……」

「いやあ? 美人には花がつきものだし、よく似合っていると思うけどなあ」

「びっ、びじっ……」


 顔を真っ赤にさせ、身体を硬直させるヴァイオレット。どうやら褒められ慣れてないらしい。こんなに綺麗なのになあ?


 おっといかん。これ以上この話題を続けると、話にならないな。何か話題を探さなければ。


 そんなことを考えながら辺りを見回していると、ぱっと目についたのは、先程急いで片付けたワインの空き瓶だった。


「少し聞きたいんだけど。花が好きならさ、ドライフラワーとかも作ったりするのか?」

「? あ、ああ……。割とよく作ってはいたが……、それがなにか?」

「うん。ひとつ作ってみたいものがあってさ。協力してくれるかな」

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