101.講和と桜

「妖精鉱石か。実に懐かしい」


 いつものようにやってきたジークフリートは来賓邸のこたつに入りながら、瑠璃色をした塊を細い目で見やっている。


「ハヤトの愛用していた一振りが、これでこしらえたものでな」

「へえ~」

「思い返せばアイツも妖精たちには好かれていたものだ。異邦人そなたたちには、何かしらの魅力があるのかもしれんぞ」


 領地へ到着するなり、妖精の集団に出迎えられたジークフリートとゲオルクだったが、別段不思議に思う素振りを見せていなかったのも、ハヤトさんという前例があったからなのだろう。


 ゲオルクに至ってはその場に残って、妖精たちと草花談義を始めちゃうし。あの人、自分が王様の付き添いっていう立場を完全に忘れちゃってるな。


 ま、それはさておき。


「思い出もあるようですし、よろしければ差し上げますよ」


 オレの言葉にジークフリートは首を振り、将棋盤が広がっている卓上の隅へ妖精鉱石を戻した。


「宝物庫にハヤトの剣があるからな。これはいらんよ」

「そうですか……」

「むしろそなたの方が使う用途もあろう。魔法石の研究をしておると言っておったではないか」

「あ~。オレもこれを魔法石に使えると思ったんですけどねえ」


 強力な魔力を秘めた鉱石なら、魔法石の媒体に使えるだろう。真っ先にそう考えたものの、ソフィアとグレイスからは難色を示されたのだ。


「恐らく、問題なく使えると思うのですが。あまりに貴重な鉱石ですので、本来の研究目的からは外れてしまうかと」

「海樹結晶みたいに安定供給できる素材じゃないとぉ、一般人には手が出ないじゃなぁい?」


 できるだけ安価なもので良質な魔法石を作りたい。妖精鉱石を使えば、それが崩れてしまうということで採用は見送られてしまった。


 そのことを伝えると、お茶請けに用意した干し芋をつまみながら、ジークフリートは語を続ける。


「それなら保管しておくのが良かろう。ダークエルフの国との街道も繋がるというではないか。交易品にすればいい」

「取引に応じてくれますかねえ」

「応じるさ。帝国と連合王国の戦争が講和に入るからな。年が明ければ、交易も再び盛んになるだろう」


 ジークフリートは干し芋を口元まで運びつつ、盤上の駒を動かした。何気ないその呟きに、オレは思わず龍人族の王様の顔を見やった。


「む。タスク、この干し芋とやらはなかなかいけるな。噛めば噛むほどに味わい深い」

「それはいいんですが。……え? 講和って何の話ですか? 戦争は泥沼化しているって」

「ああ、そうか。アルフレッドにそう聞いたのか。まだ公になっていない情報だからな」


 このことはくれぐれも漏らすことのないようにと念を押され、ジークフリートは囁いた。


「ハイエルフの国へ帝国から密使が来たそうだ。連合王国との講和を取り持って欲しいと」

「なんでまた……」

「連合王国が獣人族の国へ、共に帝国を攻めようと持ちかけたらしい。二カ国相手では持ちこたえられないだろう。連中、相当慌てたと見えるな」


 実際の所、この一週間、帝国・連合王国両軍の本隊は睨み合ったまま膠着状態で、争いが起きているのは国境沿いの地域、しかも小競り合い程度ということだ。


「これ以上続けたところで損はあっても得はない。潮時というやつだな」

「結局、痛み分けに終わるわけですか」

「そんなところだ。地図の上で国境の形は多少変わるが……。捕虜への身代金、戦争賠償金、その他の補填などなど。莫大な経済的損失と比べたら些細なことだな」


 つまらなそうに吐き捨てて、ジークフリートはお茶をすすった。


「国家を正常な状態へ戻すには、嫌いな相手にも頭を下げる必要が出てくるものだ。帝国も連合王国も、それまで敵視していた相手と否が応でも握手せねばならん」

「その相手がダークエルフの国なんですね」

「その通り。国庫はおろか資源すら枯渇しているだろう。帝国、連合王国ともに当面の間は良き隣人として振る舞わねばな」


 ジークフリートはそう言い終えると、手に持った干し芋を再び口元へ運ぶ。


「そういったわけで、だ。ダークエルフの国から交易品を増やしてくれと、今後、要望がくるはずだ。作物などは増産しておいたほうがいい」

「増産はいいですが……。人手も限られてますし、一度にそんな対応はできませんよ?」

「そなたの能力は何のためなのだ? スパゲティコーンのように、パッと作れて収穫量もそこそこあるような作物を生み出せば良いではないか」

「ムチャクチャ言いますね……」


 スパゲティコーンもサツマイモも偶然出来たって事を、いい加減、理解してもらえないだろうか。狙って作れるなら、とっくの昔に米を構築ビルドしてるって話なのだ。


「そうさな。例えばだが……」


 ジークフリートはこちらの様子を気にも留めず、顎に手を当て、しばらく考え込んでから口を開いた。


「せっかく妖精たちと暮らし始めたのだ。綺麗な花が見られるような作物はどうだろう?」

「要求のレベルが高すぎますが……。とりあえず話は聞きますよ」

「昔、ハヤトに聞いたことがある。日本にはサクラという、それはそれは可憐な花を付ける樹木があるそうだな」

「ああ、桜のことですね。あることはありますけど、春の花ですし、第一食べられませんよ?」

「……む? サクランボという果実は桜の木から成るのではないのか?」


 えー……っと、色々ごっちゃになっちゃってるんだろうな、うん。名前は似てるからね、しょうがないっちゃしょうがないけどさ。


 とりあえず、それぞれ違う物ですよと説明して、なんとか納得してもらえたまでは良かったんだけど。


 結局の所、ただ単に「どうしても桜の花が見たい!」という願望を押しつけられてしまい、いやいやダークエルフの国云々っていうのはどうなったんですかという結論に。


 はあ、義理の父親じゃなければキレているところだよ、まったく……。とはいえ、新しい農作物は用意しないといけないのは確かだし、実を言えば、オレ自身、春には桜で花見をしたい。


 やれやれ。どうなるかわからないけど、ココたちやリア、クラーラと相談しながら、種子の構築を進めていくかな。上手いこといってくれれば良いけど。


 気長に待つから心配するなと、ひときわ大きい笑い声のジークフリートにため息交じりで応じながら、オレは盤上へと視線を落とした。


 駒を置くパチリという音が、窓から鉛色をした冬の空へ響いていく。


 間もなく年の瀬が訪れるのだ。

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