第23話 黒く蠢くもの

 高宕山自然動物園のゲートは閉じていたが、魔女っ娘三人は飛翔の魔法を使ってふわりと浮き上がる。そのままゲートを越えて園内へと入り着地した。


「うっ。臭いますね」

「肉が腐ったような……」

「腐臭ですわ。周囲は白骨だらけ」


 ヴァイスとブランシュの言葉に、眼球を暗視モードに切り替えているグレイスが応える。現状、彼女だけが周囲の状況をはっきりと見ている。


「事務所へ」

「はい」


 売店の脇にあるドアの前に立ったヴァイスが声をかけ、ブランシュが開錠の魔法を使う。ノブがぼんやりと光った後、カチャリと音を立ててドアが開いた。


 ヴァイスはスーツの内ポケットから万年筆を取り出すと、それは魔法のステッキへと変化した。ステッキの先に取り付けられた青い宝石がわずかな光を発し、周辺の様子がぼんやりと浮かび上がってくる。


 室内には数名分の白骨死体があった。デスクにうつ伏せ、また、床に転がっていた。


「死後、大分経過しているようだけど、あの魔石の影響なら数分で白骨化するわ」


 ヴァイスの一言に、ブランシュとグレイスが頷く。


「それならば、これは昼間起こった惨事でしょうか?」

「昼というよりは夕方、暗くなってからではないかと思います。まだ警察が動いていないので」


 ヴァイスの言葉にブランシュとグレイスが頷く。

 そう、白骨化しているとはいえ真新しい遺体。それは、死後数時間も経ていない事を示していた。


 カサカサ……。


 乾いた摩擦音が微かに響いた。

 ヴァイスが杖を向けると、床一面に蔓延っていた黒い小さな物体が光の当たらない影の方へと逃げていく。


「何これ? ゴキちゃん??」


 グレイスの赤い髪が逆立つ。彼女はゴキブリなどの昆虫類が大嫌いなのだ。眉をしかめたグレイスの両手から炎が噴き出した。


 ゴキブリのような黒い小動物は奥側のドアの隙間からその向こう側へと消えていく。ヴァイスは手に携えている杖を振った。


 杖の先端、青い宝石から眩い光芒が迸り、それは冷気となって部屋に満ちる。

 逃げ遅れた黒い小動物は氷付き、その動きを止めた。

 ヴァイスはしゃがみ込んで、その黒い小動物に杖の先を向けて観察する。


「これは……ゴキブリに似てるけど違うわね。足が8本あるわ。背中に羽根もない」

「未知の生物って事かしら?」

「恐らく……そうだわ……」


 ブランシュの質問にヴァイスが答える。


「奥の部屋へと向かいます。恐らくこのゴキブリもどきがいるはずですから、私がまず冷気で周囲を凍結させます」 


 ヴァイスが杖を振る。

 そして、青白い光が放たれ冷気となる。

 奥のドアを開いて再び杖を振るヴァイス。青白い光に照らされる蠢く黒い者たちは、瞬時に凍り付く。

 天井や壁から黒いゴキブリもどきがバラバラと音を立てて落ちていく。

 倉庫のようなその部屋は、その黒いモノで埋め尽くされていた。


 ヴァイスの杖から放たれる光はその部屋を隅から隅まで照らし出す。


 そこには何体かの白骨死体が横たわっており、また、ニホンザルと思われる小さい白骨死体もいくつか転がっていた。


「あのゴキブリもどきは、死体処理のために放たれていたのね。急速に腐敗する肉を食べてた……」


 ヴァイスの言葉にブランシュとグレイスが頷く。


「だから綺麗な白骨になっていたのね」

「人も、おサルさんも」


 倉庫内には小型のトラクターや草刈り機などの農機具が並べてあった。その他には白骨化した遺体と凍り付いたゴキブリもどきだけだった。


 ブランシュは携帯端末で現場の写真を撮り、本部あてに送信している。


「ここには何もないようね。現場検証は明朝していただきましょう」

「はい。ヴァイス姉さま。ところでこれからどうされますか?」


 グレイスの問いにヴァイスが頷きながら答えた。


「この建物で魔石を扱っていたと思っていたのだけど、流石にそう単純ではないわね。付近の家屋や山中も捜索しなくてはいけない。本来なら明朝明るくなってから動くべきなのでしょうけど……」


 ヴァイスが黙り込む。


「でも、これ以上被害を出さない事も重要ですわ」

「早く魔石を回収する事も重要です」


 ブランシュとグレイスが力強く返事をした。

 ヴァイスは二人の言葉に頷く。


「そうね。今は進むときだわ」


 ヴァイスの一言にブランシュとグレイスが頷く。

 

 倉庫入り口にあるシャッターへ向けて、ヴァイスが魔法のステッキを振る。青白い光がシャッターを包み、そしてシャッターはゆっくりと開き始めた。凍ったゴキブリもどきを蹴飛ばしながら3人は外へ出る。


 その先にはニホンザルを飼育している広々とした展示場があるはずだったのだが、何もなかった。


 大胆な魔法を使用したのだろうか。

 事務所の裏手に人工物は何も無く、自然そのままの景色が広がっていた。


 雲の影から月が顔を出す。

 わずかな月明かりに照らされる山間の土地は真っ黒な絨毯に覆われていた。


「これは!?」

「ゴキブリよ!」


 ブランシュとグレイスが声を上げると同時に、その黒い絨毯がうねり始め、三人の魔女っ娘を目掛けて押し寄せてきた。




 

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