第17話 総統の示した物

 遠ざかる朱色のティルトローター機。リラ工房の周囲の木々はいたるところで燃え盛っていた。その様子を眺めながら、リラ・シュヴァルベがララに語り掛ける。


「ララ室長。アレは何だったのでしょうか?」

「恐らく、アリ・ハリラー党が保有する未確認機の中の一つだ」

「未確認機?」

「そう。アリ・ハリラー党は結構厄介な組織なのだ。先ほど、三機いたエクセリオン級でさえ警察の手に余る代物だ。エクセリオン級は他にも二種確認されているし、エクセリオン級の拡大型であるガンダルフ級の機動兵器も確認済みだ。その他にはハイペリオン、ヘリオス、エリダーナ、ゼクローザス等の機体が存在するのではないかという情報があったのだがすべて未確認だった。先ほどの機体は恐らくヘリオス。航空機へと変形するタイプの人型機動ロボット兵器だ」

「隠し玉ですか。底が知れない組織ですね」

「ああ。アリ・ハリラー自身は単なる変態でおっぱい星人のスーパーカーマニアなのだが、何故かその上役のUR級S型総統がやり手なのだ」

「UR級S型?」

「これも一応未確認情報なのだが、強大な魔力を持っていて特に魅了の呪文スペルを得意としているURウルトラレアな高位魔術師で超サディストらしい」

「一応、未確認なのですね」

「一応な。ちなみにバストサイズはリラ師匠よりも4cmほど大きいという情報だ」

「あら。そんな情報まで。それでも未確認情報なのですね」

「そうだ。み、未確認情報だ」


 返答に苦慮しているララに微笑んでいるリラ・シュヴァルベ。そこへ青と白に塗装されたヘリコプターが爆音を響かせて接近してきた。


 丸い胴体と大きな垂直尾翼が特徴的なユーロコプターEC135は警視庁航空隊の保有する機体である。リラ工房前の広場に着地したヘリコプターからは魔女っ娘三人組が下りてきた。


「アリ・ハリラーはどうしたのですか?」

「逃げられた」


 ヴァイスの質問に即答するララ。ヴァイスは、いまだ燃え盛っている周囲の木々を見て何か察したようだ。


「ララ室長。とりあえず、周囲の火災を優先しましょう」

「頼む」


 ヴァイスは頷いて両手を空へ向かって広げ、精霊の歌を詠唱し始めた。


「大地の精霊にもうたてまつる。大宇宙の大いなる生命、その輝きを満たすうるわしきそのしずくをここに」


 ヴァイスの詠唱に連なって、周囲の空間に細かい氷の結晶が、幾多の眩いキラキラと輝く結晶が出現した。

 その結晶はヴァイスの頭上へと集まってくる。そして巨大な輝く氷の球体へと変化していく。


「今ここに神の御名において、生命の雫を森へと捧げます」


 ヴァイスの頭上にあった氷の球体は輝く光へと変化し、そして周囲へと拡散した。森はその光で満たされ、そしてその光は細かい水滴へと変化していく。


 燃え盛っていた炎は次第に小さくなっていき、そして焼け焦げた枝葉は元通りの姿へと復元していく。そして、何故か焼けこげたアリ・ハリラーのイタリア製スーツまで元通りに復元された。


「あらヴァイスさん。素晴らしい魔法ですわね」

「いえ。大したことはありません。神様の御威光を少しばかりお借りしただけの魔法ですから」

 

 微笑みあうリラ・シュヴァルベとヴァイスだった。

 復元されたアリ・ハリラーのスーツを手に取ってはしゃいでいるのはブランシュとグレイスだった。


「ねえねえ。このスーツ……アルマーニだって」

「流石は成金趣味のアリ・ハリラーね。で、これどうするの? ブランシュ姉さま」

「私が着ると……多分胸元が収まらないわね。貴女も一緒ねグレイス」

「そう、ララ室長は当然サイズが合わないし、ヴァイス姉さまなら着れそうですわ」

「どうしますか? ヴァイス姉さま」


 アリ・ハリラーのスーツをつまんでヴァイスを見つめるブランシュとグレイス。二人は実の姉妹だがヴァイスと血縁はない。しかし、二人ともヴァイスの事は実の姉のように慕っているのだ。


「キモイワ……」


 小声でヴァイスがつぶやいた。


「え? ヴァイス姉さま?」

「今、何とおっしゃいましたか?」


 ブランシュとグレイスが咄嗟に聞き返すものの、ヴァイスは首を振るだけだった。


「あまり好まれていないようですわね。オークションにでも出品して研究費の足しにしようかしら?」


 それに対し、リラ・シュヴァルベは売る気満々のようだ。


「お師匠様」

「ししょー」


 後方に下がっていたグスタフとフィーレがいつの間にかリラ・シュヴァルベの傍へ来ていた。


「何でしょうか? グスタフにフィーレ」

「その服を私が今作っているアーサーに着せるのはいかがでしょうか?」

「アーサーはね。フィーレが作っているゴーレムで菜園の番人にする予定なんだ。背格好も近いし鼻が高くてハンサムさんだから、その服が良く似合うと思うんだ」

「わかりました。それではそのアーサーは菜園の番人ではなく、この工房の執事になってもらいましょう。良い衣装が手に入りましたね」

「わーい」

「ありがとうございます。お師匠様」

 

 イタリア製ブランド物のスーツを手に取って小躍りしている二人は、そのまま工房の中へと駆け込んでいった。


「我々はこれで失礼する。リラ・シュヴァルベ。貴女は引き続き魔石の解析を頼む」

「わかりました。ララ室長」


 がっちりと握手をするララとリラ。

 ララは気を失っている銀色の子狐の尻を蹴飛ばしてからヘリに乗り込んだ。ピクピクと痙攣している子狐のフェイスを抱えたヴァイスとブランシュ、グレイスもヘリへと乗り込んだ。


 ヘリはエンジンを始動してからゆっくりと上昇を始める。


「ララ室長。実は、謎の書簡を預かっています」

「ミスミス総統からだろう。見せてみろ」


 そこには羊皮紙に青いインクで手書きの地図が示されていた。

 そこは恐らく千葉県の房総半島であろう。そのある地域に星印が付けられ、更に注釈がしてあった。


『魔石の集積地はここ。24時間以内に潰せ』


 羊皮紙を見つめながらヴァイスがつぶやく。


「これはどういう意味なのでしょうか? 何かの罠ではありませんか?」

「そのまんまだ。ミスミス総統が情報をリークしたんだよ」

「そんな事があるのでしょうか?」

「迷惑料といった所なのだろう。総統としてはアリ・ハリラーの行動が想定外だったのかもしれない。魔石を操る連中と付き合う事がな」

「先ほどの戦闘においても損害が軽微でした」

「そうだ。私とミスミス総統が全力で戦えば、周囲数キロ四方は火の海となっていただろうからな。これ以上は迷惑をかけないというという先方の意思表示だ」

「彼女としては本意ではなかったと」

「そういう事だ」


 しきりに頷いているヴァイスだった。


「ヴァイス姉さま。このあたりですわ」

「あのあたりにオートバイを放置したままになっています」


 ブランシュとグレイスが山間部にある一角。ダム湖に隣接する公園を指さした。


「では私たち三人はこれで失礼します。オートバイをあの公園に放置したままなので」


 そう言ってヴァイスはヘリのドアをスライドさせて開き、飛び降りた。ブランシュとグレイスもそれに続く。


 彼女たち三人は空中で魔女っ娘に変身し、魔法のほうきにまたがって高度を下げていった。

 ララはドアをスライドさせて閉める。そして床に転がっている銀狐のフェイスを足で小突く。


「あ、あれ? 僕、どうしちゃったのかな?」

「いい夢を見れたか?」

「うーん。さっきまで何だかものすごく柔らかいものに包まれていたような……でも今は固い床の上だし、振動もすごいしすこぶる不快です」

「そうか。ならば私の膝の上に来るか?」


 その一言にブルブルと震えるフェイス。


「遠慮しときます。柔らかくなさそうなので」

「黙れ、馬鹿者」


 フェイスの腹に蹴りを入れるララ。銀色の子狐は泡を吹いて再び昏倒したのだった。

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