第5話 魔術回路の解析

 五つの魔石を静かに見つめているリラ。

 彼女はおもむろに口を開く。


「これは……生命力をその内に蓄えている……そしてそれを何処かへ転送している……」

「転送しているのか?」


 ララの質問に頷くリラだった。


「ええ、そうです。人の命というものは、それはそれは大きな輝きなのです。その生命の輝きを吸い取った魔石はその量に応じた生命の光を持っているはずです。しかし、この魔石に残っている生命の光はあまりにも弱い……五つで一人分の生命には到底及ばない。そして、その生命の光が何処かへと送られていた痕跡が見える。非常にか細い、かすかなものが……細い絹糸のような痕跡がどこか遠い場所へと繋がっている……」

「そのような事が」

「私には見えます……」


 ララの言葉に頷きながらリラは瞑目する。そして静かに語り続ける。


「この魔石には高度な魔術回路が組み込まれています……詳細は不明ですが……今のところ確実なのは……そう……生命の光を一時的にため込むことができる……それを身に着けた人に還元する能力がある……その光を受けた人は病気が回復したり……若返ったりする……しかし……その蓄えた生命の光が枯渇すると今度は装着者の生命を吸い別の場所にある何かへと転送する……」


 目を見開いてララを見つめるリラ。


「概要はこれで間違いないでしょう」

「引き続き、魔石の調査を頼む。出来れば生命の光を転送している場所まで探知してくれると助かる」

「承知いたしました。ララ室長」

「よろしく頼む。ところで、この工房に護衛を配置したいのだが承認してもらえないだろうか」


 ララの申し出にリラは首を振る。


「ララ室長。せっかくの申し出でございますが、私には二名の優秀な弟子がおります。彼らが護衛役として適任なのです。それに、私の持つ防御結界の威力はご存知でしょう?」

「ああ。私はそれで死にかけた事があるからな。あのような経験は御免こうむりたい」

「双頭の大蛇と黒龍の騎士は健在ですわ」

「私にけしかけるなよ」

「うふふ。もちろんですわ」


 双頭の大蛇と黒龍の騎士。

 リラが使う魔導生命体だ。


 この魔導生命体は常にリラの周囲に存在しており、リラ本人に危機が迫ると実体化する。この二体が攻撃に対して自動で反撃する攻守に優れた自動結界を構成しているのだ。ララは過去に一度、リラと対戦した事がある。その時、この自動結界の為に重傷を負った経験がある。リラには護衛の必要がないのは紛れもない事実だった。

 しかし、ここにいる二人の弟子はまだ幼い子供なのだ。魔導士の弟子として魔力は十分。しかし実戦経験に欠ける二人を気遣って護衛を申し出たララであったが、リラはその二人が護衛として適任なのだという。


 その時、屋外で子供二人の声がした。

 ララとヴァイス、リラの三名は玄関から屋外へと出ていった。そこには森林での早朝トレーニングを終えた二人の子供がいた。二人共ララより少し背が低い。一人は金髪を腰まで伸ばしている少女。もう一人は栗色の髪をしている男児だった。


「うわー。BMWって書いてある。これ本物?」

「本物に決まってるじゃないの」

「だってさ。BMWって四輪車だけだと思ってたんだ。オートバイもあったんだね」

「もう、BMWの二輪車は有名なんだよ。このフラットツインエンジンは大戦前から存在してる由緒正しい代物。戦争映画に出てくるドイツ軍のサイドカーは全部このフラットツイン。グスタフ知ってた?」

「そんなの知ってるわけないじゃない。物知りを通り越してるメカオタクのフィーレ!」


 女児の方がフィーレ、男児はグスタフという名だ。どうやらフィーレの方がメカニックには詳しいらしい。フィーレのオタク知識について行けないグスタフは頬を膨らませている。


「はい。そこまで。ララ室長がいらしてますよ。挨拶なさい」


 リラの一言でララに気づいたリラ工房の若き弟子たちは直立不動の姿勢を取った。


「おはようございます。ララ室長!」

「おはようございます。ララ様!!」


 ララの前でガチガチに硬直している二人だった。


「おはよう。グスタフ、フィーレ。何をそんなにかしこまっているんだ」 

「何でもありません。客人に礼儀正しく接するのはこの工房の決まりです!」


 と、ガチガチに硬直したまま返事をするフィーレ。

 グスタフの方はララを直視できずに目線を逸らしている。


「べ……別に怖くなんかないんだから」


 ララが怖いらしい。


「グスタフ。そんな弱腰ではリラ工房の護衛として失格だぞ」


 ララはグスタフの尻を叩いてヘルメットを被る。

 ヴァイスはサイドトランクを車体に取り付けてからBMWアドベンチャーに跨った。ララはリアシートに飛び乗る。


「じゃあな。くれぐれも注意しろよ」

「承知しております」


 恭しく礼をするリラ。彼女に倣ってフィーレとグスタフも礼をする。


 ヴァイスはミッションを蹴飛ばしてローに叩き込み、BMWアドベンチャーを発進させた。


「ゆっくり走れ!」

「時間が押してます。あの娘たちが心配です!」


 ララの懇願は無視され、未舗装の林道をBMWアドベンチャーは突っ走る。


 あの娘たち……すなわち魔女っ娘探偵の他のメンバーの事だ。

 彼女達は今、魔石の売人とその元締めを追っていたのである。

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