第26話

 仕込みと食材整理を終えたら休憩時間。休憩室で一人静かに賄いを食べ、それから再び洗い場を片付けてキッチンの掃除。見習いレベルの俺の仕事は雑用が多い。


 その間はほとんど光莉先輩の顔を見ることなく、気付けば外が明るくなった頃に終業になった。


 タイムカードを押して着替え、そそくさと帰ろうとする光莉先輩を追いかけて外へ出ると、


「お、雨が止んでる」


 雲間から朝陽に照らされて、街路樹の雨粒が光っていた。


「きれい、だねぇ」


「そうっすね」


 扉の外では光莉先輩が立ち止まり、深緑の葉を雨粒がチカチカと彩るのを見上げていた。


「和馬くん。あの、さっきはゴメンね。その……あんなの迷惑だよね」


「さっき?」


 ああ、コップを落として割ってしまったことかな? ホールのチーフに叱られてたからなぁ。


「気にしない方がいいですよ。俺もよく失敗しますから」


「やっぱり失敗……なの?」


「え?」


 俺、何かマズった? もしかして変なこと言ったか?


「すいません、間違えました。光莉先輩は失敗なんてしてません。あれは俺が驚ろかせちゃったんですよね」


「あ、コップのこと?」


「そうっす。あんなところから顔を出したら、そりゃビックリしますよね」


「う、うん。でもそうじゃなくて……」


 光莉先輩はクルリと踵を返し、俺の方を振り向いた。朝陽に照らされているせいか、頬がほんのりと染まっているように見える。


 日差しが少し熱いな。もうすぐ夏だもんな。


 火照った顔で濡れた路面を踏みしめる光莉先輩は、両手を前でモジモジさせて、何か言いたそうにしている。


 と――


「冷たっ!」


 俺の頭に水滴が降ってきた。店の駐車場にある大きな樹。昨夜までの雨でたくさんの雨粒が実のように生っていて、ポタリともう一粒が俺の肩に垂れた。


 チカチカと、キラキラと光る雨粒を見上げ、


「きれい。まるで蛍みたいだね」


 光莉先輩は朝陽に照らされたイルミネーションを、蛍の光のようだと言った。


 こうしてロマンチックな光景を見上げていると、二人は特別な関係のように錯覚したくなる。


「蛍って、夏の短い間しか生きられないだよね。たしか、二週間くらいしか輝いていられないだって」


「へえ、そうなんですか」


 ロマンチックな雰囲気で、光莉先輩の口調も落ち着いているような気がした。


「短い一生を、頑張って輝かせてるんだって。でも、それを終えたら輝きもなくなっちゃうの」


 蛍の輝きはたったの二週間。十四日間の命、か。


 十四日間?


 待てよ。『らぶ☆ほたる』はたった十四日間のストーリーだった。ゲームの中でほたると過ごした十四日目、その最後の日に俺はほたるとエンディングを迎えた。


 ほたるがゲームから出て来たのは六月二十二日、今日は六月三十日。ということは今日で九日目? ほたるはあと五日間しか生きられないのか?


 昨夜、ほたるが言っていた。


 ――心配しなくても、あたしが和馬を邪魔するのはもう少しだけだ。


 あの言葉の意味は……もしかして……


「すいません光莉先輩、大事な用を思い出したので先に帰ります」


「え……うん」


 少し、というかすごく残念そうな表情を見せた光莉先輩を置いて、俺は急いで家に向かう。


 まさかアイツ、自分が消えてしまうのを分かってて……!

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