第9話
ホームストレートに入って、前方に裏マリヲが見えてくる。やはりストレートではビビンパが速い。
二周目に突入、せめてこの周回で裏マリヲの背中を捉えておかないと厳しいぞ。
アイテムで『パワフルキノコ』入手。コイツは加速用のアイテムだ。ただでさえ最高速度の出るビビンパがストレートでこれを使えば、
「よし、見えてきたぞ」
バックストレートでキノコを使用し、ビビンパはあり得ないくらいの加速を見せる。みるみる差が縮まり、次コーナーの手前で裏マリヲの姿が。
「お、速いな。さすが和馬」
「へっ、余裕じゃねえか」
だが、また『甲羅ショットガン』を使われたら防ぐ手立てはない。裏マリヲが今ストックしているアイテムは『バナナの皮』、踏むとスピンするだけのアイテムだ。さすがにあれは喰らわないが、『甲羅』を入手されたらマズイ。
次のアイテムボックスでほたるが『甲羅』を取れなければいいんだが。
ホームストレートを抜けて最終ラップ。ここで遂にほたるの背中を捉えた。
カーブを抜けて、再びアイテムボックス。
ここで裏マリヲが入手したのは地雷として爆発させる『ボム』。よし『甲羅』は出なかった。そして俺が入手したのは『サンダー』。これはゲーム内の最強アイテムで、すべてのライバルに電撃を当ててスピンさせるチートアイテムだ。
「あれぇ和馬、いいアイテムを取ったな」
「どうやら運も俺に味方してるみたいだな。これで『ギュッ』と『チュー』をギュッチュー、いやゲッチューだぜ」
「ギュッチューとか上手くないぞ、バカだな和馬は」
クスっと笑みをこぼすほたる。お前、笑ったほうが絶対に可愛いぞ?
アイテムの『サンダー』を使うのはまだ後、ほたるを追い抜く直前に使うべきだ。今すぐ使っても、最後に抜かれたら意味がないからな。
バックストレートで裏マリヲの後ろについた。バナナの皮を喰らないよう、斜め後ろから追尾する。
ストレートを抜けて最初のコーナー、ここは浅いカーブだから外側からでも抜けるか?
と――
「あちゃ~!」
ここで先にコーナーに侵入した裏マリヲがなぜかスピン。さては操作を誤ったか?
その内側を突いてビビンパがドリフトに入った瞬間、目の前にあったのはバナナの皮……だと!?
なぜここでバナナの皮を設置してた!? ビビンパはツルリと滑ってからくるくる回る。
って――まさかほたるは、わざとスピンしたのか?
甘い隙を見せておいてトラップ有りとか、これが俗に「ハニートラップ」と呼ばれる罠でしょうか。
なんて思ってたら「ハニートラップ」は甘いだけではなかった。
スピンしながらコースアウトしたビビンパが突然、ボム! っと爆発する。なんで、どうして、ホワイ?
「へっへ~、今のがバナナの皮爆弾だ」
ストックしてたバナナの皮に爆発アイテムのボムを合成したのか? 滑ってスピンしてから爆発する二重トラップとか、もう滅茶苦茶だ!
先に態勢を整えた裏マリヲが走り出す。
コースアウトしたビビンパが追いかける。
せっかくの最強アイテム『サンダー』は、今のクラッシュで失ってしまった。
「しかしまだ裏マリヲとの差は一秒ちょいだ。なんとか喰らいつけば最後のストレートで追い抜ける!」
ゴールに続くホームストレートの手前に、大きなS字カーブがある。そこでギリギリを攻めれば……
裏マリヲがコーナー手前で大きく膨らんだ。操作ミスか? いや、また何かトラップを仕掛けているのかも。
「いや、ほたるにはもうアイテムがない。ここでインを突けば抜ける!」
「と思うでしょ?」
ほたるの身体が眩しく光る。まるで体内にLED照明を内蔵しているみたいだ。これは、また何かチート技が発動するのか?
しかし裏マリヲはコーナー手前でスピンすると、そのままコースアウトしてしまった。
「これは……トラップじゃない、ほたるのミスだな!」
砂埃を巻き上げてコース外に逸れていく裏マリヲを横目に、ビビンパが華麗なドリフトで疾走する。裏マリヲはコース外のタイヤバリアに激突して――
「と、飛んだ!?」
いや違う。タイヤバリアを押し退けてS字カーブの出口に着地してる!
ビビンパがホームストレートに入った時には、裏マリヲはもうチェッカーフラッグを振られてゴールしていた。
S字カーブをショートカットしたのか!?
「えへへ、あそこだけタイヤバリアを吹っ飛ばして通れるんだよ。知らなかった?」
「スピンする勢いでタイヤを吹っ飛ばしたのか!? 狙った箇所にピンポイントで突っ込んでいくなんて、どんな精密機械だよ!」
タイヤだらけで何の目印もない部分にスピンしながら突入するなんて芸当、俺には絶対無理だぞ。
『裏マリヲ WIN』
「勝った、勝った」
例によって身体の発光がなくなっているほたるは、八帖ちょっとの部屋の中で誰もいない観衆に手を振っていた。
遅れてゴールした俺のとの差は約五秒。もうちょっとで追いつけそうだったのに。
「ぐぬぬ……大会以外の通信対戦で無敗を誇る俺が負けるなんて。エロゲ展開どころかギュッチューすら勝ち取れないとは、エロゲーマーとして情けねえ」
「にっしっし、カートもまともに乗りこなせない分際であたしの上に乗ろうなんて、百万年早いのだ」
おいおい、言ってることがずいぶん卑猥だぞ。清楚で可憐な望月ほたるはどこいった。
「だいたい和馬、リアルで女の子に乗ったことあるのか?」
「それはリアルでエロゲエンディングに辿り着いたことがあるかってことか?」
俺は躊躇うことなく、こう答えた。
「ない」
「ぶはー! 童貞君おつ!」
大喜びするほたるであった。さらに、
「じゃあチューくらいあるだろ? 社会人なんだから」
たしかに俺は社会人、なのか? フリーターみたいなモンだけどな。
しかしどっちにしても俺は躊躇うことなく、こう答える。
「ない」
「ぶはー! チュリー君おつ!」
「チューとチェリーが合体してる!?」
ほたるは腹を抱えて大笑いしている。そしてさらに、
「じゃあじゃあ、女の子と付き合ったことも……?」
まあ、当然そういう質問になるわな。
俺の通っていた高校は共学、学園モノのゲームならエロゲじゃなくても恋愛沙汰の一つくらいはありそうな青春を過ごしてきたわけだが、俺は半分ヤケになってこう答えた。
「ねーよ!」
「ぶはぶはー! 本当にカスみたいな青春だな! これからは和馬じゃなくて『カス馬』と呼んでやる」
ほたるは足をバタつかせて空前絶後の大爆笑である。てか「カス馬」はひどいだろ。和馬の「゛」が抜けてるから「傷物なしのまっさらな俺」、つまり「チェリーでチュリー」って言いたいのか?
さすがに俺は恥ずかしいを通り越した屈辱というか凌辱を跳ね返すべく、目尻をダダ下がりさせて笑い転げるほたるに手をの伸ばして史上最大の大爆笑を止めに入るが、
「触るな、チュリーが
と嬉しそうに俺の手を振り払ってくる。伝染るか! てか伝染ってしまえ!
ひとしきり笑い転んだほたるだったが、チュリー病の病原菌のような俺の攻撃が止んだのを見て、
「あれ、和馬怒ったのか?」
「べつに怒ってねーし」
「そんな暗い顔をするなよ」
不貞腐れた俺に、急に口調が穏やかに変わる。それから人差し指を俺に向けて、鼻先をちょんとつついてきた。
「あたしが和馬に光を当ててやるからさ」
光を当てるって……そりゃどういう意味だよ。
「ただし――」
ほたるは人差し指を立てると、まるでゲームのヒロインのような目映い笑顔を咲かせてこう言うのだった。
「ゲームであたしに勝ったらな」
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