第3話

 らぶ☆ほたる ~二人の同棲日記~


 メインヒロインは望月ほたる。長い金髪をなびかせる清楚系の美少女だ。


 このゲームはいわゆる「ビジュアルノベル」と呼ばれるやつで、画面に表示される文章にキャラや背景、音や選択肢、画面効果などを加えたもの。有名なタイトルで言うと「かまいたちの夜」みたいな感じ(これはエロゲじゃないけど)だな。


 つまり会話をしながら選択肢を選んでルートを分岐し、ヒロインを攻略してエロゲ展開を迎える(これがメイン)やつだ。


「和馬くん。夏祭り、誘ってくれないの?」


≪選択肢≫

 ①もちろん一緒に行こう!

 ②君から誘ってくるのを待ってたんだよ

 ③その日は塾に行かなきゃ


 こうやって要所要所に選択肢が出るから、相手の性格や特性に合わせて……


「もちろん、一緒に行こう!」


「嬉しい! 私、浴衣を着ていくね」


 親密度を上げていくわけ。


 てか、ヒロインの望月ほたるがすごくカワイイな。作画も素晴らしいうえに、声もイメージにぴったりだ。清楚で美少女、素直で明るい性格がよく伝わってくる。


 ※これはゲームです。




「たくさん屋台があるね。何かやってみる?」


≪選択肢≫

 ①射的

 ②金魚すくい

 ③輪投げ


 これは……女の子に射的は難しいだろう。ということは金魚すくいか輪投げだが、金魚すくいで水が跳ねて「きゃっ!」っていうのが似合いそうだな。


「金魚すくいなんかどうかな」


「よーし、私がんばるよ!」


 ほたるは浴衣の袖をたくし上げると金魚を掬うモナカを構え、一気に持ち上げたが、


「きゃっ!」


 金魚がしっぽをバタつかせ、モナカと一緒に水槽に落としてしまった。ほたるの顔に勢いよく水が跳ねる。驚いたほたるは片目を瞑り「失敗しちゃった」と、はにかんだ。


 清楚な中にも子供っぽさが残る、無邪気な笑み。まるで可憐なアサガオがパッと咲いたような笑顔。


 夏の夜空から天使が舞い降りたような、そんな雰囲気を感じさせる。


 しかしほたるは水槽の金魚を眺めると、天使のような笑顔をほんの少しだけ曇らせ、


「でも……金魚が可哀想だね」


 と呟いた。


 ――ほたる、なんて優しい子なんだ。


 それから二人でたこ焼きを分け合い、打ち上げ花火を眺めてから夏祭りを後にした。


 太鼓や笛が奏でる祭囃子が遠くなっていく。


 ほたるは俺の左側を半歩さがって歩いていた。たぶん、このまま家まで送る流れだろう。黙って夜道を行く、俺とほたる。


 それは気まずい沈黙ではなく、心地よい静寂だった。


 ※これはゲームです。




「ねえ、和馬くん」


 ほたるは不意に、俺のシャツを掴んできた。


「もう少し……一緒にいられるかな」


 会話の選択肢は出てこない。ほたるの好感度はかなり高いはず。ということは、この雰囲気……


 振り返ってみると、頬を赤らめているほたるがそこにいた。潤んだ瞳をちょっとだけ横に逸らして、口をキュッと結んでいる。


 か、可愛い。


 これまで俺がプレイしてきたどんなゲームのキャラよりも――いや、比べる次元が違う。ほたるは俺が生きてきた中で最高のヒロインだ。


 ビジュアル、スタイル、性格、声――どれをとってもどこにもいない、俺が求めていた本物のヒロインだ。


 ほたるは苺のように愛らしい唇を動かして、こう続けた。


「和馬くんともう少し、一緒にいたい」


「じゃあ、俺の家に寄っていこうか」


 ……最終局面だな。


 ここまで何ひとつ「エロゲ展開」が無かったけど、ここから『らぶ☆ほたる ~二人の同棲日記~』が始まるんだ。


 そんな雰囲気のまま、俺はほたるを自宅へと連れて行った。


 部屋の中で見つめ合う、俺とほたる。


「な、なあ……ほたる。俺はキミのことが…………」


 緊張の瞬間。ここまでのルートは完璧だったはず。もう選択肢は必要ない、行け! 言葉を紡ぐんだ、俺!


 ※だからこれはゲームです!




「俺はほたるが、好きなんだ」


 よし! よく言った!


「嬉しい……」


 ほたるは目に涙を浮かべている。それは悲しい顔じゃない。幸せそうな笑顔だ。


 俺がほたるの手を握ると、細くてしなやかな手が優しく握り返してきた。


「和馬くん、私とずっと一緒にいてくれる?」


 透き通った碧い瞳が、俺をまっすぐに見つめる。二人の距離は、お互いの息遣いが聞こえそうなほどに近い。


「私と……ずっと一緒にいてくれるの?」


 もう一度、ほたるが問いかけた。



≪選択肢≫

 ①はい

 ②いいえ


 ……ん?


 こんなところで選択肢?


 しかも答え方がずいぶんと雑だけど、ここは当然「はい」を選択だ。


 そして遂に、遂に…………………………………………ここからエロゲ展開、はっじまるよ~!


 俺は姿勢を正すと、コントローラー慎重に操作し「はい」を押した――


 次の瞬間。


 パッとテレビのモニターが激しい光を放ち、目の前が真っ白になった。強烈な光が視界を遮り、何も見えない。


 それは、ほんの一瞬の出来事だった。


 強く瞑った目をゆっくりと開いていくと、『らぶ☆ほたる』のヒロイン望月ほたるがそこにいた。


 テレビモニターの中じゃないぞ? 俺の目の前に立っているんだ。


 黒いニーソックスを穿いた足が、スラっと伸びる。短いスカートの腰に両手を当てて、ほどよく実った胸を張り、長い金髪を垂らしている。


 望月ほたるが、ここにいる!


「ええっ!?」


 これが驚かずにいられるか? さっきまでゲームの中にいた女の子が突然、現実に出てきちゃったんだぞ。


 眩しい、あまりに眩しい。


 清楚な美少女、素直で明るい俺のヒロインは眩し過ぎるほど可愛い。この世のものとは思えない美しさと可憐さ、完璧なスタイルで見下ろすほたるに、俺は思わずひれ伏した。


 すると、ゲームの中で「ずっと一緒にいよう」と約束したほたるは、苺のように愛らしい唇を開いてこう言った。


「なんだ、このカスは」

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