第五話 残された者たち
「勇者様ぁぁぁぁぁぁあ!」
「なんだようるさいなぁ」
魔王を倒した勇者は、帝国に凱旋し、帝国の王女、ナディアと結婚した。
それからというもの、勇者はナディアと後宮に入り浸り、国庫の金を使い放題していた。
それが続くこと15年。
王女以外の女性も囲い、挙げ句の果てには街から綺麗な女を連れ去ってくる始末。
だが現在の帝国にそれを制止するだけの力はなく、皇帝もそれを許していた。
未だに勇者がこの国の最高戦力なのであった。
「魔獣の群れが防衛線を破って侵攻してきました!」
「魔獣ぅ? そんな雑魚の大群なんて、俺に敵うかよ。それよか俺は今からウィーネと遊ぶんだから邪魔すんな」
「で、ですがっ!」
「うるさいよ、死ね」
ブシュッ!
防衛線からの使者の首を勇者は斬り落とした。周りのものたちが目を背ける。
「あーあ、床ぎ汚れちゃったよぉ……。
誰か片付けといてねー」
そういうと勇者は後宮に入って行った。
「………なあ、魔王が倒されて平和になったんじゃなかったのか? 俺たち」
「さあな。ただまあ、これよりかはずっとマシだったことは間違いないな」
これが今の帝国の現状だった。
–––––––––––––––––––
「おいおいおい! 弱すぎんぜ!?」
魔獣の長、グロティウスは帝国軍の弱さに逆に度肝を抜かれていた。
グロティウスはかつて帝国に攻め入るとき、魔王軍の屈強な戦士たちと、有能な参謀たちの百計によって阻止され続けていた。
それを想定して第二の手、第三の手まで用意してきたにも関わらず、帝国軍は第一陣のヤザークの群れだけで瓦解してしまったのだ。
「ったく、拍子抜けもいいとこだ」
グロティウスは求めていた。
魔王が死んで以来、現れない強敵を。
数々の敵を蹂躙してきたグロティウスは、あの日初めて知ったのだ。
初めて帝国に侵攻しようとした日に。
己の全力を費やしても敵わない相手に。
それを超克しようとする試みの楽しさや、敵を蹂躙することとは比べものにならない。
グロティウスは求めている。
未だ現れない強敵を。
そのために滅し続けるのだ。
「なあ、どこにも見えない強者よ。お前はどこにいる? 全てを滅ぼせば………滅ぼし尽くせば、現れてくれるのか?」
彼は飢えていた。
––––––––––––––––––––––
「勇者様ぁぁぁぁぁぁぁあ!」
「なんだようるさいなぁ」
次の日、今度は王国からの侵攻を告げる使者がやってきた。
「王国ぅ? そんなの俺が魔王を討伐してる間、俺らを怖がって一切攻めてこなかった臆病者の雑魚だろ? そんなことで俺の手を煩わせるなよ。俺は今からエーファとしっぽり遊ぶんだよ。分かったら帰れ」
「し、しかし!」
ザクッ!
使者の首が斬って落とされる。
周りの人間はこの展開をもはや見慣れた光景のように見ていた。
「じゃ、後片付けよろしくー」
そしてまた勇者は後宮に入って行った。
「なあ、王国ってさ、一騎当千と謳われた」
「ああ、周りの国を次々と侵略してるっていう最強の国家だ」
「ここも滅ぼされるのかなぁ………?」
「どうなるにせよ、多分今よりマシだろ」
彼らの心はとうの昔に、勇者から離れていた。
–––––––––––––––––––––
「え、エンメル様自ら討って出ずとも……」
「いや、魔王を倒したというやつをこの目で見てみたくてな。それに……」
エンメルは周囲を見渡した。
あるのは大量の帝国軍の屍。そこにはひとつも王国軍の死体はなかった。
「まさかこんなに帝国軍が弱いとは思っていなくてな」
「それはそうですが………」
側近も同意せざるを得ない。
軍の兵士より大して鍛えていない自分ですら、敵を圧倒することができたのだ。
軍の質の違いを直に感じてしまった。
「ふむ、これはもう………遊び道具だな」
エンメルは帝国で徹底的に遊ぶことを決めた。
エンメルにとっては戦争は享楽だった。
初めて戦争の指揮をとったのは12歳の頃である。
彼はそのとき、3万の軍勢を罠にはめて、2千の『手柄を立たさせてやろう』と言わんばかりの、お飾りの軍勢だけで敵を葬ってしまった。
「この子は天才だ!」
誰もがそうもてはやした。
彼は治国に関しても天才だった。
彼の政策は全て成功し、天を見れば天災を予知し、農産物を食べれば飢饉を予測する。
彼は恐れられ、尊敬される存在となった。
そして彼は父親から位を譲られ、王になった。
全てを手に入れたかに見えた王は、手にしたいものを手にしていなかった。
それは対等に渡り合える天才。
自分を畏れぬ存在。
だが、それはいつまで経っても現れなかった。
だから彼は自分を落とすことで対等を求めることを始めた。
「よし! こたびの戦争だが、歩兵は使わぬ。騎兵だけで勝って見せよう!」
「ふむ、では三千以上の兵力は使わぬ。兵力の補充をすることのないように。兵站もこちらでなんとかしよう」
「ではこたびは伝令の使用を禁ずる。伝えたいことがあるときは直に俺が赴こう。戦況を伝える必要はない。指示もあらかじめパターンを分けて出しておこう」
「こたびは、罠だけで全滅させてやろう。戦闘は一切せぬ。もし、敵と剣を交えるものがあればそのものの首を刎ね、俺は降伏しよう」
「こたびは……」
だが、いつまで経っても対等は現れなかった。彼は天才すぎたのだ。
「こたびは……」
分かっていて、それでも求めた。だが得られはしなかった。
「こたびは……」
だが、ある日のことだ。
「エンメル様ぁ! 全軍壊滅致しました!」
それは訪れた。
「なんだとっ!? 俺の手が読まれていたというのか!?」
エンメルは高揚していた。
願ったものがそこに現れたのだ。
「貴様、名をなんという!」
「俺か? 俺の名は魔王アグニ。帝国に攻め入るのであればまず俺を倒すといい」
それからの日々はエンメルにとってひりつくような日々の連続だった。
どれほど策謀を凝らそうとも、必ず看破され、はじき返される。
「ああ……」
こんな日々が、いつまでも続けばいい。
だが、永遠はありえない。
魔王は勇者というどこの馬とも知れない雑魚に殺されたという。
「なあ、魔王よ。俺の『対等』はいつ現れるんだろうかな………」
彼もまた飢えているのだった。
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