第12話 計算苦手な財務大臣(今すぐ辞めて)
私が女王に即位してから半月が経過した。
冬小麦の収穫を来月に控え、農民達はその準備に追われている。
私もカリフェース留学中に、体験授業で小麦収穫を手伝った事がある。普段使わない筋肉を酷使し筋肉痛に苦しんだが、作業が終わった後に飲む葡萄酒は今までの人生で一番と言っていい程の美味しさだった。
収穫体験に参加した他の王族貴族達も私と似たような状況だったが、ただ一人見事な手さばきで小麦の束を鎌で刈り取って行く女性がいた。
彼女の名はリリーカ。私と同い年だった。リリーカに刈り取るコツを教えて貰ったのをキッカケに、私は彼女と親しく話すようになった。
彼女は小さい村出身で、子供の頃から農作業は慣れていたらしい。そして現在はなんと
魔族の王の妻。つまり王妃だ。
何故人間で村娘のリリーカが魔族の国王と結ばれたのか。私は興味津々で彼女にその顛末を聞いた。
その内容も聴き応えがあったが、一番驚いたのはリリーカの留学理由だった。彼女は人間と魔族が手を取り合う事を実現させる為に
、カリフェースに留学して来た。
カリフェースの王、ウェンデル様は侵略戦争を禁じる国際条約を提唱し各国に勧めている。
リリーカはウェンデル様に共感し、その考えを学ぶ為にカリフェースに留学したのだ。
残念だったのはリリーカが半年の短期留学だった事だ。
リリーカに言わせると「留学は半年が限度
。夫にそう言われているの」らしい。リリーカの魔族の夫はどうやら寂しがりやらしい。
「女性陛下。今年度の税収の資料は読まれましたか?」
乾いた声が私を現実に引き戻す。目の前には黒い官服を着たメフィスが立っていた。そう。私は数字だらけの資料から逃避する為に、楽しかった留学生活を思い出していたのだ。
「膨大な収入項目。同じく膨大な支出項目。
赤字補填の為の商人からの借金。一体我が国の財政は今どんな状況なの?」
私は不作法にも頭を描きながら宰相に正解を求めた。この数字の洪水に私は溺れそうになり、とても理解出来なかった。
「専門家に問うのがよろしいでしょう。財務大臣を呼んでおきました」
メフィスが侍従に指示し、私の執務室のドアが開かれた。中に入って来たのは、黒髪のボサボサ頭の小柄な中年だった。
「女性陛下。財務大臣、タインシュです」
メフィスに紹介されたタインシュは、分厚い眼鏡を私に向け、緩慢な動きで敬礼する。
「どおも。女性陛下。自分はタインシュと申します。あ。研究室。いや自分の執務室に戻ってもよろしいですか?」
タインシュと名乗った男は間の抜けた口調で聞き流せない言葉を吐いた。いやいやいや
。
ちょいとお待ちよ分厚い眼鏡のおじさん。今貴方呼ばれて来たんでしょ?何の為?私に財政について説明する為でしょう?仕事しようよおじさん。
「タインシュ財務大臣。タルニト国の財政状況を教えてくれるかしら?出来たら分かりやすく」
私は机に肘をつき、両手を顎の下に乗せながら眠そうな財務大臣に問いかける。すると
、タインシュはボサボサ頭を掻きながら「はぁ」と覇気の無い返答をする。
どうでもいいけど、頭掻いた時なんか飛んだんですけど?まさかフケ?ちゃんと入浴してるのこの人?
「女性陛下。この国は慢性的な赤字に陥っております。ご存知の通り、サラント、センブルクからカツアゲされているからですなあ」
カ、カツアゲって。ま、まあ分かり易くて
いいけど。
「連中から毎年買わされる大量の農産物や武器。その為に自国の農家や武器産業を保護する為に支出される保証費。それら費用を捻出する為に毎年借金をせざるを得ない状況ですな」
タインシュの説明は、以前メフィスがした物と大体同じだった。平和を保つ為の赤字かあ。
でも待てよ?借金って借りた商人に利息を払うのよね?今うちの国はどれ位借金しているのかしら?
「はあ。既に国家予算の二割を借金の返済利息に費やしております。このまま借金を続けますと、この資料によりますと、ええと。うーむ」
タインシュが資料と睨めっこしながら唸っている。そ、そんなに借金は深刻な額なのかしら?
「すいませんなあ。私は計算がどうも苦手で
」
······はい?今なんて仰ったの財務大臣さん
?何が苦手ですって?それって、一番貴方に求められている能力じゃなくて?
私は物凄い勢いでメフィスに視線を移す。そして「おい説明しろこの野郎」的な目つきで奴を睨む。
「王立図書館で読書をしている際、何やらブツブツとひとり事を呟いている中年がいましてな。聞けば四六時中図書館に入り浸っているとか。私の静かな読書の為にこの男を財務大臣に任命致しました。タインシュは仕事に忙殺され、お陰で私は静かに読書出来る様になりましてな。結構な事です」
······おい独裁者宰相。お前言い訳もしなくなったな?今迄の任命理由は多少の正当性を主張していたけど、とうとう自分の思った事をそのまま言う様になったな?
「申し上げます。女性陛下。このまま行きますと、五年後にこの国の財政は破綻します」
タインシュは資料から目を離し、暫く考え込んでから驚く発言をした。ご、五年後に破綻する!?
で、でも何でそんな事が分かるの?だって
、貴方計算出来ないんでしょう?タインシュは自分の役目を終えたとばかりに自分の執務室に戻って行った。
机の上に残された資料を私は改めて見る。
そこには、五年後のこの国の未来が一言も記されてはいなかった。
「複雑な計算式の過程を思考する前に、先に答えが頭に浮かぶ者が稀にいるそうです」
メフィスの言葉に私の頭は余計に混乱する。そ、それがタインシュって事?
「人はそれを天才と呼びます」
人事権乱用宰相は乾いた声で呟いた。この性病持ち男はこの国を滅ぼそうとしているのか。救おうとしているのか。
私はこの時、どう考えてもそれは前者だとしか思えなかった。
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