第11話
「”展開、片手剣”」
武器の訓練を受けているわけではないが、それでも動きをイメージしやすい鉄製の片手剣を右手に持つ。
ゴブリンよりは硬そうな皮膚をしているため、ゴブリン戦で使った剣を空から落とす戦法は恐らく通用しないと彼は判断した。
「さて、どうしたものか」
「ガアアアアア!」
ユウマの呟きと共に、怒りに血が上ったクリムゾンベアは動きだし、彼との距離を詰めて腕を振り下ろす。
「おっと!」
強敵に対する警戒心は強いものの頭は冷静であり、前に動くと腹のあたりを切りつけてそのまますれ違う。
「かったっ!」
しかし、予想どおりクリムゾンベアの皮膚は硬く一般的な鉄の剣では傷をつけることは叶わない。
だが、すれ違った勢いのまま走り抜けて一度距離をとる。
「だったら、出し惜しみしてる場合じゃないな……”展開、火”」
焼き討ちにあった際の火がまだ残っていたため、クリムゾンベアの周囲に出現させる。
「ガ、ガウ!?」
動物系の魔物であるため、火によってひるませることに成功する。
「”展開、剣”×20!」
そして、空に剣を二十本出現させる。
「え、ええええっ?」
突如として現れた剣の群れに少女は驚いている。
「ガ、ガガウ!?」
それはクリムゾンベアも同じであり、自分の頭上にある剣に驚き、ただ立ち尽くしていた。
「それは、囮だ。”収納、剣”」
ボソリと呟いたユウマは、手にしていた剣をしまって走り出す。
ユウマはここまでにいくつか感じ取っていることがあった。
地球にいた頃に比べて、今の自分の身体能力は明らかに強化されていることに。
きっかけはデンセイと一緒に走った時のこと。
決して長距離走が得意とはいえないユウマがあれだけの距離を走っても少し疲れた程度だった。
そして、全速力で走っている今も明らかに速度が上がっていることを感じている。
「そ、そんな! 武器をしまっちゃうだなんて……」
空に剣を出現させたのはすごいことであるが、それで倒せるとは思えない。
事実、クリムゾンベアに向かって落下している剣はよくある一般的な鉄の剣であり、それはクリムゾンの皮膚に弾かれている。
だというのに、ユウマは素手でクリムゾンベアに向かっている。
「普通の武器だと効果がないのはわかっている。だから、これを使わせてもらおう”展開、魔槍オルタナ”」
ユウマに槍のスキルはない。地球で槍を扱ったこともない。ゆえに、槍技でクリムゾンベアを倒すことは叶わない。
「くらえええええ!」
ユウマはただ槍をしっかりと握って思い切り前に突き出すだけ。
動きは単純、いたってシンプルなもの。
「ガアアア!」
たかが人間の攻撃ごときが通用すると思うなよと、クリムゾンベアは槍に向かって爪を振り下ろす。
爪は槍の穂先と衝突する。
「グオオオ!!」
しかし、クリムゾンベアの爪は腕ごと弾かれて思い切り体勢を崩される。
魔王の槍という説明のとおり、かなりの力を持った武器で熊の一撃ごときでどうにかなるものではなかった。
「いっけえええ!」
ユウマの勢いは止まらず、そのままクリムゾンベアの胸のあたりに魔槍オルタナが突き刺さる。
「グガアアアア、ガア、ガフ……ァァ!」
最初は大きな声をあげたクリムゾンベアだったが、突き刺さったオルタナは突き刺さった部分から生命力を吸収していき、ついには絶命させる。
「ふう、なんとかなったか。にしても、すごい威力だな……まずは片付けよう。”収納、オルタナ”、”収納、熊”」
ユウマは武器と魔物を収納して、もちろんクリムゾンベアは解体を選択する。
「大丈夫だったか……おい、大丈夫か?」
怪我をしなかったかを聞こうとしたユウマだったが、口をパクパクさせて声も出ずにいる少女を見て再度大丈夫か確認する。
「い、い、今のって!」
どういうことなのか? 少女は掴みかからんばかりの勢いでユウマに尋ねるが、ユウマは落ち着けと彼女の肩に軽く手を置いた。
「説明をするから、一度深呼吸をしてくれ」
「は、はい……すー、はー、すーはー……すみません、落ち着きました」
少女は口では落ち着いたと言っていたが、早く説明をしてほしいと眼差しをユウマに向ける。
「さて、どこから話したものか……”展開、椅子”。さあ、かけてくれ」
ユウマは椅子を取り出して腰かける。そして少女も座るように、もう一つ椅子を取り出して手渡す。
「まずは自己紹介からしようか。俺の名前はユウマ、一応人族になるのか? 冒険者をやっている、今日からだけど。この森には薬草を集めに来たんだけど、なんだか騒がしかったから見に行ったら君があのデカい熊に襲われていたってわけだ」
ユウマは名前、職業、ここにいたるまでの状況を説明する。
「あっ、これはご丁寧に。私の名前はリリアーナです。私も冒険者です……ってそうじゃなくて! いや、そうなんですけど! そうだ! 助けて頂いてありがとうございます!」
リリアーナが聞きたかったのはクリムゾンベアを倒した方法や、空中に大量の剣を出現させたことや椅子を取り出したことについてだった。
しかし、ツッコミを入れようとした途中で感謝の言葉を言っていないことに気づいて、慌ててお礼の言葉を割り込ませた。
「いやいや、気にしないでいいさ。たまたま通りがかっただけだから。なんか強そうだったから最初はどうなるかと思ったけど、案外なんとかなるもんだなあ。ははっ」
先ほどのクリムゾンベアを倒した時のことを思い出しながらユウマは、笑ってみせる。
「そ、そう! そこですよ! なんとかなったのはすごくありがたいのですが、あれはどうやったのでしょうか? 突然剣が空に現れて、槍がクリムゾンベアの攻撃を弾き飛ばして、槍がクリムゾンベアを貫いたと思ったら、その一刺しだけであっという間に倒してしまいました……どういうことなのですか?」
両手でこぶしを握りながらグイっと近づいたリリアーナはここでやっと本来聞きたかったことを質問する。
「うーん、手の内を明かすことになっちゃうからある程度は隠させてもらうけど……俺が使える魔法はただ一つ。収納魔法なんだよ」
「……えぇ?」
ユウマが使えるのが収納魔法だけであることにぽかんとしながらリリアーナは内心ひどく驚いている。
「でもって、さっきの家も槍もこの椅子も収納魔法でしまっていたものを取り出したというわけ」
「えええっ!?」
この説明にも疑問があるらしく、リリアーナは立ち上がって大きな声を出していた。
「???」
反対にユウマはリリアーナが何に驚いているのかわからず、きょとんと首を傾げつつ頭に疑問符を三つ浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます