第9話

 ミリシアから荷物運びの依頼主のことと薬草採集の注意点を聞くと、ユウマはすぐに出発する。



 まずは、引っ越しのために少しずつ荷物を運んでいるという人族の老夫婦のもとへと向かう。


 ギルドから見て南の住宅街にその夫婦は住んでいた。



 老という言葉が頭につくように、夫婦二人だけで引っ越し作業するのは難しく、遅々として進んでいない様子だった。



「あの、冒険者ギルドで依頼を受けてきたユウマという者だけど……」


 小さい荷物を家の中から外に出している二人を見て、ユウマは声をかける。



「あらあら、それはそれは、わざわざありがとうございます。なにぶん、年寄り二人で運んでいるから終わる気配が見えなくって途方に暮れていましてね……」


 妻はユウマを歓迎していた。白髪交じりだが、落ち着いた表情からは上品な印象を受ける。



「ふんっ! どんな力自慢がやってくるかと思ったが、ヒョロヒョロじゃないか! お前のような非力なやつが一人増えたところで大したことはできやせん!」


 反対に夫はユウマを見た目で判断し、使えない冒険者が来たと切り捨てていた。こちらは、妻の優しそうな面立ちとは異なり、堅物といった様子で険しい表情でユウマを見ていた。



「もう、あなたったら……申し訳ありません。私の名前はイスタ、こっちは夫のムザといいます。本日はわざわざお出で頂いてありがとうございます」


 頭を下げて礼を言うイスタ。腕を組んでそっぽを向いているムザ。長年こうやったやってきたのだろうことがうかがえる。



「いや気にしないでくれ。それより、運ぶ荷物はどれなんだ?」


「あぁ、こちらです。どうぞ中にお入り下さい」


 ユウマとイスタは、むすっとしているムザを放置したまま家の中に入り運ぶ荷物の確認に向かう。



「……おい、おい! わしを置いていくな!」


 すぐ戻ってくるものだと高を括っていたムザだが、ユウマとイスタが戻ってこないため慌てて家の中に飛び込んでいく。



「おい、聞いているのか! …………はっ?」


 怒鳴り込んだムザは、部屋の中を見て驚きのあまり変な声を出してしまう。



「他にあるか?」


「すごいですね。それでは別の部屋の荷物も頼めますか?」


「もちろん”収納、タンス” ”収納、箱”」


 驚いているムザを更に放置して、ユウマは別の部屋の荷物を次々に収納していく。



「お、おお?」


 その様子を見ていたムザは、目の前で起きていることが信じられず目を丸くしながらその様子を見ている。



「うふふ、これならとても楽ちんだわ」


 対してイスタは落ち着いて笑顔でユウマの収納魔法を眺めていた。



「にしても、これだけ大きな家に住んでいるならマジックバッグとかに荷物を入れて運べばいいんじゃないか?」


 ユウマは収納を続けながらイスタへと質問する。



「あらあら? ユウマさんはご存知でらっしゃらないのですか? マジックバッグはとても便利だけど、入る量に上限はありますし、先ほど収納されたタンスなどは一般的なマジックバッグの口よりも大きいので入りません」


「えっ? そうなの? 使ったことないから知らなかったけど、こう、マジックバッグの口のとこに持っていけばシュンッ! って感じでタンスとかも入ると思ってた……」


 収納魔法と比較してマジックバッグって意外と不便なんだな……とユウマは驚いている。



「うーん、とても便利であるのは確かなんですけどね。それに、収納魔法は、その……」


「ん? 収納魔法に問題が? ”収納、ベッド”」


「昔は使う人はいたそうですが、今は使い手は失われたと聞いています」


「なるほど……だから、俺が収納魔法を使うと驚かれるのか」


 ここにきて原因がわかったため、ユウマは謎の一つが解けたとスッキリした気持ちになっていた。



「お、おい! お、お前の、いや君のそれは収納魔法なのかね?」


 ほとんどの荷物が収納し終わったところで、ムザが質問してくる。言葉遣いも先ほどよりいくぶんか柔らかくなっている。



「あぁ、まあ『収納』するだけだから大したことのない力という認識みたいだけどな」


 そのおかげで勇者としての活動から逃げ出すことができたため、その認識で周囲が舐めていてくれたほうがありがたいとも思っている。



「いや、わしも収納する魔法としか聞いたことがないが、こんなにすごいものとは思わなかった……」


「えぇ、特に今回のお引越しにはすごくすごく助かります!」


 ムザもイスタも収納魔法を使うユウマのことを認め、感謝している。



「とりあえずひととおり収納できたから、引っ越し先に向かおうか」


「あ、あぁ。頼む」


「はい、お願いします!」


 ガランとなった家の中にムザは未だ少し戸惑いながら、イスタは嬉しそうに返事をする。



 引っ越し先に向かう道中では、イスタはもちろん頑固者のムザですらユウマのことを気にいって笑顔を見せるようにまでなっていた。



「ここが私たちの新しいおうちになります! 息子夫婦と住むことになったんです。あとで引っ越しは手伝うと言ってくれてるのですが、二人とも仕事が忙しいので手をわずらわせたくなくて……」


「ふん、あいつらの手伝いなどなくてもなんとかなったわい! なあ、ユウマ!」


 息子夫婦に思うところがあるらしく、ムザは不機嫌そうな顔でユウマに声をかける。



「あー、でも、まあ……一緒に住んでくれること自体珍しいことなんじゃないかな? それに、じいさんも本当は嬉しいんだろ? だったら、思ったことを素直に言ったほうがいいと思うぞ」


「ぐむむ……」


「後になってから言おうとした時に、何かの原因で話ができないなんてこともあるだろうからな」


「……ふむ」


 ユウマの言葉はムザに響いたらしく、引っ越し先に到着するまでの間無言で何かを考え込んでいた。



「さて、それじゃあ家の中で荷物を出すか。おおよその位置を指定してもらえれば、その場所に出せるぞ」


「まあ、それはすごい! それでは、早速中に入りましょう!」


 当初の依頼では外まで荷物を運んでもらって、あとは家の者と協力して運ぶというものだったが、ユウマの能力の便利さにイスタはニコニコと笑顔で中へと案内していく。



 ムザは未だ考え込んでいるらしく、無言のまま外で立ち尽くしていた。



「父さん! 引っ越し頼める人がいたのかい? 仕事を早めに切り上げて行ってみたんだけど、向こうに誰もいなかったから……」


「あぁ、お前か……」


 イスタに似た顔立ちで、目元だけムザに似ている男性。夫婦の息子が彼だった。作業着でいるのを見ると、仕事を切り上げて着替えずにそのままやってきたのがうかがえる。



 ムザはユウマのアドバイスを再度思い出すと、息子の目を見てあらたまった表情になる。



「父さん、どうかした?」


「あのな……」


 息子の問いかけに口を開くムザ。彼がこの時何を言ったのかは二人しか知らないことだが、その後は以前よりも家族仲良く話すことが増えた様子だった。

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