015 理系女子の初観劇(その6)

 結論は出た。

 フェイは一度立ち上がると、外にいる衛兵と話をしてから部屋に戻ってきた。ヤンジの煙草を取り上げて灰皿に押し付けると、タオを見て話を切り出した。

「……まず、あなたの話を詳しく聞かせて。それから判断するわ」

「いいのか? そんな悠長に構えていて」

 すでに追手は迫っている。

 そのために衛兵に声を掛け、防衛体制を整えさせたのだろうが、それだけで通じるとは限らない。

「衛兵に召集を掛けた。ビングも呼ぶように伝えてある。だからこそ……確実に対抗するためにも、情報が必要なのよ」

「それだけで済めばいいが……」

 仮眠室の棚は武器の保管庫にもなっている。

 魔弾銃を仕舞わずに口に咥えながら、ヤンジは空いた両手を用いて使えそうな武器を物色していく。

 タオも腹が座ったのか、本のページを開き、フェイに見せながら話し始めた。

「この本は、世界の創世を記録するためのものです。造物主が新たな世界を生み出す上で、創造した物語れきしを観察し、参考とするのです」

「造物主の本、ね……」

「偶然とはいえ、この本を手に入れたばかりに……私は、っ!?」

 本来ならば彼女の過去が語られるのだろうが、大型の魔弾を放つ長銃を肩に担いだヤンジが、それを遮った。右手に持つ、愛用の魔弾銃をタオの視界に入れることで。

「その話は後だ。敵の狙いと戦闘手段を先に話してくれ」

「……来たの?」

 返事として投げ渡された矛槍ハルバートを受け取ったフェイは、肩に担いだまま剣の鞘を腰帯に括り付けた。




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「……これ、せこくないですか?」

「言うなよ。こればっかりは他の部員からも賛同を得ているんだぞ?」

 升水が『せこい』と言ったのは、脚本内でタオの過去を語らなかった点だ。本来の劇ならば登場人物の背景を語り、劇に、演じている物語に『厚み』を与える予定だった。

 しかし、今回の劇ではその部分をカットしている。

 ヤンジと造物主の尖兵の移動時間を利用し、長々と語った後に襲撃があるという物語的な都合を潰し、テンポの良さを優先させたのには理由があった。

「元々は先輩が手を抜いたからですよ。時系列的に矛盾するから中途半端に語らせた後に襲撃させるなんて……だから脚本の調整で完全に切られちゃったんでしょう」

「どっちにしたって役者も覚えられないだろうが。あんな長いの……というか後輩よ」

 一番の見せ場が近いからか、流れるBGMも変えなくてはいけない。音響機器を操作しながら、蒼葉は言葉を続けた。

「お前……脚本一本書くのにどれくらいかかるか分かって言ってる?」

「ライトノベルだと二、三ヶ月に一回位のペースで新刊が出ますけど、それよりは短いですよね?」

「人間が機械なら、それで正解をやってもいいんだけどな……」

 というかラノベ読むんだ、と蒼葉は内心意外に思っていた。

「物語を考えるペースと、それを文章化するペースは全く別物だからな。おまけに人間は二十四時間集中して執筆できるわけじゃないし。だから時間なくて締め切り守れなかったり、逆に月一刊行なんて荒業かませられる『一握りの天才』なんてものがいるんだよ」

 誰もが思うことがある。時間が欲しいと。

 人間はただやりたいことをやって生きていけるわけではない。健康的な生活を送るために仕事をこなして、金銭を得なければならない。やりたいことで金銭を稼げればいいが、それを可能とした人間はほとんどいない。不労所得で収入を得る者達もいるが、それも本人ないしはその関係者が基盤を構築したからこそ、可能となっているのだ。宝くじの当選等の幸運ということもあるが、それすら購入する金銭が必要となり、得るために労働をする義務が生じる。

 大なり小なり、努力しない人間はいないのだ。

「だから俺が脚本を書き上げられなくても、仕方ないと言えるんだよっ!」

「力説してないで、さっさと仕事して下さい」

 舞台準備も整い、蒼葉は今までとは違う、激しめのBGMを流し始めた。

 戦闘が始まるのだ。攻撃的な雰囲気を生み出さなくてはならない。

「後、先輩が同じクラスの女子と出掛けていた件は部員全員知ってますからね」

「いや、俺が脚本書き上げたのはその前っ!?」

 少なくとも、蒼葉は脚本に関して、手を抜いてはいなかった。

 そういう話である。




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 朝食に焼き立てのパンをベーカリーから購入し、母親と食卓を共にする。

 食事を終えたら、昨夜三人で寝転がった庭先で重りを巻き付けた木剣で素振りを百回。病弱なので呼吸が乱れないようにゆっくりと、しかし一回一回に力を込めて。

「病弱と言っても、身体は平気なんだけどなぁ……」

 呼吸器官が弱いと言っても、人よりは強くない程度だ。しかしそれでも、戦闘になればノワール公国一の武勇を誇るのが、ビングという男である。

 故に、国の危機があれば、可能な限り一撃を持って仕留めてきた。いつ呼吸が乱れて倒れても問題ないよう、文字通り、後がない状態で。

 だから今回も、できれば一撃で済ませたい。

 そろそろヤンジが来るかと思い、関所に向かっている時だった。緊急事態だと召集を受けたのは。

「あれ、ですか……?」

「ああ、五人しかいないが、それで全部とは限らない」

 関所の前、国の外に出たビングは剣を抜き、向かってくる者達を見つめていた。

 全身白装束の人間が五人、ノワール公国で支給されているのとは別の型の矛槍ハルバートを抱えている。いや、別の型というより……

「向こうの方が、金掛かっているな……」

「そんなぼやき、聞きたくないですよ」

 勇者と言えども、個人訓練だけで強さを維持できるわけではない。

 だから時折、衛兵に混じって訓練を受けているので顔見知りは多い。だからこその軽口なのだが、そうも言っていられないのは、相手の装備を見ていれば分かる。

「フェイもヤンジもいないし……勝手に話、進めていいんですかね?」

「そういうわけにはいかないだろう。一応、衛兵長が先に話をしてくれるそうだ」

 そして衛兵の中から、一際頑強な装備を整えた男が前に出てきた。ビング達が話していた、衛兵長だった。

「できれば話し合いで済ませて欲しいんですけどね……俺、平和主義だし」

「そんなもん、大概の奴がそうだよ。というか、いつも魔王に挑んでいる癖に平和主義騙るなよ」

「あれ、ただのじゃれあいですよ。じゃなきゃとっくに殺し合ってますって」

『『王』は『勇者』に、『魔王』を討てと命じる』、この国に生きている人間は皆知っていることだった。いずれは殺し合うにしても、今の『魔王に挑む勇者』の構図は、他の者が見ればただの『子供の喧嘩』だった。

 ……事情を理解しているからこそ、だが。

「平和的に済むかね……?」

「今、フェイが話しているっていう、お客さん・・・・次第でしょうね」

「お客さん、か……姫様はどう動くか」

 衛兵長と彼らの距離が縮まる。

 互いに声が聞こえる距離となり、衛兵長は立ち止まった。

「貴殿達、そこで止まって欲しい。私はノワール公国衛兵長の……」




「邪魔だ」




 名乗りは、途中で止まる。いや、止められた。

 弾け飛ぶ衛兵長の首を見てビングや衛兵達は、一斉に武器を手に取り、駆け抜けていく。




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「……手品師でもいるの?」

 観客席から舞台を見ていた稲穂は、ふとそんなことを思った。

 それだけ、見事に首が飛んだからだ。

 兜を被っていたので、最初から作り物の首かもしれないが、継ぎ目が不自然にならないように振る舞わなければいけない。つまり、そのことに慣れている者がいなければ、演技指導もままならないはずだ。

「しかし……大袈裟ね」

 元空手部主将の稲穂からすれば、舞台上の演武は明らかに大仰で、無駄が多い。

 主人公役の鈴谷が剣を振り回す様を見てさらに呆れる稲穂だが、周囲はそうでもないらしい。顔だけはいい同級生のファンが何人もいるらしく、別の観客席のエリアから黄色い歓声が聞こえてくる。

 素人相手には、いやだからこそ分かり易くていいのかもしれないが、これが実践でも通用しないことを、理解できる者は何人いるだろうか。

「全員素人か……」

 歩き方を見れば、相手が強いかどうかは分かる。ただ歩くだけか、強さを活かすための足運びをしているかで、ある程度の区別ができるからだ。

 それを考えると、稲穂はクラの父親である立華たちばなゆかり喧嘩したたかって以来、誰とも拳を交えていない。その必要がないからとも言えるが、そのことがかえってストレスを発散できていない原因かもしれなかった。

「いいかげん、身体動かしたいわね……」

 あれ以来、パルクール活動にもあまり参加できていないので、身体を動かす機会そのものがなかった。

(劇が終わったら、帰って一人稽古でもしよう)

 稲穂がそんなことを考えていると、いつの間にか舞台が暗転していた。

 一度戦闘場面を終わらせ、フェイ達の登場につなげようとしているのだろう。

 なんにしても今は劇に集中しておこうと、稲穂は思考を切り替えた。

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