011 文系男子と理系女子の日常(朝)

 二人の新生活は、本当に引っ越ししたてなのかと疑うくらいに平穏だった。




・AM6:00

「ふぁ……」

 稲穂はベッドの上で軽く伸びをして起き上がると、寝間着スウェットのまま台所に立った。ケトルに水を入れてお湯を沸かし、その間に準備していたマグカップ二つに注いでいく。中身はそれぞれ、インスタントのコーヒーとスープだ。

 座卓にマグカップ二つとバランス栄養食、サプリ入りのピルケースを並べて、稲穂の朝食は完成した。

「いただきます……」

 微妙に寝ぼけ眼のまま、稲穂はスープをすすりながらタブレットPCを取り出し、経済新聞の電子版を表示させた。記事をいくつか読んだ後は、座卓のスタンドに立ててからニュースアプリを起動し、適当に流している。

「ろくなニュースがない……」

 その頃には頭も覚めてきているので、朝食を片付けてから身支度を始めていた。




・AM6:30

「……ああ、朝か」

 蒼葉はソファーベッドから起き上がると、布団代わりにしている掛け布を畳み始めた。

 軽く身体を動かしてほぐすと、台所に立ってやかんに水を入れ、火に掛けた。

「ぼちぼち買い足さないとな……」

 冷蔵庫から取り出して解凍したご飯を用いたお茶漬け、インスタントの味噌汁とスーパーのサラダ、そして作り置きの麦茶を入れたペットボトル(使い回し)を台所の作業場に並べて、壁に立てかけてあるパイプ椅子に腰掛けると、蒼葉は両手を合わせた。

「いただきます」

 黙々と食べる蒼葉だが、三角食べ等を意識せずに一つ一つ、順番にかき込んでいる。全て食べ終えると、食器を全て流し台に置いた。

「さて、洗う前に……出すもの出しとくか」

 そして向かう先は……トイレであった。




・AM7:40

「よう、おはようさん」

「……おはよ」

 別に約束したわけでもないが、同じ学校である以上、登校時間もかぶるものらしい。

 ちょうど同じタイミングで出てきた蒼葉と稲穂は挨拶を交わし、非常階段とは反対側のエレベーターへと歩き出した。

「……あんた、階段使っているんじゃないの?」

「急ぎか、エレベーターがふさがっている時だけな。運動代わりにするには半端なんだよ。あの階段」

 一階に降り、そのまま並んで登校していく二人。

 大抵の学校ではカップルでもないのに男女二人で行動していると、周囲がうるさいものだが、蒼葉達には当てはまらなかった。

「というか、あんたが発信源? 私達の関係が『友達以上恋人未満』って話が広がっているみたいだけど」

「下手に何か言うよかましだろ。結局なぁなぁで続けている未熟者なのは事実だし」

「まあ、変にごまかすよりはいいわね。『You can't時間 buy aは買 secondい戻 with moneyせない.』し」

「何それ、新パターン?」

 並んで歩いているにも関わらず、キャイキャイ言っているのは二人と面識のない生徒達だけだ。主に同じクラスである顔見知り達は『ああ、あの二人か……』という感じでスルーしている。もはやツッコむのも面倒臭めんどいのだろう、この二人に関しては。

「そういえば……夏休みに用事あるって、引っ越しのことだろ?」

「……ばらしたら埋める」

こええよ。俺の親父とタメ張れるぞ」

 なんだかんだと互いに隠していたことがばれていくな、と蒼葉は内心恐々としていたとか。

「いや、だから夏休みデートしないか、って考えてな……」

「……あんたよりクラちゃんとデートしたいんだけど?」

「お前本当に俺のこと好きなのっ!?」

 とはいえ、またあの空き地に行くことは確定した。

 他にも予定を入れようと、(ついでにあわよくば稲穂の水着姿をおがもうと)蒼葉が口を開こうとした途端、肩に軽い衝撃が走った。

「じゃあ、これいるか?」

「うわっ!?」

「……そんな驚くほどじゃないでしょう」

 先に気づいていた稲穂は、振り返って蒼葉の肩を叩いた人物の方を向いた。

 そこにいたのは、微妙に色素の薄くなっている黒髪の男子生徒だ。彼は先日生徒会選挙に当選した、蒼葉達のクラスメイトだった。

「あんたも、気配消して近づくとかまぎらわしいことしてんじゃないわよ」

「悪い悪い……これでも、普通に歩いているつもりなんだがな」

 そう言って軽くおがみ手をしながら、生徒会長の船本ふなもと斗真とうまは二人の前に立った。立場にあるまじき着崩れされた制服姿だが、これでも人望があるので、教職員一同からは見逃されていた。そもそも、そこまで厳しい校風ではないのもあるが。

「というか船本、どうしたよ急に?」

「いや、これなんだが……」

 そう言って船本が差し出してきたのは、映画の前売り券だった。いわゆるムビチケ。

「買ったのはいいんだがダブってな。処分に困ってたんだが……半額でいいから買ってくれ」

「いや、でもこれ……二枚分だろ?」

「だから連れも買ってたから、かぶったんだよ」

 若干苛立いらだっているみたいだが、どうやらチケットを二重に買ってしまったことで、無駄な出費になってしまったと思っているようだ。

 だから蒼葉は財布を取り出すと、指定された額よりも多く手渡した。というか、購入金額そのままを突き出した。

「映画自体は興味のあるやつだから、全額でいいよ。どうせ遅かれ早かれだしっ!?」

「……黒桐、お前だけだ。お前だけが俺をっ!」

 チケットと代金を握り潰しながらも、船本は蒼葉の手をつかみつつ顔を近寄せてきた。その様子を見て稲穂はあごに手を当て、軽くうなりながら考え込んでいる。

「あんまり嫉妬しないわね……やっぱり本気じゃないとか?」

「同性とかツッコむ前に言いたいことがあるこいつ止めろっ!?」

「あ、悪い……」

 とりあえず手を放した二人は、代金とチケットを交換した。

「お前、本当に……同性愛感情そっちの気はないんだよな?」

「ないない、中学の時からお前に憧れている・・・・・だけだって」

「あれ、あんたら中学一緒だったの?」

 中学時代の同級生だったことは、稲穂には初耳だったらしい。

 そういえば言ってなかったな、と船本は軽く説明し始めた。

「同じクラスだったのは二年だけだけどな。俺も昔は黒桐こいつと学外で運動していたんだよ」

「……喫茶店の裏の?」

「そうそう。卒業前にトラブって抜けたけどな」

 というか話したのか、という船本の視線に、蒼葉は肩をすくめるだけだった。

「……面子はまともだって聞いていたけど?」

「そっちじゃない。俺の方で変なのに関わっちまってな」

 稲穂にそう返した時だった。

 バタバタと、高校とは反対側から誰かが駆け寄ってきている。しかし、当初は驚いていた生徒達も、今では名物とばかりに華麗にスルーしていた。

「……なるほど、あいつ・・・ね」

「そういうこと」

 蒼葉と稲穂は並んで脇に避け、駆け寄ってくる見た目金髪スレンダー体系のヤンギャル(Bカップ)をながめていた。船本も慣れたもので、周囲の生徒に対して適当に離れているよう、手を振ってから……




「船本せんぱ~いっ!」

「ああ、はいはい……」




 とてつもない勢いで抱きついてきた一年生、あくつ瑠伽るかを危なげなく受け止める船本。そのひとみは若干、闇に沈んでいたが。

「おはようございます。今日のお昼は決まっていますか!? 私、今日もお弁当を作って来ました。食べて下さい!」

「ああ、うん……大丈夫だから。大丈夫だから、まずは落ち着こう…………な?」

 手慣れた仕草で瑠伽を地面に降ろした船本は、蒼葉達の方を向くとその少女を指差した。

「というわけで……放課後はこいつに付き合っているから、変な面倒事に巻き込ませないように抜けたんだよ」

「あれ、金子先輩じゃないですか? おはようございます」

「圷…………あんた、中学の時そこまで偏差値高くなかったでしょうに」

 えげつない努力をして同じ高校に入ってきた中学時代の後輩に、稲穂は頭を抱えてうめいた。

「そういや……中学の後輩だって言ってたっけ?」

「グレてた時にちょっとね。特に争う理由もなかったから、軽く喧嘩しただけで普通につるんでたけど」

「お前、よく付き合えるな……」

 元『インテリヤ○ザもどき』は、伊達ではないのだろう。

「お嬢ーっ! お弁当忘れておりますよーっ!」

「先輩、ちょっと待ってて下さい……」

 その間0.1秒。

「……テメェ学校来んなっつったろうが! 堅気カタギに迷惑掛けんじゃねぇ!」

 先程とは一転、極道一家圷会会長の娘である瑠伽は近寄ってくる強面の男に向けて怒鳴りつけていた。というか、そう叫んだ当の本人が一番迷惑を掛けているのではないかと周囲は考えているが。

「……お前も結構、立派だと思うぞ」

「うん。小規模とはいえ、ヤ○ザの娘の機嫌を取っているんだから……」

「……そう言ってくれるのはお前達だけだよ」

 圷会の下っ端を無理矢理正座させて叱りつけている後輩をながめながら、蒼葉と稲穂は、船本の肩を軽く叩いた。




「……というかお前ら、どこで知り合ったんだよ?」

「映画館。エンドロールの時にスマホ点けたのを注意して以来、何故かなつかれちまって…………」

「ああ、それ一番駄目なやつだわ。圷の奴……家のせいで、叱ってくれる人間に飢えているのよ」

 端的に言えば、微Mというものであろう。

「あの頃の俺を殴りたいっ!」

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