カニボウズ

 昼は昼でハードだった。害獣駆除の仕事が舞い込んできたのだが、その相手がアライグマ十匹で、捕獲器にかからなかった賢い個体たちだった。

 アライグマは引っ掻いてくるし、威嚇の声を上げるし、何より、気性が荒い。見かけは狸に似ているのに、凶暴性が半端じゃない。

 半田さんの憑依頼りになってしまった。

 半田さんはひょいひょいとアライグマの攻撃をかわしながら、憑依、と呟く。灰色の影が、水に墨を一滴垂らした時のように、ふわっと滲んで広がった。そしてあっという間に艶めく甲羅を身に纏い、両腕をハサミ状に変えたのだった。

「えっ、かっ、蟹?」

 身長一六〇センチ前後の……これはガザミだろうか、くすんだ緑色の蟹が僕とアライグマたちの前に現れる。アライグマは当然、逃げ出した。しかし、それを蟹になった半田さんは許さなかった。

 人の形を辛うじて保っている二本の足で駆け抜ける。ハサミでアライグマを掴む。そうして、捕獲用の檻に次から次へと放り込んでいく。アライグマの抵抗も、硬い甲羅に阻まれてしまって、半田さんには通じていなかった。

「ヒトットビ、そっちに行った、捕まえといてくれ」

「ヒトットビなんて苗字あります?」

 アライグマの一匹が猛然と僕の方に駆けてくる。僕はそれを捕まえようと両手を広げた。のだが。

 アライグマは僕の顔にビタッとしがみつき、物凄い勢いで僕の頭を噛み出したから大変だった。鬼のような形相で僕に攻撃を繰り出すアライグマ。半田さんは残りのアライグマを拾っては檻に入れを繰り返し、僕の方なんて見もしない。

「たっ、たすっ! たすっ!」

「顔面でキャッチするなんて斬新な手を使うね、ヒトバシラ」

 一年ヒトトセです、と訂正したかったが、今のこの状況を見るに、人柱、というニックネームでも仕方ないような気がしてしまった。


 結局、アライグマは半田さんが全て回収した。


「い、一時間で何とかなりましたけど……これで五千円って」

「仕事はピンキリだよ、なかなか忙しいだろ」

 専門の害獣駆除業者に頼めばかなりの額が吹っ飛ぶだろうアライグマ捕獲作業に、一人五千円の報酬さえ払えば働いてくれる何でも屋をあてがうのは如何なものか。


「半田さんって、この仕事、長いんですか?」

 神社の掃除を頼まれて、僕は箒を手に半田さんへ大きな声で問いかけた。何故なら、半田さんは鳥居の外側を掃除していて、境内にいる僕とは遠く離れていたからだ。彼もしくは彼女は境内に入って来ようとしない。

「十年ほどやってる」

 少し大きめの声が返ってきた。やはり男だか女だか分からない。少年の声と言われたらそう思えるし、女性の低い声だと言われたら、やはりそう思える、なんとも不思議な音程だった。

 境内から社務所まで掃除を終えた僕は、代金を受け取ってお辞儀をする。半田さんの元へ戻ると、僕より頭半分背が低い先輩は、少しだけ不機嫌そうに鳥居を見上げていた。

「神社、嫌いなんですか?」

「いや、歓迎されてないだけ」

「歓迎?」

「この仕事、本来は別チームの仕事だったんだけど、そっちの半人前が体調を崩したとかで半田の方に回ってきたんだ。半人前が神社の依頼を受けるなんて、無謀なんだけど」

「はあ……」

 歓迎、の意味には触れずに、半田さんはバス停に並んだ。夕方頃に神社の掃除をしたので、これで本日の業務は終了……だと、思っていたのだけれど。

 暮れゆく街並みを眺めながら、僕の先輩は言った。

「あと一件、仕事がある。ヒトマトメは帰っててもいいよ」

一年ヒトトセです。……どんな仕事ですか?」

「割とキツイ」

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