彼岸町何でも屋

倉明

がんばりましょう

 絶対に目を合わせてくれないその人は、半田はんだ、という名札をグレーの作業着につけていた。僕よりも頭半分ほど背が低い、性別不明の人だった。

「えーと、常春文学大学の、歴史文学科を卒業、ね」

「あ、は、はい」

 左右両方に黄色いメッシュを入れた、高くも低くもない声のその人は、僕の履歴書を読み上げていく。

「あの図書館と図書館と図書館が合体したような魔窟から、よく卒業できたもんだね。褒めてつかわそう」

「知ってるんですか、常春文学大学を」

「仕事でちょっとね」

 そうだ。半田という人の仕事上、色々な所へ行くのだ。いわゆる何でも屋というやつである。僕はその面接を受けているのだった。

「就職活動に負けたのか」

 あっさりと言ってのける半田さんである。絶対にこちらを見ない猫目で、履歴書をしげしげと眺めていた。

「負けたというか……今がその就職活動の最中なんですけど」

「歴史文学を活かせる仕事ばっかりじゃないぞ、ここは」

「それは、はい……ですが、御社に少しでも貢献できればと」

「やめやめ。御社とか弊社とか貴社とか当社とか恒河沙とか」

「ごうがしゃ……」

「どうせあれだろ。一件五千円で、一時間か二時間ちょいで終わる仕事に目をつけたんだろ。一日八時間くらい働けばいい額になるからって」

 図星だ。

 そう、半田さんが所属するこの何でも屋、仕事は一律で一件につき五千円が支給され、仕事内容も一時間かそこらで済む、という驚くほどの好条件なのだ。

 その割に、応募者が少なかったが。

「半田はそういう浅はかな考え、とても好きだぞ。実にいい」

「は、はあ……」

「ライオンに食われて胃袋の中を観察する仕事を割り振られるとは思ってもいない浅慮さが、世の中には必要だからな」

「ライ……えっ」

「物の例えだ」

 変な例えだ。

「パソコン検定の資格持ってるのなら尚の事ここに応募しなくて良かったのに」

「そんなに、大変なんですか……?」

「んー……来る仕事来る仕事をワンパンでやっつけてれば、それほど大変ではないけども。入って一ヶ月で逃げるように辞めていくのが殆どだ」

 どれだけ大変なのだろう、何でも屋って。

 生唾を飲む僕に、半田さんは顔色一つ変えずに履歴書を畳み出す。そして封筒にしまうと、履歴書在中、と書かれたそれに、小さなスタンプをポンと押した。

 がんばりましょう、と書かれた、子供向けのファンシーな判子だった。

「これは……」

「百均で売ってるだろ、こういうの」

「もうちょっと事務的なものを買えば良かったのでは……」

「あまり物々しいのは好かない」

 猫目がチラリと僕を見た。そしてすぐに逸らされた。


「半田は一ヶ月で辞める方に二千円札を一枚賭けるけどな」


 どうやら僕は、ここで働けることになったらしい。

 彼岸町ひがんちょうでもそこそこの規模を誇る何でも屋の先輩、半田さんと、初心者である僕のタッグが、こうして組まれる運びとなった。

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