第44話 長所

 『思念具現化因子は後天的に発動しないだろう。つまり、週末怪獣になった後、いくら理想を持ったとしても、それはまず具現化しないということだ』


 博士にはそう言われた。


 それでも、俺は、この力を『継承』されたあの日から、確かに強く思った。


 『俺は、醜くなりたい。そして誰よりも弱くて、誰よりも努力しなければ誰にも

勝てないような雑魚になりたい。そして、そんな理不尽に負けないくらい打たれ強

くなりたい』


 『本当の努力を、俺に教えてください』


 神を名乗る男に言った望みを、それから五年間、思いの炎を絶やさずに燃やして

きた。






 だから、こんなところで大人しく転送されようならば、俺はそれまでの男だとい

うことだ。


 それが嫌なら。


 五年前の期末テストの、あの負けから、少しは強い男になれたというのなら。


 目を開けろ!


 覚醒で、この闇を切り裂け!






 「なっ…!?」


 俺は、目覚めた。


 廃校になった校舎ではなく、俺が通う高校の体育館。


 舞台の上で、戸惑うヒーロー。


 「俺の勝ち、みてえだな…」


 俺も、念じてはいたものの、まさか本当にここへ戻ることが出来たとは。


 「思念様様。願ってみるもんだな!」


 俺は両手の指たちをパキパキと鳴らす。


 生徒を守るとか、そんなことは思っていない。


 ただ、俺の中にあるのは、勝利。


 勝つことが、俺の願い。


 そのためなら、いくらでも努力して手に入れてやろうという、思念。


 いや、執念だ。


 「さて、タイマン勝負と行こうじゃねえか…。逃げんじゃねえぞ、ヘボ」


 「ぐぅ…、いい気になるなよ! 俺に触れられもしないくせに!!」


 未だ疲れを隠せていないながらも、ヒーローは俺に突撃してきた。


 「やっぱ、走るのは押せえんだな、これなら…」


 「うぐっ!?」


 ヒーローは、宙に浮くように、身体がむくっと上に上がった。


 両足を掴まれて、組体操のサボテンのような風だった。


 「雑魚ってこんなにも、気配ねえもんなんだな!」


 顔中ガーゼや包帯にまみれた大男が、ヒーローの動きを奪う。


 「なっ、なんだお前!?」


 「おんなじバイト先なのに、覚えてねえのかよ」


 「みっ…!? 三田村ぁぁぁ!!」


 「いっつも君付けのくせに、呼び捨てすんじゃねえよ。おい! 早くやれよ、生

徒会長」


 三田村は、俺に笑いかけた。


 「ったく、無茶しやがって、この脳みそ筋肉が…」


 強く、床を蹴った。


 「ひっ、ひぃっ…。うっ、嘘だ!! 俺が、こんなやつらに!!」


 押さえつけられたヒーローに近づいて、拳を固めながら顔の高さまで跳んで、


 「俺の長所は、誰にも負けねえ努力だバカヤロー!!!」


 グーでは死ぬかもしれないので、弓を引くように中指を親指で強く押さえつけ

て、強烈なデコピンを放った。


 「ぎゃっ…!」


 ヒーローは、気絶した。


 良かった、殴らなくて。


 「うぉぉぉぉぉ!!」


 「きゃぁぁぁぁ!!」


 「よくやった!!!」


 強敵を倒したことへの一人一人の歓声が、大きな体育館を跳ね返った。


 「ヒデー!!」


 「ヒデくーん!!」


 ていうか、ばれてたのか。


 「やったな、生徒会長」


 三田村が、ヒーローの気絶を確認して俺に歩み寄る。


 「うっせ。てか、みんな知ってたのかよ」


 「お受験に夢中でSNS見てねえのかよ」


 「お受験ゆーな」


 「身バレってやつだな。ネットのオタクどももなめちゃいけねえな」


 「…だな」


 俺は、床にへたり込む。


 「強いな。お前も、間中も」


 三田村は、俺の方を見ない。俺も、三田村と目を合わせようとしなかった。互い

に照れていることが分かっていたから。


 「どうも」とだけ返答した。


 「っそ…」


 「ああ?」


 声が聞こえた。


 遠くからではなく、近くから。


 「クソッ」


 それは、三田村のものではなかった。


 「まさかっ…!」


 その瞬間、三田村は、壇上から突き落とされた。


 「三田村っ! …ぐっ」


 ヒーローが、あらぬことか、わざわざ自分から接触してきた。


 「お前…!?」


 驚いたのは、彼の覚醒だけではない。


 「こんなもの! なかったらよかったのに!! こんなことなら…こんなことな

ら!!! ああああああああああああああああああああああああ

あ!!!!!!!」


 全身に、光線銃の光と同じ色のものを纏ったヒーロー。


 光線銃を味方につけたのか。


 そもそも、光線銃には耐性があった? いやむしろ、吸収したのか。


 違う、と俺は、直感する。


 こいつのこの光は、思念だ。


 体外から溢れんばかりの思念を纏い、俺に絡みついた。


 「お前も!! いなかったことになれば良かったのに!!!」


 「なっ…何を!?」


 そう思ったのも束の間、一瞬にして無意識の暗闇に吸い込まれてしまった。




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