第3話 魔法の杖のようなもの
「どうなってんだこれ……」
足下の地面はアスファルトでは無く土と草。
街灯は1つも無く、代わりに大きな木がポツンポツンと立っている。
マイホームの近くには幹線道路があり、夜になっても絶え間なく車が走っている音が聞こえるはずなのだが、耳に入ってくるのは虫の鳴き声と葉が揺れて擦れる音。
自分の家のリビングから外に出て何歩か進んだだけにも関わらず、直樹は眼前に見知らぬ景色が広がっていることに驚きを隠せなかった。
あっという間に飛び出して行った歩斗と優衣、そしてささみの姿は全く見えない。
得も言われぬ不安に襲われながら後ろを振り向くと、そこにリビングの明かりと妻の姿が見えて少しだけ安堵する。
「俺、アイツら探してくるから、香織は家の中で待ってて」
「私も一緒に行くよ!」
「いや、もしアイツらが戻ってきた時、この家に誰も居なかったら不安になるだろうから、香織はそこで待っていた方が良いと思う。大丈夫、すぐ見つけてくるよ。自分ちの庭だし……」
と言いながら、直樹は到底"庭"とは思えない周囲の景色を見渡して苦笑いした。
「……うん、分かった。あっ、携帯持ってる?」
「おっと、忘れた。ソファの辺りに置きっぱなしかも」
直樹が言うと、香織はすぐに探してきて手渡した。
「ありがとう。それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
まるで会社に行く時のようなやり取りをして、直樹は"自分の家の庭"の探索を開始した。
携帯のライトを懐中電灯代わりにして目の前に向けると、まばらに生える木々が明かりに照らされて姿を現した。
「こりゃ完全にうちの狭い庭なんかじゃないな」
直樹は狐につままれたような顔をして、率直な感想を口からボソッと吐き出した。
ちょっとやそっとの時間じゃ処理しきれないほどの疑問が頭の中で渦巻いていたが、それをちまちま考えている暇は無い。
とにかく、この庭……いや"森"に飛び出して行った我が子たちを探さなければと、落ち葉混じりの土をサンダルで踏みしめながら歩き始めた。
「ったくアイツら、こんなまっ暗な中をなにも持たずに良く進んでいけるな」
田舎暮らしならまだしも、森や山からかけ離れた住宅街で生まれ育った息子と娘のどこに、そんな行動力があったのかと感心する直樹。
変な先入観や固定概念がない分、自由に動くことが出来る子どもの特権ってやつか。
ただ、裏を返せば危機管理能力の欠如だとも言えるよな……と、焦りや不安が加速度的に増していくのに比例して、直樹の歩幅は自然と広くなっていった。
「おーい、歩斗! 優衣!」
叫んでみたものの、その思いは闇の中にむなしく溶けていく。
「っていうかこれ、俺も迷子になってないか……」
直樹はその場に立ち止まり、前後左右を見回し、360度ほぼ同じ景色だと気付いて焦る。
ミイラ取りがミイラに……なんて言葉が脳裏をよぎったその時。
「……パ~。……パパ~、こっちこっち!!」
左斜め後ろ辺りから優衣の声が聞こえた。
「お、おう!! いま行く! 動くなよ!!」
直樹は声がした方向にライトを定めるや否や、すぐに走り出す。
ただでさえ運動不足気味な上、サンダルによる土の上での全力疾走はちょっとした拍子で足をグネらせそうな恐怖があったものの、ここでまた見失ったりなんかしたら後悔してもしきれないぞと、無我夢中で足を動かす。
そのおかげで、あっという間に声の元にたどり着いた。
「おお、優衣! 歩斗も! 大丈夫だったか!? よしよし、ほら、よしよし」
直樹は子ども達の姿を見つけるなり、駆け寄って思いきり抱きしめた。
「う~、パパくるしいよぉ~」
「マジやめろ~」
直樹にとっては感動の再会であり、子供たちを両手で思いきり抱きしめる。
だが、実際は時間にしてほんの数分程度の別れだっただけに、父と子の間には多少温度差があるようで、2人揃って体をくねらせて両腕から抜け出してしまった。
「なんだよなんだよ、もう少し感傷に浸らしてくれても……って、ん? これなんだ?」
直樹は、2人が居た場所のすぐ近く、どっしりと立っている太い木の下に何かが置いてあるのに気付いた。
「宝箱だよパパ! ねーお兄ちゃん?」
「うん。どう見ても宝箱じゃん。パパ大丈夫? 年取っちゃうと暗いとこ見づらくなっちゃうの?」
「そうそう、夜になると家に帰ってくるだけでも一苦労……って、おい! 箱っぽいことはパパだって分かるって。でも、なんで宝箱だって思うんだ?」
直樹は改めて木の下に置いてある箱に目をやった。
……明らかに宝箱じゃないか。
薄茶色地に金の装飾が施されてるデザインと良い、箱上部が丸みを帯びてる形状と良い、どこからどう見ても宝箱だった。
むしろ、これが宝箱じゃないとしたらクレームを付けたいぐらい宝箱感丸出しの宝箱。
とはいえ、今さらそこまで言うのは悔しいという謎の父プライドにより直樹は一言、
「ああ、そういや宝箱っぽいな」
と呟くだけに留めた。
「……って、それより、お前たちなんでこんな森の中でピンポイントに宝箱なんて見つけられたんだ? ライトも持って行かなかったのに──」
そう言いかけて、しまったと直樹は思った。
それはもう、年齢による目の性能差が如実に表れた結果に他ならないと。
ただ、子どもたちの興味はもう別の所に移動してしまっていた。
「ささみの後を追いかけて来ただけだよ!」
「そうそう。ささみ追っかけてたらこれ見つけてさ。めっちゃ気になるじゃんこれ! ねえパパ、開けて開けて!」
いや、肝心のささみの姿が見当たらないんだけど……と、直樹は苦笑い。
コイツら、完全に"ささみを心配して追いかける"より"宝箱を開ける"を優先してやがる。
子どもってヤツはつくづく残酷な生き物だぜ……なんて思いつつ、直樹自身も宝箱の中身が気にならないわけでは無かった。
すまん、ささみ!
開けたらすぐに探してやるから、あんまり遠くに行かないでその辺で待っててくれ!
……と、可愛いペットに対して自分勝手な注文を付けつつ、直樹は手に持っていた懐中電灯代わりの携帯を一旦ポケットの中にしまい、宝箱にそっと手を掛けた。
「よし、開けるぞ!」
「うん!」
「財宝こい!」
優衣と歩斗は直樹の両脇に陣取り、箱に向かって熱視線を送っていた。
「行くぞ……そら!」
直樹は、想像してたより少し重たかった宝箱のフタを力を込めて持ち上げる。
フタはある程度の角度まで開くと、ガタッという音とともに自然と向こう側に倒れた。
「さあ、中身はなんだ……」
直樹が宝箱の中を覗き込んだその時。
「うわっ!!!」
中から何かが飛び出してきて、直樹のお腹の辺りにぶつかった。
「いてっ! これはもしやミミックか……!? そうだミミック的な何かだ絶対……うう……パパはもうだめだ……歩斗……優衣……あとは任せた……ぐふぉ」
こうして、可愛い息子と娘を残し、父は遠いところへ旅立っ……ってなどいなかった。
「ささみ!」
「ほんとだ! ささみ~!!」
宝箱から飛び出してきたのは他でもない、涼坂家の愛猫ささみだった。
「にゃーん」
なに大袈裟に騒いでるの……と言わんばかりに鳴きながら、ささみは直樹を見上げる。
「……お、おう。ささみだったか。はは、脅かすなよコイツぅ、ははは。まあ、ささみはある意味ウチの宝だからな。そりゃ宝箱から飛び出してくるってわけだ、ははは」
直樹の渇いた笑いが、夜の森に吸い込まれていく。
「パパ! 何か入ってる!!」
歩斗が興奮気味に箱の中を指差した。
直樹は「どれどれ」と中を覗き込もうとしたが暗くてハッキリ見え、ポケットにしまったておいた携帯を取り出し、ライトを付けて箱の中に向けた。
「ん? こ……これは……?」
明かりに照らされて姿を現したのは茶色い物体だった。
形は長細く、ぱっと見の印象は"太い木の枝"。
「なにこれ、なにこれ!」
はしゃぎながら箱の中に手を突っ込もうとする優衣。
「ちょっと待って。危ない物かも知れないからな」
直樹は冷静な口調で娘を制する。
「ええ!? 大丈夫だよ! だって、この中に入ってたのに全然元気にしてるじゃん、ささみほら」
優衣が指差す先には、まるでリビングでくつろいでいるかのようにペロペロと毛づくろいするささみの姿。
「ま、まあ、そう言われればそうだな……よし。じゃあ、パパが取るから、な?」
そう言って頼りがいのある雰囲気を醸しだした直樹だったが、内心ドキドキしながら宝箱の中の何かをそっと握った。
ひんやりとしていて、木の肌を触ったような手触り。
野球のバッドぐらいの太さだが、表面は加工されていない生の木に近い。
「これは……魔法の杖……?」
箱の外に取り出して全体像を見た瞬間、直樹の頭の中にパッと思い浮かんだ言葉がそれだった。
直樹が握っていたのはその茶色い"魔法の杖"の真ん中部分。一方は先細っていて、もう一方は先に向かうほど太くなり、最後はリスの尻尾のようにくるんとカーブを描いていた。
その形はまさしく、ゲームや映画などに出てくる魔法使いが持ってるいるような、
「本当だ! 魔法使いが持ってるヤツっぽいや!」
直樹に似てファンタジーRPG好きな歩斗は、父のファーストインプレッションに同意。
ゲームはやるものの、ペットを育てたりファッションをコーデしたりするようカジュアル系が好きな優衣は、いまいちピンと来ていない様子だった。
「まあ、魔法の杖っぽいと言うだけで、本当に魔法が使えるわけはないだろうけどな。オモチャにしては良く出来て──」
直樹が言いかけたその時。
ガサゴソガサ!
風も吹いてないのに、近くの草むらが大きく揺れた。
宝箱のそばで毛づくろいしていたささみも、ハッとした表情で音がした方に顔を向けた。
3人と1匹の間に緊張感が走る。
「あっ、ママだよきっと! わたしたちがなかなか帰ってこないから、迎えにきたんだ!」
草むらに向かって無防備に走り出す優衣。
「おい、ちょっと待て!」
そう叫び、杖を持っていない方の腕を伸ばして止めようとする直樹だったが、無情にも握ろうとした娘の手はするりと抜けてしまう。
同時に、草むらから何かが勢いよく飛び出してきた。
「……スライム!」
その何かの一番近くにいた優衣が、その姿を見て叫んだ。
もはや"スライム形"と言っていいほどメジャーな形状は、魔法の杖にはピンと来なかった優衣の脳にも自然とすり込まれていたのだろう。
ただ、突然現れたそのスライムの色は定番の青ではなく、夜の闇から溶け出したかのような黒色だった。
「俺がさっき見たヤツ……とは違う! おい優衣、下がってろ!」
直樹は、黒いスライムにそこはかとない危うさを感じ取り、娘に指示を送った。
「パ……パパぁ……なんか足が動かないよぉ……」
優衣は黒スライムと正対したまま、顔だけなんとか後ろを向いて直樹に悲しげな眼差しを送った。
どうやら、軽いパニック状態に陥ってしまっているようだった。
「なにしてんだよユイ! こうなったらボクが……」
「いや待て」
妹のピンチを救うため、黒スライムに立ち向かおうとする歩斗の体を直樹が制する。
「なんだよパパ! このままじゃユイがやられちゃうよ!」
「大丈夫。なんて言ったってパパにはこれが……!」
直樹は右手に持った木の杖を目の前にかざした。
「おお出た! そうだ、魔法の杖!」
「ふふふ、な? これさえあればあんなスライムの一匹や二匹」
謎の自信をみなぎらせる直樹。
……が、その2秒後。
2つの不確定要素に気付いてしまった。
その杖が本当に、見た目の通り魔法の杖なのか。
そして……
「なあ歩斗、ちなみにこれ、どうやって使えば良いんだろうか?」
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