第9話 似たもの同士

 自分の言葉の勢いに、彼女も面食らったらしい。そのままの流れで、ぺらぺらと話し出す。


「ああいう雑魚は、リスナーかもしれないけどファンじゃないんですよ。アンチです、アンチ。殴ってやればよかった」

「殴ったらこっちが悪いって言われちゃうから、我慢できてよかったよ」

「そうですね、こんなことで炎上したら、面倒ですし」


 口をとがらせてから、彼女は歩き出す。


「わたしのファンは、あんなバカみたいなことしないんですよ。コメントでしかイキって来られないヘタレだし」

「優しいってこと?」


 聞き返せば、かすんでしまいそうな声で東間凪子は答える。


「……まあ、そうです」

「いいファンの人がたくさんいるんだね」

「配信スタイル的に、わたしにはアンチも多いんですよ。でも、それで媚びても仕方ないし」

「そうだね」

「だいたい、アニメキャラでもなければアイドルでもないVtuberなんて応援してる時点で、みんな普通より変わってるんですよ。きっと、ちょっと頭がよくて口が回るせいで、身近な友達も少なくて、わたしみたいにアンチが多いどこかの誰かで」


 言葉の余韻が、彼女の口元で滲んだ。


「わたしのファンは、わたしによく似てるんです。だから、バカみたいなファンもどきのことなんて構ってないで、本当のファンを大事にしたいんです。絶対に言ってやらないけど、誰も見てくれなかったら、“東間凪子”はいないのと同じですから」

「凪子ちゃんのファンの人たちって、幸せだね」

「そうですか?」

「だって、凪子ちゃんの愛情を一身に受けてるようなものだもん」

「はあ?!」


 足を止めないまま、彼女は声を上げてまた口をとがらせている。


「そういう甘ったるいのじゃないです。毎日、言葉でプロレスしてるようなものですから」

「仲がいいほど喧嘩するんだよ、きっと」

「もう、好きに言ってください」

 

 彼女は調子を取り戻したらしい。

 だから私は、ふと聞いてみた。


「私もさ、凪子ちゃんの配信、見てもいい?」


 東間凪子は黙ってしまった。


「凪子ちゃんが楽しそうにしてるの、嬉しいんだよね。それに、おしゃべりも面白いし」


 それは本当のことだ。教え子の輝く姿は、家庭教師ごときの私でさえ、嬉しく思う。彼女の軽妙な語り口を聞いているのも心地よい。妙なコメントを一蹴する姿も、誇らしい。

 

 全部言ってしまおうかと悩んでいたけれど、先に口を開いたのは彼女の方だった。


「……別に、センセイは会って話せるじゃないですか。わざわざ、配信見なくたって」

「それはそうなんだけどー……」


 東間凪子は、無口である。

 それでも彼女は、私の隣で小さく言った。


「……楽しそうなわたしなら、今のわたしで、十分じゃないですか?」


 消え入りそうな声は、“東間凪子”のものではなかった。

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