東間凪子は無口である
矢向 亜紀
第1章
第1話 東間凪子は無口である
もちろん、
世間の人からしたら意外なことかもしれないが、東間凪子は無口である。少なくとも、私が知る彼女は無口だ。大学二年の私が想像する“女子高生”と比べたら、それはもう、かなり無口な方だろう。その印象は、まだ彼女が高校生になったばかりの頃、初めて家庭教師として顔を合わせた時から、ずっと変わらない。
でも、彼女が陰気で引っ込み思案な雰囲気なのかと言えば、そういうわけではない。彼女の自室で勉強を教える際、彼女が口にする言葉は明瞭だ。私はそれに答えるだけだし、彼女はわからないこと以外は聞いてこない。だから、会話があまり長引かない。ただ、それだけのことだ。
「凪子ちゃん、テストの点数かなり上がったね」
「センセイのヤマが当たったおかげですよ。わたし、元々あの単元苦手だったんで」
言葉少ななやり取りだけでも、彼女の聡明さはよくわかる。それだけではない。彼女は、挨拶もお礼も適切なタイミングで口にする。
そう。東間凪子は実に、“適切”な対応ができる賢い高校生だ。
だから、これは意図的に彼女が作った、“壁”なのだろう。なんとなく、私はそう理解していた。そして、賢い彼女が、私たちの間に壁を設けることが適切だと考えたのならば。きっと彼女にとって、これが一番心地よい距離感なのだと、聞くまでもなく信じていた。
その距離感が少しずつ動き出したのは、なんでもない日のことだった。
大学で、授業の空き時間を友人たちと過ごしていた時。そのうちの一人が、スマートフォンの画面を見せてきた。聞くところによると、友人が最近ハマっている、Vtuberのゲーム実況なんだそうだ。
私がその手の動画を見たことがないと言えば、友人は驚いたような顔をして、途中まで見ていたらしい動画を再生し始めた。
「この子、コメントさばき上手いし、ゲーム強いし、ツンデレ美少女で人気なんだよ」
画面の右下に映るアニメみたいな顔が、歯切れ良く話している。紺色のブレザーを着た、黒髪にポニーテールの女の子。制服を着ているようだから、高校生だろうか。
『出ましたよ、みなさん。指示厨おじさん。懲りないですねー。いいのいいの、無視してください。わたしのプレイ見てたら、そのうち飽きるでしょ。思い通りに動かないから』
画面の右端を、縦長のレシートみたいにコメントが走っていく。友人に聞いてみれば、このコメントは、配信を見ていた誰かがリアルタイムで書き込んだものなんだそうだ。
私は、さらに友人に聞いてみる。
「じゃあさ、この人の口が、喋ってるのに合わせてが動いてるのはなんで?」
「そういうアプリがあるの。Vtuberの中の人の動きを反映して、これが動く」
「うそ。すごいね」
「
友人に笑われてしまう。だって、私はとにかくこういうエンターテイメントに疎いんだから、仕方がない。
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