恒星
「……正直私も非常に参考になるお話ではあるのですが、ひとまず仕事を終えてから講義した方が良い気がします」
と、不意にリアが正気に戻ったかのように正論を口走った。まったくもって彼女のいう通りである。
「そうだな、さっさと祭壇を立てて、腰を落ち着けて……いや、よく考えると暫く忙しいな。あまり言いたくないが現状は暫く
そう言ってスクロールから鉱石を幾つか取り出し、地面に円形を描くように並べる。
そのまま足を踏み鳴らすと、鉱石と地面が融解し、パキパキと音を響かせて地面から立体的かつ複雑に組み合わさった幾何学模様が生えて来る。まぁ……こんなもんか?
「さすがにここまで複雑だと脳が疲れるな……」
方陣の方が構造が単純な為に、この精度での形成系統魔術の複合行使は流石に少し疲労を覚えた。後で甘いものをこっそり食べるとしよう。
「す、すごい……この精度と品質の物をこんな一瞬で……」
「彫刻家としての才能もお有りなのでは?」
「時間ができたらいずれ彫刻にも挑戦してみたくはあるな、せっかくだし魔術彫刻の派閥でも作ってみようか?」
「面白そうですね」
満足げにうなずくリアを横目に、フェミアに視線を送ると彼女も精霊魔術の準備を始める。
「"風よ、風よ、手の内すり抜け星巡る風よ、汝は此処に有りて其処にあり。雛鳥の羽を撫で、雲海を巡り、星空を満たす。汝の耳は我が耳なりて、我が耳は汝が耳なりて、我が双眼は汝が瞳、汝が瞳は我が双眼"」
フェミアが詠唱を終えて制御に集中しているようなので、を行使してさらにその効果を広げる為にこちら側でも追加詠唱を行う。
「"風よ、風よ、汝が体躯は此処にあり、汝が褥は此処にあり、我らが地平を踏み荒らす者、その一切を我らは見つめる、その一切を我らは捉える」
室内にて風がざわめきたち、閉じていた窓が開け放たれ一陣の風が街へと飛び立って行くのが見えた。とりあえずは成功か。
「優しい詠唱だな」
「ルベドさんはやや攻撃的な詠唱ですね、私達の敵が居る事自体を許さないみたいな」
「世の中敵ばかりでな、いかんせん詠唱にも俺の苦労が出ているらしい」
冗談めかして言うとフェミアに苦笑いされた。リアは少し気まずい顔をしているが、まぁ……うん、色々気にしないでおく。
「さて、これで防諜は一段落ついたな。次は……どうするか、優先順位としては伯爵の連れてくる冒険者の確認なんだろうが、受け入れの時期が分からないから暫く冒険者ごっこでもするか」
「あの、僭越ながら」
そう言ってリアが言葉を遮る。
「なんだ、冒険にはついてこさせないぞ?」
「いえ、そうではなく……その」
「なんだ、ずいぶん勿体ぶるじゃないか」
「休まれてはいかがでしょうか?最近、というよりは私が仕えてから休みなく仕事をされています」
………………あっ!
「うむ……そういえばそうだった。昔は弟子が時期を見て街に連れ出されたりしていたから気にしていなかったが、仕事趣味なせいで倒れるまで仕事をする悪癖があった事を今思い出した」
そう思うと急に眠気が来た気がする。あっ、ダメなヤツだわこれ。
「すまん、少し……2日程寝るから後任せる」
不自然な意識の落ち方だが、本体は前の体と違って眠気を意識してしまうと、すぐ意識が落ちるのが―――――。
◇ ◇ ◇
「師匠!師匠ってば!」
目を開く。其処には見知った草原と、弟子の姿があった。
魔力を放ち、
捕らえられ、首を切り落とされる前に目があったのだ。何も信じず、世界を憎む瞳、なんとなくだが喧嘩を売られたような気がした。
私は……俺は、そんな狂った宿命を覆してみせる事にした。
何故愚かで哀れな小娘が世界を焼かねばならぬのか、そのような宿命など研究次第でどうとでもなる筈だと……俺の研究がたった一人の女子供すら救えない物だと言うのならば、俺に存在価値など無い。
結果として、元よりそう多くない魔力が半分になった。自らの定義が曖昧になった。だが、それがどうしたというのだ。俺の理論は正しい事が証明され、世界が救われ、少女が一人救われた。
「それで十分だ」
少女の注ぐ紅茶を見てそうつぶやくと、少女がピタリと機械のように手を止めてミルクと砂糖を手際よく注ぎ溶かし混ぜていく。
「久々のお休みだもん、師匠働きすぎだよ?」
「ああ、今は生身の肉体――――だからな、気をつけないと」
目を閉じて、風を感じる。
『アブナイヨ―――』
「師匠、せっかく紅茶入れたのに冷めちゃうよ」
「ん、ああ、すまないな」
紅茶に手を伸ばし、そっと飲み干す。うん、飲み慣れた紅茶の味だ。
「茶菓子もいっぱい用意したからね、どんどん食べて食べて!」
そう笑い、両肘をテーブルに、手に顎を乗せる弟子。
改めて顔を見ると、非常に愛らしい少女だと思う。出会った時よりも明るい表情が目立ち、見るものを魅了する
並の精神力では共に居るだけで彼女に心奪われてしまうだろう。彼女は生まれついての魔女にて魔性、そうあれと産み落とされた存在なのだ。
だが、瞳に宿る意思に最早世界を恨む感情は無い、あるのは……渇望。
そっと、一口焼き菓子を頬張る。
「それで、わざわざ夢にまで呼んで急用か?」
俺がそう言うと、少女の輪郭が歪んだ。
「なんだ、そういう事か」
少女の溶けた輪郭を中心にして、世界が炎で満ちた。恒星もかくやと言わんばかりの熱風に、思わず防護壁を貼るがそれでも尚周囲の大地がガラス化する程の熱風が吹き荒れている。
恐ろしい事にこれは攻撃魔術でもなんでもない、ただ其処に居て、中身を抑えていないだけでコレなのだ。
「流石に熱いな、いや……ただ少しの俺に会いたいとの思いでこの火力か、燃費が良くて大変結構な事だ」
夢の中、挙げ句障壁の中だというのに、息をするのも苦しい。息を少し吸い込む度に喉が焼ける程だ。
「師匠が悪いんだよ、何処かに行っちゃうから、ずっといっしょニいテくれナイカラ」
熱風の中央から、髪の長い弟子の姿が見えた。俺が彼女と戦った時と同じ長い髪に、ボロ布を纏った姿。だが体の大きさが違う為にボロ布から大切な場所がはためいてチラリと見せている。
「ただの使われなかった……器から漏れ出しただけの魔力塊が、方向性と意思を持つか。まったく、弟子の規格外さには呆れるばかりだ」
「アタシハ、ワタシダ」
「その言葉が、お前自身を偽物であると定義しているという事に気づかないか、哀れだよ」
足を踏み鳴らし、大地を変質させる。
「"惑星の羅針盤、森羅万象示す。我が双脚が踏みし
対惑星魔術、元来の行使であれば魔力は足りぬ。だが、此処にはコレを成す魔力塊がある。
「ワタシの、マリョく、をツカッタのカ!?」
「周囲の魔力が吸い込めるなら、他人からも吸い込めるに決まってるだろうが。通常の肉体があれば物質側で抵抗が働くが、魔力の塊であるお前であればこの程度息をするより容易い」
星が開き、星の双腕が天より降り注ぐ。
「お前の本体とやりあった時でさえ、万分の一にスケールダウンしての行使だ。1/1の終焉魔術、誉と受け取れ!」
そうして、双腕が世界を薙いだ。
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