第73話 陰キャな僕は天使を誘う




(あ、いつの間にか雪が降ってる)



 姉とそんなやりとりがあったのも束の間。緩やかに時は過ぎ、教室の僕の席から窓の外を見るとうっすらと雪が降っていた。


 現在は十二月二十三日の午後二時過ぎ。ちょうどクリスマスイブの前日であり、明日からは冬休みに突入である。天候は曇りで、終業式も終わり今はHRで担任の先生の冬休み中の注意事項の説明中。


 僕たち一年生は高校生活初めての冬休みだからうずうずと嬉しそうに笑みを浮かべているのが大多数だけど、一月に大学受験が控えている三年生はそうもいかないだろう。うん。


 何せ合格すれば天国、不合格だったら地獄……つまりは華の大学生活か辛い浪人生活が待ち構えているのだから。

 もしかしたらこれからの自分の一生を左右する大きな分かれ道と言っても過言ではない。


 大学に進学するという姉も仕上げの段階に入っているのか、部屋に籠って勉強する時間が増えたよ。無意識に緊張するときによくあるという『集中出来ないときに部屋の片付けを行なう』という奇行だけど、姉の部屋はそもそも綺麗に整理整頓されているのでそんなことはないらしい。


 クッキーの味見(夕食)をした後日、ふざけて姉に訊いてみたら『んなことねぇよ。アホ』って何気ない顔で罵倒された。解せぬ。


 因みにクラス内でのプレゼント交換では(外から見れば)清楚で美人で優しい副生徒会長という立場にあることから、もうそれはそれは姉の手作りクッキーを求めて白熱した取り合いになったらしいよ。主に男子がね。


 絶対姉のことだから、『あはは、しょうがないですね……』って困った表情をしつつ内心では『ほら私からのご褒美だ取り合え野郎ども』的な感じで優越感を感じていた事だろう。


 それはもうオスゴリラを侍らせる逆ハーファンキーゴリラの如く!!


 ……あっ、なんか寒気したごめんなさい大学センター試験に向けて頑張ってくださいねーちゃん!!



「……とくん、…………来人くん?」

「ん、風花さん……? 今は先生が話してる途中じゃ……?」

「来人くんが窓の外を見て黄昏たそがれているときにもう挨拶まで終わっちゃったよぉ?」

「いつの間に!?」

「いつの間にぃ」



 そう言うとにへらと微笑む天使がそこにいたのであった……(ごくり)。どうやら姉の輝かしい将来に思いを馳せているうちに先生のお話と同時にHRが終わったみたい。


 風花さんが筆記用具などの荷物をバッグに入れ始めるのを見て僕もその動作にならう。


 はぁ、彼女から肩を叩かれるまで気が付かないとか僕って思い詰め過ぎじゃない?


 ………………。


 と、いうのもだ。姉と"夢"(というか途中で僕のことになったけど)について話して以来、そろそろ覚悟して勇気を出さなきゃいけないと思い始めていたからだ。


 つまりそれは、僕の"中学時代に起こった出来事"を風花さんに打ち明けること。僕に向き合ってくれている彼女に、僕のことを知ってほしいという思いが強くなったんだ。

 なによりこの出来事を話せなきゃ、本当の意味で自分自身に向き合っているとは言えないから。



(……でも、それを打ち明けるタイミングが今のところないんだよなぁ)



 僕の"トラウマ"の原因たるその話をするには登下校や教室の中、コンビニのイートインスペースなどでは場違い感がすごい。


 かといって長時間話せるに相応ふさわしい最適な場所も思いつかない。いったいどこで、どういう風に話したらいいのか……と葛藤したり悩んでいる内に冬休み直前まで来ていてしまったというわけだよ。


 あーっ、もう僕ってばウジウジし過ぎ(やけくそ)!


 内心自分の意思決定力の低さ加減にもやもやしていると、隣の風花さんから声が聞こえた。



「よしぃ! ロッカーの中の教科書も綺麗にしたしぃ……来人くんは大丈夫ぅ?」

「ん……あぁうん! 僕も大丈夫だよ」

「……そっかぁ、それじゃあ一緒に帰ろぉ?」

「うん、わかった」



 風花さんに打ち明けられないまま冬休みを迎えることに心が重くなったけど、黒のコートを羽織った僕はそのまま彼女と共に教室を出て、帰路に着くのであった。







「……でねぇ、その小説の猫ちゃんがすっごく可愛くてさぁ! スマホで画像を調べてたらもう色んな種類の猫ちゃんが出てきてぇ、思わず悶えちゃったぁ♪」

「へー、そうなんだ」



 自宅への帰り道、僕らは傘を差して談笑しながら歩道を歩いていた。教室を出る前から続く真っ白な雪がうっすらと空を舞う。

 ふと視線を前に向けると、視界の端には車道と歩道の間の高低差による水だまりがずっと続いているのが映り込んでいた。


 それも一瞬、すぐに風花さんの声に引き戻される。彼女は制服の上にベージュ色のダッフルコートにマフラー、手袋とあったかい格好をしながらとても嬉しそうに昨日見た小説のことを話しているのだけれど、それに対して僕は感情の籠っていない相槌ばかり。


 理由は分かってる。中学での出来事を打ち明けるタイミングがなかなか掴めないでいるからだ。


 その出来事を風花さんに話す覚悟はもうとっくに出来ている。だけど、肝心のそれを言い出すきっかけがどうも思い浮かばない。



(あれ、僕って今まで風花さんと会話をするとき、どんなことから話してたんだっけ……? あぁ駄目だ、考えれば考えるだけ分からなくなってくる!!)



 いきなり脈絡も無く話しては風花さんにとって迷惑だろうし、なによりこれは聴いている方も辛くなるかもしれない物語だ。とても優しい、他人を思いやれる心を持った風花さんなら尚更だと思う。


 なら、話さない方が良いのか?


 ……ははっ、明日から始まる冬休みの期間や、これからの高校生活もまだ二年あるんだ。なら今だけは風花さんの話す言葉に耳を傾けて、覚悟を胸にしまう。そうすればきっと、高校生活の日々を送る内に、風花さんに打ち明ける機会が自然にやってきて―――、


 ………………。


 ―――いや、それは駄目だ。



「……来人くん? 教室を出るときから思ってたけどぉ、なんだか元気がないよねぇ?」

「………………」

「あ、あのねぇ、もし良かったらだけどぉ、私で良ければお話訊きたいなぁー、なんてぇ……!」

「風花さん、あのさ……!」



 僕がその言葉の先を紡ごうと、道路側を歩いている風花さんへと視線をやったその瞬間。彼女の背後側から、水しぶきを上げて走る一台の大きなトラックが見えた。



「……ッ!!」

「ひゃあ……っ!!」



 このままでは風花さんに泥水が掛かってしまう。咄嗟とっさにそう判断した僕は、傘を捨てながら急いで彼女の手を掴んで―――覆い隠すように身体ごと抱き寄せた。


 そのまま身体を反転させると、直ぐ僕の後ろでトラックが過ぎ去る轟音と共に背中に冷たい泥水が掛かった感覚がじんわりと広がる。


 季節は冬で気温が低く、さらに雪が混じった泥水が僕の背中と足に勢い良く掛かったのですっごく冷たい。

 でも、今の僕にはそんな些細なことはまったく気にならなかった。


 僕は肩を掴みながらゆっくり風花さんを離すと、彼女の身体が濡れてしまっていないか確認する。どうやら覆うように抱きしめたおかげで無事濡れずに済んだようだった。


 当の彼女は視線を揺らしながら顔を真っ赤にさせる。それに構わず、僕は彼女を守れたことにホッとしながら言葉を紡いだ。



「―――良かった、風花さんが無事で」

「ら、来人くん……っ!? ででででもぉ、身体がびしょ濡れだよぉ……!?」



 どうしよぅ、どうしよぅ……っ!! とあたふたとさせている風花さん。あはは、びしょ濡れな僕のことを心配してくれるのは嬉しいな。


 ……でもね。今の僕の状態なんて気にならないくらい―――風花さんに訊いて欲し・・・・・・・・・・いことがある・・・・・・


 逃げちゃ駄目だ。"覚悟"という熱が冷めないうちに、伝えなきゃ。



「風花さん。今日このあと時間ある?」

「え……? う、うん……ぜ、全然大丈夫だけどぉ……?」

「それならっ、良ければ、だけど……っ! ―――僕と一緒に、僕の家にきてほしい、です……!」

「………………ふぇっ?」



 僕は、風花さんの瞳をしっかりと見つめながらそう伝えた。




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