第三幕 天使との距離
第60話 陰キャな僕は夢を見る
―――夢を、見ていた。
『あいつって勉強出来るだけでホントなに話してもつまんねーよな』
『頭が良いってだけでオレらのグループに入れてやってるのにな』
『痛い……っ! はな、して……っ!』
『……ッ! ちょっとアンタ何やってんのよ!』
痛みを訴える声と責める視線が、何度も……何度も。
『アイツ無視されてやんの。ざまぁないよな』
『今までキモオタ隠して報いだろ、あのクソがり勉』
黒い鎖で
光が、届かなくて。
息苦しくて、心を押し殺すのが、辛くて……。
でも、そのとき、
『―――私は、好きだけどなぁ』
長い黒髪の少女が、僕を見て優しく微笑んでいた。
◇
「…………はっ」
目を覚ました僕は、見慣れた天井をまっすぐに見つめる。目をパチクリさせながらゆっくりと起き上がると、寝間着がぴったりと肌に張り付いている感覚があった。……うん、気持ち悪い。
「久しぶりに見たな……あの夢」
夢、というよりも正しくは中学の頃の記憶なのだけれど。高校に入学してからは頻繁に夢には出てこなかったし、風花さんと会話するようになってからは久しく忘れていたけど……正直あれを思い出すと、気分がすごく沈む。
でも、今まで夢にはまったくでてこなかった女の子のことが気になった。なんで今回あの少女が夢に出てきたのか不思議に思うも、僕は自然に声を紡いでしまう。
「今、何してるのかな? 元気だといいんだけれど……あの
僕は中学三年の夏休みの時に出会った少女のことを思い出す。図書館で出会って、仲良くなって…。でも、それ以上親しくなるのが、怖くなって、それで逃げた。
彼女にはとても申し訳ないことをしたと思う。せっかく彼女の方から話し掛けてくれたのに、あの時の僕は何もかもが嫌になって拒絶したのだから。
「……シャワー浴びよう」
はぁ。久々にあの夢を見たせいか、
「はぁ…………」
シャワーを浴びて制服に着替えた僕は、高校へと向かう為に通学路を歩いていた。
朝、僕の部屋から出ると、浴室に向かう前に母さんに朝食はいらないことを伝えた。シャワーを浴びてからリビングへと戻ると父さんだけが朝食を食べながら新聞紙を広げている。
どうやら姉は生徒会の仕事があるらしく、一足先に高校へと向かったらしい。
シャワーを浴びている間に気分がすっきりするかもと考えたけど、簡単には切り替えられなかった。そして僕はこうして
ふと、
「そっか。もう、秋なんだよな……」
その落ち葉は赤色や黄色、茶色が入り混じっていた。冷たさを含んだ風が吹き、落ち葉がからからと音を立てて道路へ運ぶ。
―――そう、体育祭が終わってから約二か月ちょっと。あっという間に十一月の中旬になり、季節は秋へと突入していた。現在は休日明けの月曜日。
体育祭が終わるとその約二週間後には高校二大行事(体育祭と学園祭)の一つである『
白亜祭では各クラスで屋台や出し物をするのだけれど、一年生の僕たちのクラスは『タピオカジュース』の屋台。当然、天使と名高い風花さんのいるクラスなので大盛況だった。
……その休憩時間に風花さんとシミュレーション的なことを行なったのはまた別のお話。
「はぁ……風花さんってやっぱり可愛いよなぁ」
「……ーい、……ん!」
白亜祭での風花さんの格好を思い出しながら僕は呟く。
主にクラスの女子が接客をしていたのだけれど、その中で飛びぬけて可愛かったのが風花さんである。
「その上性格まで良くて、優しくて。みんなに好かれて……」
「ねぇ、来人くん、来人くんってばぁ!」
うーん……。今更だけど、どうして風花さんはこんな僕に優しくしてくれるんだろう。高校に入学して、風花さんに話しかけられるまでぼっちとして静かに過ごしていたのに。ラノベを読んで、ただ無気力に高校の日々を過ごすだけだったのに。
自信が無くて自分から他の人に話しかけられず、友達作りもままならなくて読書に
……結局、前に進んだと思い込んでいても、僕の心に根付いている臆病さは未だなくなっていない。
僕なんて、多少勉強ができるくらいのラノベ好きで、根暗で、顔面偏差値平均以下の陰キャなのだ。
「それに比べて僕なんて……」
「ねぇ無視しないでよぉ来人くん! もう来人くん、
「え……?」
前で何かにぶつかった感触がして、思わず声を洩らしながら立ち止まる。家を出てからというもの、ぼうっとしていたせいで気が付かなかったけど、そのぶつかった感触は柔らかかった。
意識が現実へと引き戻される。僕がぶつかってしまった正体を改めて見ると、その子は四つ葉のクローバーの髪留めをしたゆるふわカールの茶髪の女の子だった。
僕が誰にぶつかったのかすぐに分かると、彼女に焦点を合わせながら声を震わせた。
「ふ、風花さん……っ!?」
「もぅ、やっと気づいてくれたぁ……! えへへぇ、おはよう、来人くん!」
地べたに両手をつきながら尻もちをついた天使は、僕を見上げるようにして明るく挨拶をしたのだった。
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