第56話 天使と雨と体育祭 6
立ち上がりながらも心の中でそう意を決していると、三年生チームのメンバーの一人がサーブを行ない試合再開。先程の姉がすぐにスパイクを決めてしまった試合とは異なり、今回は風花さんたちのチームは辛抱強く守りに徹しているようだ。
熱気と共に、未だコートを囲う歓声は鳴り止まない。
あと長く続く流れをみて少し分かったことだけど、どうやら互いのチームはそれぞれ『天使』と『女神』を主軸にした戦い方をしている。
ほぼスパイク時にねーちゃんと風花さんにボールを回しているのがその証拠。
(でもこのままじゃ風花さんがいる一年生チームが不利なことには変わりない……っ! 守りに徹していてもどのみち体力が消耗するし、相手にねーちゃんがいるならなおさら積極的に攻撃した方が良い……!)
さらに試合では、点数差が大きく離れているなどの精神的な面がダイレクトに身体的な疲労に直結しやすい。現に風花さんは肩で息をしているし、徐々に反応も遅れているように見える。
まぁそれもそうだよね……今まで風花さんを主軸とした戦法で試合をしていて疲れないわけがないんだよ……っ! あ、因みに姉は体力お化けなのでノーコメント。
……でも、風花さんのボールを追う反応が鈍くなったとしても、汗だくになって辛そうにふらふらしていても、彼女の瞳に宿る輝きはまだ失われていない! ……当然風花さんが持つ可愛さもだよ!
(風花さん、あんなに頑張って……っ!)
僕は普段の風花さんとは異なる必死な表情に胸を押さえる。この目の前の試合を一生懸命
僕はここでただ見ているだけでいいのか。観客の中に紛れて、祈るようにただ指を咥えてこの試合を見届けるだけでいいのか。
(―――いや、それは違うだろう阿久津来人。たとえ不必要に周囲の視線を集めたり、人混みの中で大きな声を出すみたいな目立つような行為が苦手だとしても、こんな大勢の視線に晒されている風花さんが周囲の期待などのプレッシャーの中ここまで頑張っているんだ……!)
そう思いながら、コード上でボールを追いかける風花さんの真っ直ぐな姿に僕は釘付けになる。いつの間にか暑さを忘れ、まるですべての景色がスローモーションになったかように周囲の歓声や喧騒が全く耳に入らない。
どくん、どくんと心臓の鼓動だけが僕の中を支配する。
途端に胸の奥が苦しく感じる。冷笑、嘲笑、軽蔑……かつて中学の頃に周囲から僕に向けられた明確な悪意を思い出す。
それでも、これまでの風花さんとの日々とこれからのことを考えると心がふっと軽くなるような気がした。同時に、今のように安易な方向に流れるままで良いのかと。
僕は自分を見つめる為に、胸に拳を置いてぎゅっと目を
心の中で応援、か……。うん、願うだけじゃ、言葉にしなきゃ……想いは伝わらないよね。この
僕は目を開くと勇気を出して大きく息を吸う。そして僕自身もいつか風花さんの隣に居ても恥ずかしくないように、さらに前に進むべく口を開いた。
「風花さんっ! 頑張れぇーーーっっっ!!!!」
「…………ッ!!」
久しぶりに喉から出した大声。きっと僕のこの声は周囲の生徒が出す声よりも小さく、簡単に周囲の歓声に埋もれてしまうのだろう。試合に集中している風花さんに届いているかどうかも分からない。
それでも僕は大声を出す中で彼女に伝えたかった。僕はここにいる、僕はここで観てるよって。
小さい一歩だけれど、大きく前進したよって……っ!
そんな思いを秘めながら風花さんを見つめる。すると、今まで
「ふっ―――ッ!?」
「しぃ……っ! こっちちょうだぁい……っ!」
相手のメンバーがフェイントでコート端のライン際にボールを落とすも、風花さんはフライングしながらレシーブ。近くのメンバーに声を掛けると、すぐさま立ち直り助走をつけ―――、
「はぁ……っ!!」
バァンッ!! と三年生コートに思いきりスパイクを叩き付けたのだった。鳴り響く笛の音と共に点数が一年生チームに加算。
劣勢だった一年生がスパイクを決めたことにより周囲の歓声は一段と高くなるけど、一方の僕はしばし呆然とする。間もなくして風花さんが点数を決めたという事実を理解すると、僕は思いっきり拳を力強く握ったのであった。
よっし、よっし、よっし(グッ)!! あの辛そうな状態から点数をもぎ取るなんてさすが風花さん! カッコいいー! 良い笑顔ー! 超絶カワイイー! その背中に純白の翼が生えてるのかーいっ!
僕は周囲の観客に紛れて何度も拳をグッ、グッとしていると、一年生メンバー内で称賛されて笑みを浮かべていた風花さんが観客の方向へと視線を向ける。
……いや、僕の瞳が正常であれば、たぶん彼女は僕へと顔を向けていた。そして、にへらっと笑みを浮かべる。
「えへへぇ、やったぁ! ありがとねぇー!」
風花さんが明るく声をあげながら手を振ると、すぐさま観客へと見渡すように視線を流す。その後、僕がこの試合で聞いた中で一番の観客の声が体育館に響き渡った。
それも男子だけではなく、女子の甲高い声が入り混じった明るい歓声。
三年生との接戦中に『天使』と呼ばれる可愛らしい風花さんが汗を流して必死に喰らい付いた果てにスパイクを決め、さらに興奮の熱が止まない観客に向けて笑顔で手を振ったのだから、男女ともにその懸命な姿に魅了されてもおかしくはないだろう。
僕はそんなことを頭の
(もしかして聞こえてた、のかな……? だとしたら、すっごく嬉しい……!)
じんわりと胸の奥に心地よい暖かさが広がる。不明瞭だった視界が晴れたような、勇気を出して良かったと思えるほどの安堵感。
僕は口元を押さえながらも余韻に浸っていたかったけど、そんな合間にも試合はどんどん進んでいく。
その後両チームとも一歩も引かない試合を繰り広げていくけど、風花さんや彼女含めた一年生メンバーの連携によりどんどん三年生との点数の差を縮めていく。どうやら風花さんが決めたスパイクで調子を取り戻したらしい。
そしてついに得点板の点数が『24対25』となる。バレー部顔負けの接戦を果たし、現在三年生が一点リードしてる形だ。
中盤は一年生チームによる怒涛の巻き返しに終始興奮が止まない様子だった周囲の観客も、今では互いのチームの行く末を見守るように静けさを保っていた。
当然、その中には僕もいる。ここまで追い上げてきたのだから、もういっそのこと風花さんのいる一年生チームに勝利して欲しいけど……同様にここまで奮闘してきた姉のいる三年生チームへの称賛もあるから僕の心中は正直複雑だよ。
それはおそらく、この試合を見ている観客も全員同じ気持ちだと思う。
サーブ権は三年生チーム。手に馴染ませるようにして数回
審判の先生がホイッスルを鳴らす。息をゆっくりと吐くとボールを回転させながら空中に高く上げて助走、ジャンプするとスパイクのように打ちこんだ。
「ふぅ……っ!!」
いわゆる上級者向けの"ジャンプサーブ"という難易度が高い技。
……はぁ、さっすがねーちゃん。あんなんバレー経験者でも出来る奴は限られてると思うよ(唖然)。
その激しいドライブ回転のボールの行き先を見ると、そこにはレシーブの姿勢をとる風花さんの姿があった。姉はジャンプサーブを成功させるだけでは無くて、さらに風花さんの位置へと指向性を定めたのだろう。
正確に打ち出されたボールは、まるで獰猛な狼が迫り来るように風花さんへ襲い掛かった。
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