第54話 天使と雨と体育祭 4




「さっきのウチのクラスの試合、勝ったってことはまだ試合あるんだもんね。教室に行って机にスポドリ置いた後、まだ早いだろうけどお昼食べるかぁ……」



 結局、両手にスポドリだった僕はそのまま教室に向かう。さっきの風花さんの普段見ない貴重な可愛い慌てぶりに感慨深さをしみじみ思いながら階段を昇って廊下に出ると、女子らしく甲高い笑い声や教室の明かりが洩れていた。


 九時三十分に体育祭が始まってから二時間ちょっと経つけど、僕と同じような考えの生徒もいるのか、電灯がついた教室には同級生のクラスメイトである女子三人が笑い声をあげながら世間話をしていたり、眼鏡を掛けた大人しそうな女子が一人で物静かに本を読んだりしていた。


 他のクラスメイトのほとんどはクラス内の雰囲気が普段陽キャなノリなので真面目にも体育館で試合に出たり観戦したりしていると思うんだけど、おそらく今ここにいる人らは体育祭への関心が全くないのだろう。たぶん。


 僕が教室に入ろうとすると今まで談笑していたクラスメイトの顔や視線が一瞬だけ僕の方へと向き、話し声がぴたりと止む。やがて何事も無かったかのように少しだけ声のボリュームを下げてまた会話に華を咲かせた。


 これまで幾度も経験した・・・・・・・嫌な静寂。


 思わず当時の様子がフラッシュバックするけど、気丈に普段どおりの表情を湛えたまま僕は風花さんの机にその片方を置く。

 窓の奥の景色を見ると結構雨が降っていて薄暗い。空気はじめじめしており、このペットボトルの表面に浮かんだ水滴がいくつも下に流れることからこの暑さが伺えるだろう。はぁ、ユウウツー……。


 僕は自身の机の横のフックに下がっている小さな保冷バッグを手に持ちながら廊下に出る。そして再度ひとつ溜息。



(あーいやだいやだ。くっそう、どっか別の場所でサンドイッチ食べちゃお。あ、その前に風花さんにスポドリのこと伝えないと……!)



 淑やかさとはかけ離れた雨の音を聞きながら廊下を歩く。

 いつもは昼休憩の時間のみ食事が許されているが、体育祭や文化祭といったイベント系の際は各自の判断で食事を摂って良いことになっている。


 ぶっちゃけこういうとき僕みたいなぼっちは辛いよね……っ! 普段の教室に多くのクラスメイトがいる風景に紛れると幾分かマシだけど、今回のようなイベント中に教室に行くと疎外感が強調されるんだよね。……たぶん、そう考えているのは僕だけだと思うけど。


 って考えるとさっきの一人だけ読書してた女子凄いな……っ! ……えーっと、名前なんだったっけなぁ? 確か図書委員していた筈だけど、名前がどうしても思い出せない。


 うーん、うーん……まぁいっか(失礼)!


 いずれ分かるだろうと、僕は風花さんへSNSのトークで『飲み物机の上に置いたからね!』と勇気を出して文章を送る。


 そうして今日の朝珍しく姉が調理したサンドイッチを小さな空き教室でもぐもぐと食べる。早く食べて風花さんの活躍する姿を目に焼き付けようと考えていたけど、スマホでウェブ小説を暫く楽しんでいたのだった。







 ………………ふぅ。読み終わったし早く体育館に……っ!



「……うわっ、もう二時過ぎか!」



 僕は思わず目を剥きながら驚く。


 食べ終えたら体育館に行こうと考えていた僕は急いでサンドイッチをもぐもぐしながらもウェブ小説を巡回していたけど、偶然目についたある小説を見ていたらこんなにも時間が経ってたよ……!


 まさかここまで掴んで離さないとはね『百合』……っ! いやぁ、剣と魔法入り乱れるファンタジーの世界で、身長が高くて小さいがコンプレックスな可愛い女の子同士が出会って、タッグを組んで切磋琢磨したりピンチに遭遇する内に互いにいなくてはいけない存在になって肌を暖め合う内に恋に落ちるとかもう繊細な描写かつ丁寧な文章でもう没入感MAXテンション爆アゲでしたわ(滲むオタク感)!!

 

 書籍化しないかな絶対に買うよ僕!!


 と内心興奮しながらも急いで僕は体育館へと向かう。……まぁ僕が急いでいたとしてもはたから見れば実際は遅いんでしょうけどね!!



「しまったな……! 風花さんが出る試合、もう全部終わってなきゃいいけど……っ!」



 そうして体育館の扉の前までやって来た僕。ばんっ、ばんっ、とボールが強くはずむ音が扉越しでも聞こえる。教室でも出来事を思い出しつつ荒れた息を整えた僕は、緊張しながらも意を決して重い扉を開ける。

 その瞬間、むわっとした熱と共に―――、



 "わぁぁぁぁぁっ!!!!"



「ひっ…………っ!!」



 男女入り混じった、轟音のようなびりびりとした歓声が僕と空気を震わせた。びっくりして思わず情けない悲鳴が僕の口から洩れるけど、止まない音にすぐにもれる。

 ふぅ、誰も僕なんかを見ていなくて安心したぁ(自意識過剰)……!


 情報を取り入れようと僕は肩をすくめながらも辺りを見渡す。どうやら多くの生徒がコートを囲むように現在行われている試合を見ているようで、現在体育館の中心では女子のバレーの試合が行われていた。


 この様子を見る限り、男子のバスケはもう全試合終了したのかな……? まぁ野郎どものむさ苦しい試合よりも、女の子が協力しながら頑張って汗を流している姿の方が眼福がんぷくなんだけどね! 特に風花さんならなお良し!


 やっばい、さっき読んだ百合小説の影響で妄想もうそうはかどるっふぅぅぅぅ!!


 と脳内の2Dな小さい僕が全……正座待機してたけど、それはともかくこれは明らかに僕が午前中に見ていた試合よりもボルテージが上昇した試合。



「熱気と歓声がすごいなぁ……! いったい、どのクラスが戦ってるんだろ……!?」



 こんな注目を浴びるほどの試合をいったいどのクラス同士が繰り広げているのかと疑問に思った瞬間、コート上に立っている風花さんの姿が見えた。



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