第8話 陰キャ男子と天使とのメモ交換 2
その後先生をジト目で見ていた僕だが、授業に集中出来ていないことに気が付いた。
いけないいけない。勉強が出来なければただのラノベ好き陰キャに成り下がってしまう……! 今まで暗闇(ヅラ)に隠された衝撃の(肌色が剥き出しな)真実に動揺が隠せない僕だけれども、改めて一旦心を落ち着かせる為に目を
心頭滅却、心頭滅却……。|ときおり僕の脳裏に先生のヅラがずれた光景がこんにちはするが、容赦なく残っている毛根ごとさようならを告げて追いやる。
……いや、それだとヅラの奥でハゲ散らかっているであろう毛髪に可哀想だな。ごめんごめん。
すると僕の机の端からかさりという音が聞こえた。目を開けると四角に折られた紙片が置いてある。どうやら風花さんが次のメモを書いたようだ。
隣に視線を向けると、彼女は少しだけぷるぷると片手で表情を覆い隠して震えていた。
『ハゲ整ってたのにねぇ?』
「ぶはっ……! ごほんごほんっ」
吹きだしてしまった声をなんとか誤魔化す。
駄目だ、今の笑いのツボが浅くなった僕にその言葉は効く……っ! ただ言い方を変えただけなのに、風花さんが言うだけで面白いのは何故だろう。
きっとゆるふわ系美少女で『天使』である風花さんが、そうゆったり話す場面を簡単に想像できるからだ。そうに違いない。
僕も風花さんにルーズリーフをあらかじめ切った物をメモ用紙として、文字を書いて机の上に置く。
『風花さん、最っ高』
いや風花さん、本当にこんな思い出しがいのあるネタ……ごほん、情報を提供してくれてありがとう。事実を知った今では、中川先生をギャップ萌え(笑)のあるカワイイ人にしか見えなくなったよ。
みんなに愛されてるね、中川ぁ。
さて、そんな事があった中でもいつもと変わらず授業は進んでいく。
もちろんメモ交換シミュレーションは継続しているので、風花さんから『兄弟はいるのぉ?』とか『休日はなにしてるのぉ?』といった内容のメモが僕の机に置かれた。
別段隠すようなことでもないので『歳二つ上のやべぇゴリラが一人いるよ』と『ひたすら読書やソシャゲ』って書いたよ。
うん、全部事実だから問題ないよねっ?
……思えば僕って、高校入学してから休日はコンビニに行ったりする以外ずっと家にこもってない? 休みの日ってあんまり出掛ける気力が無いんだよねぇ……。
よくラノベとかウェブ小説の主人公は用事も無く出かけた先にヒロインと出会ってなんか色々遊ぶことになったり、ヒロインと一緒に遊ぶ約束をしたりして遠方にまで出向いたりするけど、僕にはそもそもそんな友達とかましてや女友達なんて今いないし。
あれ、なんだか視界が霞むや……っ。
と、僕が心の中で涙を流していると隣の風花さんが四つに折りたたまれた紙片を差し出してきた。表情を見ると何かを察したようにこちらを見て微笑んでいる。
トゥンクッ。
―――風花さん、キミはやっぱり天使だよ。こんな陰キャな僕にまで気遣いの心や慈愛の籠った瞳で見つめてくるなんてさ。
この娘の漂わせるゆるふわな雰囲気は僕の悲しげな心までも払拭してくれる。さしずめこの紙片は溢れる涙を
僕は風花さんに微笑み返すとその紙片をありがたく受け取る。ん、少しだけ紙が大きいな。
さて、この中にはいったい何が書かれているんだろうと穏やかな気持ちで開けると、
『今日の私のブラの色、なーんだぁ?』
………………おぅ。
ぴしゃん、と僕の中で電流が
この天使……っ、可愛らしい丸っこい字でいきなりなんちゅーこと書いてるんだ……っ!?
僕が隣の風花さんをばっと勢いよく見ると、彼女は猫のように口元をにゅふりと曲げながらこちらをじっと見つめて微笑んでいる。
その視線に射抜かれた僕は途端に恥ずかしく感じ、前に視線を戻した。顔が熱い。鏡が無いからわからないけど、きっと真っ赤だろう。
どどど、動揺なんて、しししししてないぞぅ……! と震えるチワワのように虚勢を張りつつも、どうしていきなりそんな脈絡も無い事を訊いてきたのかとかどういう意図があって書いてきたのかなど、そんな考えがぐるぐると頭を駆け巡る。
というかさっきのハゲ話よりも刺激が強いんですけどォ!? でもあれは確かにジャブだね、こっちが本命のストレートだ。だってさっきよりも自分でわかるくらい凄く心に響いてるもん。
確かに小悪魔系やミステリアス系のキャラなら好意を寄せる主人公に対してこんなラブコメ染みたやりとりがあっても良いのかもしれないけど、これってあくまでもシミュレーションだよねぇ……!? さすがにゆるふわ系美少女な風花さんが僕にこんなラブコメを仕掛けてくるとは思わなかった……っ。
……あっ、そうか閃いた! これはあくまでもシチュエーション。実際に風花さんの下着のことではないと見た!
そう考えたら気が楽になった。うん、心に余裕が出来るね。今日の僕冴えてるぅ!
だが再び紙片に視線を戻すと、僕は一番下に小さい文字で何か書かれている事に気付く。目を凝らして注視すると―――、
『三択でぇーす。白・黒・赤♡』
まさかの
リアリティが増した選択肢を見て、僕の心に築き上げていた対風花さん武装が音を立てて崩れ落ちた。僕は胸の動悸が激しくなっていくのが分かり、胸の中心を片手で押さえつける。
同時に、想像してしまった。各色の下着を身に付けた風花さんが、『天使』が可愛いポーズをとっている場面を………ッ!!
なにそれめっちゃかわいいんですけど(真顔)。
もう僕は授業に集中できない事を悟る。
ごめんな中川ぁ。僕、今日はハゲ三昧である貴様の授業なんぞより『天使』が一生懸命頑張るメモ交換シミュレーションに力を入れるよ。じゃないと恋する気持ちを理解しようと身体を張る風花さんに失礼だからね。うん、可愛いは正義。
と、僕は引き続き風花さんの可愛い姿を想像しながら深く悩んでいると、机に新たに紙片が置かれる。
僕は若干興奮で汗ばんでしまった手でかさり、という音と共にゆっくりと開いた。すると、
『私のことぉ、もっと見て?』
そこにはそんな言葉が書かれていた。一瞬なんのことかわからなかったが、僕はとりあえず書かれている通り風花さんへと視線を向ける。
表情をにへらとした風花さんは、顔をこちらへ向けると僕以外誰にも見えない様に片手で口元の側を隠す。
そして、ぷるんとした小さい唇を開いた。
『えっちぃ♡』
「~~~~~ッ!」
音の無い簡単な唇の動き。その動きだけでなんの言葉を伝えようとしたのかすぐに理解した僕は、その後風花さんから急いで視線を外す。
目に入るのは途中から書かれておらずただ広げられた授業ノート。もはや先生の教科書を読み上げる声など耳に入らなかった。
先程の風花さんによる、まるで僕の考えを見透かされたような音の無い言葉。僕はかあっと頬を紅潮させながらそのまま固まってしまうのだった。
僕がハッとした時には、授業はいつの間にか終わっていた。
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