第46話 スタンド・バイ・ミー
上空に留まっていた飛行型ネスト・ムーバーは援護射撃を続けていたが、グリポット社の傭兵の内の数人がロケット弾発射器を使ってネスト・ムーバーを攻撃してくれた。撃墜されたネスト・ムーバーは戦闘が行われていた住宅街からさらに奥の森へと消え、しばらくすると轟音が響き渡った。
「とんだ片道切符だな」
シモンが爆炎の上がっている森を見ながら言ったが、サッチの側近は特に動揺している様子はない。それどころか彼は鼻で笑ってみせた。
「道が無いなら作るまでだ」
「…やってみろ」
落ち着き払って言い放つ側近に向かってグルームが挑発するように言い返す。すぐさま側近は上空へ飛び上がり、勢いを緩めることなく二人へ仕掛けてくる。グルームは機関銃を構えて撃ち始めたが、動きについて行けないせいで狙いが定まらない上に強固な触手に包まれた両腕で防がれてしまい銃撃が通らない。何より日差しの強さもあってか時折目を眩ませられてしまう。
(鳥なんかとは比べ物にならん…!)
敵の移動速度と機動力に驚愕していた二人は、あろうことかそのまま接近を許してしまう。グルームは強靭な腕で殴り飛ばされてしまい、民家の塀に背中をぶつけた。そのまま自分の方向へと突撃してきた側近に対して、シモンはライフルと左腕の力のどちらを使うかで一瞬迷ったが、眼前に迫った敵の気配に思考が停止し、ついライフルの銃剣で攻撃をしようとする。突きを放つが間一髪で躱されてしまい、顔面に蹴りを入れられた。
「ごはぁっ…!」
そのまま地面に蹴り倒されたシモンに、すかさずトドメを刺そうと側近は近づいていくが、一足先に体を動かしたグルームが彼に向かって機関銃を撃った。翼で体を防いでいた直後、意識が別へ向いたことをチャンスと思ったシモンによって銃剣を脇腹に刺されてしまう。側近は怯んだ様子で飛んで距離を取ろうとしたが、シモンは左腕から触手を生やして彼の足に巻き付ける。咄嗟に近くの郵便受けに右手でしがみ付いて踏ん張ろうとするが流石に限界であった。
右手を離しそうになった次の瞬間、誰かが自分の右腕を掴む。ジーナだった。彼女はそのままシモンを抱きかかえるようにして背後へと回り、側近を捕まえて離さない左腕の触手の方を掴む。そして振り回すようにして家やらに叩きつけた。
ぐぅと情けない声を出した側近は抵抗できなくなってしまい、そのまま触手によって引き摺られる様にして手繰り寄せられた。何とか藻掻くために暴れようとした直後、いつの間にかいたザーリッド族の男が持つ刀が自身の左腕を貫通した。刀はそのまま地面にも深く刺さり、完全に固定されてしまう。少ししてから右腕も同じような仕打ちを受け、完全に動けなくなってしまった。
「うあああああ!!」
「せっかくだから少し聞かせてくれ。お前らの本拠地は?」
悲鳴を上げる側近に対してセラムが冷淡に聞いたが、答えようとはしなかった。側近は近くにいるノイル族の女が、自分の上司が戦おうとしていた相手だと気づくとうつぶせの状態から何とか首をひねって彼女を睨みつける。
「隊長を…どうした…?」
側近は痛みを堪えつつ必死に息を整えながら聞いたが、ジーナに髪の毛を掴まれると一度だけ強めに地面へと叩きつけられた。
「質問に答えて」
ジーナは沸々と再び滾ってきた怒りを抑えながら、ドスの利いた声で彼に言った。
「…言った所で、最早どうしようも…出来ない」
「オイ、死なれたら元も子もない。森に墜落したガラクタの件もある…ここからはうちで預かろう。それと、出来るか出来ないかはこっちで決める。お前はさっさと喋ってくれれば良いんだ」
これ以上放っておいたら碌な事にならないと、側近の具合や周囲の禍々しい気配がグルームを動かしたらしいようで、ジーナ達を説得しながら彼は前へ出る。当然相手を庇うつもりでも無かったらしく自白するように側近に言った。
――――街に存在する寂れた病院の一室から、医者が憐れむような面構えで出て来る。部屋の前で待ち続けていたレイチェルとルーサーが結果を聞こうとした時、階段を駆け上がって来る足音が聞こえた。廊下の向こうからジーナが息を切らして走ってくると、医者の肩を掴み揺さぶりながらネイサンの容態を尋ねてくる。
「…最善は尽くしましたが…申し訳ございません」
その謝罪が何を意味するかは当然分かっていたが、受け入れられなかったジーナはその場に膝から崩れ落ちる。何も口に出せず、体を動かす気にすらなれなかった。
ネイサンの葬儀が行われたのはそれから一週間後であった。急な出来事であったため参列者も思うように集まらなかったが、墓の前には世話になったという人々がチラホラと訪れていた。
「見て…あの子が娘さんらしいわ。故郷に帰って来たと思ったら葬式なんて可哀そうね」
「でもずっと音信不通だったって話よ?自分の家族に対して少し酷いんじゃないかしら?」
参列者の中にはそういった小言を漏らす者もいた。喪服に身を包んでいたジーナはそんな声にも耳を貸すことなく、ただ黙って墓の前に立ち尽くす。事情を知りもしないで勝手な事を言うなとレイチェルは言い返しそうになったが、すぐにシモンに止められてしまった。
「ジーナ、俺達は先行ってるから…まあ、後でな」
既に夕方に差し掛かろうとしていたため、シモン達は食事の準備をするために戻っていく。墓地に人気が無くなると、ジーナは墓の前に腰を下ろして体育座りをしながら墓を見ていた。日が沈み、雨が降り出そうがお構いなしに座り続けて石のように動かなかった。
街を飛び出してからの事をジーナは少し思い出す。いくつもの鉄道やバスを乗り継ぎ、ようやくフォグレイズシティへと辿り着いたが、そこで待っていたのは近代的な雰囲気とは裏腹に弱肉強食の世界であった。煌びやかな中心地から外れれば今にも餓えて死にそうな人間がそこらで寝そべり、通りかかった者がどこぞのギャングによって身ぐるみを剥がされ、多様な意味で屈辱を味合わせられている事などは日常茶飯事であった。
家から少し持って来たなけなしの金でいつ壊れてもおかしくなさそうな安い賃貸を借りてからは、わざと街を出歩いて絡んでくる者達から財布を巻き上げる毎日が続いた。働こうとはしたが、碌な経歴を持っていない自分を雇ってもらえるはずもなく、そういった生活を続けるしか無かった。
いつしか環境に慣れ始めてしまい、奪われる方が悪いとさえ思い始めていた。因果応報だ。他人から何かを奪い続けた人生なのだから、仕事仲間を殺されたくらいで帳消しに出来るわけ無いだろうと悪魔が笑っている気がする。或いは、たまには奪われる側の身にもなってみろというお告げなのだろうか。
しかし、この仕打ちはあんまりでは無いだろうか。これならせめて自分も一緒に殺して欲しかったとジーナは感じていた。失うという事の恐ろしさを知ってしまった以上、これを終わらせてくれるのなら死でも喜んで受け入れられる気がした。
いっそこのまま飢え死にするまで墓の前でうずくまっていようか。いや、金を返さない債務者にやった仕打ちと同じように首を吊るか?あれならばそれほど長くは苦しまないだろう。だが、自分は父や母と同じ場所へ行けるのだろうか?戦争の中、人々を守るために殺すしかなかった母とは違う。自分は私欲を満たすために他人を蹴落として生きていた。そんな自分が家族に会う資格があるのだろうか。
同じような疑問が何度も湧き、その度に同じような結論にたどり着くというループが長い間続いた。どちらにせよ踏ん切りがつかずにいた頃には夜になっており、雨が自分の体を余す所なく濡らしていた。
「よう」
背後から声がしたと思ったら、傘をさしていたシモンが自分の隣に座った。地面が濡れているにも拘らず大胆に尻をつけて傘を畳むと、ジーナと同じように濡れながら墓を見る。
「自分にとって大事な物が何だったのかって、無くなってから気づくんだよな。いつも」
シモンが話を切り出したが、ジーナは彼の方を見ようとは思わなかった。
「元々、農場やってたんだよ俺の家族。裕福ってわけじゃなかったが、まあ楽しくやってた。だけど兵士として戦って、戦争に勝てれば報酬やらもたっぷり貰えるなんて話にまんまと乗っかってな…家族の反対も押し切って行っちゃったわけよ。こんな体にされてしまったせいで堂々と戻れないから、変装までして様子を見に行った事がある。そしたらな、親父もお袋もとっくに死んでた…おまけに戸籍上死んだって扱いにされてたもんで、俺の家があった場所は更地になっていて売りに出されてた。結局、家族の最期がどうだったのかすら分からなかった…なんにも手元には残らなかった」
聞いても聞かなくても良いという風に、シモンは淡々と過去を語る。
「一匹狼で毎日を生きるようになった頃に、あいつらと会ったんだ。酒に酔った勢いで聞けば『家族と将来の事で揉めて家出した』だの、『師匠が死んで、やる事もなく流離っていた』だの言ってきやがって…後悔してるかって聞いたら、勿論と言われた。お前が親父さんと話をしたいって切り出した時にだれも止めなかったのはそのせいだろう。類は友を呼ぶって本当にあるのかもな」
シモンの話が佳境に入ってくると、ジーナは不意に彼の様子を見てしまった。どこか抜けた雰囲気のある冴えない中年といういつもの気配が消え、彼は自分以上に多くの経験をしてきた人間だったのだと今更になって感じた。
「全員心配してたんだ。もしかしたらお前が縁起でも無い事を考えてるんじゃないかって…お前には残ってる物がある。違うか?あの店のマスターやその孫に…何より、俺達はお前に生きていて欲しい。無責任で図々しい頼みだっていうのは分かってるさ。でも、お前が思ってる以上にお前の事を好きな奴ってのはいるもんだぜ。寂しくなるんだ。今更誰かいなくなっちまうと」
シモンは体をジーナの方に向けると真剣な眼差しを向ける。
「俺はいつもやってるんだが、迷いやら不安やらで押しつぶされそうな時はな、まず内側にあるものを全部ぶちまけるんだ。泣いても良いし、怒っても良い…くたびれて心が落ち着くまでずっと曝け出す。そうすればきっと心も晴れる…嵐がいつか止むのと同じ。何なら、おじさんの胸で良ければ貸すぜ?お前にとっては少し小さいだろうがな」
シモンは両手を広げ、彼女を歓迎するように笑顔で待っていた。原因は分からないが、体の中から熱いものが湧き上がるのをジーナが感じていると他の三人が背後に近づいていた事に気づく。
「風邪ひくよ…ひとまず帰ろう」
「後を追うなんて事は絶対にさせないわよ」
「…食事が冷めるぞ、ここ最近まともに食べてないだろう?」
口々に言う三人を尻目に、シモンは立ち上がって彼女の腕を擦った。
「何にせよ、まずは立ち上がるところからだ」
シモンに手を貸されつつも、ジーナは雨で濡れた服の重量を肌で感じながら立ち上がった。立ち上がった彼女の腕を照れくさそうにシモンは叩く。すると、ルーサーが静かに歩み寄ってジーナに抱き着いた。
「…皆、一緒にいるから」
ルーサーの言葉を皮切りにシモンやレイチェルもジーナを包むように抱き合う。セラムはすまし顔で見て微笑んでいたが、シモンからの「お前も来い」というしつこいジェスチャーに根気負けしてジーナを背後から抱きしめた。
もう抱き合って感情を分かち合える相手がいないと勝手な思い込みで悲観に暮れ、何かも投げ出してしまおうと考えていたジーナは、それが独りよがりなものだった事を周囲の抱きしめる力の強さによって痛感した。ジーナは何とか腕を伸ばすと、一番近くにいたルーサーやシモンの肩を抱きよせて、泣きそうになりながらも彼らに心の中で感謝と謝罪をし続ける。泣くのを堪えたのは、泣き虫と思われたくないが故に行ったせめてもの見栄っ張りであった。
「朝になるまでずっとこうしていよっか?」
不意にレイチェルが無茶な提案をして来ると全員で笑った。暫くして全員が体を引き離す。すっかりびしょ濡れになった互いの体を見合うと、再び吹き出してしまった。
「こうなったら徹底的に飲み明かそう。酒瓶全部開けてやるぜ」
踏ん切りがついたシモンは背を向けながら大声でそう言った。そのまま去って行くシモンに続いて仲間達も歩き出した。ジーナは歩き出そうとする前に自分の顔を腕で拭ってみる。腕もずぶ濡れだったせいで何を拭えたのかは分からなかったが、ひとまず目頭の熱さは収まった様な気がした。
(また来るね)
心の中で父に告げて、ジーナは足をようやく前に出した。仲間の背中を追いかけるうちに鈍重だった足取りが次第に軽くなっていくのを感じながら、仲間たちと共にネスト・ムーバーへと戻っていく。その日の夜、車内にあった全ての酒が消え、泣き声や笑い声、そして何者かに対する恨み節が一晩中響き渡り続けた。
翌日の午後、店の前を掃除していたウィリーとフィリップの元にジーナ達が現れた。
「…元気になれたか?」
「絶好調、ではないけど」
憑き物が落ちたような清々しい顔をしている彼女に、ウィリーは少しだけ嬉し気にしながら聞いた。ジーナは少し間をおいてから笑顔で答える。
「街の方への被害は大丈夫だったのか?」
セラムは近くにいたフィリップに尋ねると、フィリップは問題無いとでも言うように首を縦に振った。
「ああ、グリポット社だっけ?そこが復興の支援だったりをしてくれるってさ。それより、ジーナ…もしかしてもう行くのか?」
フィリップは街の今後について伝えた後、不安そうにジーナに質問をする。
「うん。やらないといけない事があるから…また遊びに来る」
再開した当初は見せなかった明るい表情でジーナは決意を伝えた。それを伝えられたウィリー達も納得した様に彼女を見た。
「ホントは居てくれても良かったが、まあ仕方ないか。達者でな」
「あんた達も気を付けてくれよ。幸運を!」
ウィリー達からそのように励ましを受けてから、一同は近くに停めていたネスト・ムーバーに乗り込む。物資を積み終わったか確認した後に、レイチェルがエンジンを掛けて発車させた。
「最後に墓参りしとかなくて良かったか?」
シモンがソファに座りながらジーナに聞いた。トレーニングルームに向かおうとしていたジーナは、立ち止まってからシモンの方へ振り返る。
「全部終わらせてから…ちゃんと伝えに来る」
ジーナは凛々しくそう言った後に、照れを隠すように通路へと消えていった。
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