第19話 宝探し

 シモン達は依頼人がいるという目的地の村へ到着すると、ネスト・ムーバーを付近のなるべく目立たない場所に停めた。


「へへっ…気に入ってくれたみたいね、それ」


 外に出るために籠手をジーナが身に付けようとしていた時、レイチェルは彼女に言った。


「そういえば聞きたかったんだけど、この素材って衝撃を和らげるのよね?そんなもので殴っても痛く無さそうだけど…?」


 ジーナは籠手を装着した後でジーナに聞いた。レイチェルは返答に困ったが、出来る限り分かりやすく疑問に答える。


「代表的な性質が甲羅の内側への衝撃を和らげるって事。他にもクストスの甲羅には、受けた衝撃に応じて瞬間的に原子や分子の配列が変わって硬くなる性質があるみたいなの。限界はあるけど、むしろ強い力でぶつければぶつける程に真価を発揮するわ。あなたにピッタリでしょ?」


 レイチェルの説明によって自分が持っているこの装備がかなり凄まじいものであると分かったのかジーナは少し恐ろし気に籠手を見つめた。


 シモンは少し羨ましそうにジーナの籠手を覗いていた。


「じゃあ今度は俺達にも何か作ってくれよ。ほら、チョッキとか剣とか…」

「末代まで借金する覚悟があるなら構わないわよ?それに甲羅の形状的にも刃物には向かない。ただでさえ貴重なんだから有効的に使っていかないと」


 シモンはレイチェルからあっさり言い返されるとガッカリしたように銃火器の準備を続けた。


 全員でネスト・ムーバーを離れてから村を少々歩き回る。決して裕福とは言えないまでも住民達はワイワイと活気づいており、地域の平和さが見て取れた。


「あんた達見かけない顔だな。物騒なモンぶらさげて、賊か何かか?」

「そんなわけ無いだろ…この辺りに資産家が住んでいると聞いたが、どこにいるか知らないか?」


 目が合った村人に少し腹が立ったシモンだったが、冷静を装いながら待ち人の居場所を尋ねると村人は気さくに教えてくれた。そのまま住宅が立ち並ぶ村の外れへ向かうと、一行は依頼人を探し始める。


「この辺りで待ち合わせらしいが…さて、どこだ?」

シモンは辺りを見ながらそれらしき人を探す。


「村自体は大きくないのに、ここの家はどれも凄く立派ね」

「おおよそ金持ちたちの別荘だろう。付近に湖や森もある。寛ぐにはぴったりの場所だ」


 村の雰囲気にそぐわない華やかな住居に関心を示していた他の面子に、セラムは自身の推測を語っていた。


 すると、レイチェルは遠くから一人の女性とそれに連れられている老人が向かってきているのが目に入った。


「情報屋から紹介を受けている便利屋というのはあなた方でしょうか?」

黒髪の芯の強そうな女性が笑顔でシモンに尋ねてきた。


「ああ…いかにも!シモン・スペンサーという者です。そして後ろにいるのは私の仕事仲間達」


 シモンは相手が中々の美人と見るや普段の大雑把且つ倦怠感を隠さない仕草から一転、逞しく雄々しい男性を演じ始めた。ジーナやルーサーが少し困惑する一方で、レイチェルとセラムはまただとでもいう様に呆れ笑いをしていた。


「エリーです。それからこちらは執事のローレンス」

「この度はよろしくお願いします」


 女性に紹介されると老人はもの柔らかな雰囲気で挨拶をする。少し痩せ気味で薄毛ではあるが、顔立ちや振る舞いなどは絵に描いたような老紳士といった具合であった。


 全員の紹介が終わると、詳細を聞くために彼女たちの持つという別荘に案内されることとなり、街の中央にある煉瓦づくりのどこか懐かしさを感じさせる建物へと案内された。煌びやかな美術品や装飾が彩る応接間へと案内され、茶と菓子でもてなされた。


「ほう回収ですか」

シモンは紅茶を飲みながらエリーの話に興味を示す。


「はい。両親の遺品である美術品をとある場所で探していただきたいのです。無ければ此方も諦めがつくのですが、未だに行方が良く分かっていない代物でして…」


 活発そうな見た目とは裏腹に、弱気な話し声でエリーはシモンに頼み込んだ。


「まずは事情と詳しい詳細を聞かせて貰えないか?」


 セラムが聞くと、エリーは軽く頷いてから経緯を語り始めた。


「父が急病でこの世を去ってから10年は経とうとしている最中に、母も後を追う様にして亡くなりました。母が死ぬ前に『父がかつて買ってくれたという仮面をもう一度だけ見たかった』とそう言っていたのを思い出したんです」


 エリーの話を聞いていた一同は彼女の悲壮感漂う喋りに、ただ黙って聞き入るばかりであった。


 彼女はそんな周囲の反応も意に介さず、話を進めていく。


「父が死んですぐに元居た屋敷は使わなくなってしまい、この別荘で暮らすようになりました。『あの人との記憶を思い出して喪失感を味わいたくないから…』と母は言い訳がましく私に言っていたのを覚えています。急に引っ越し出したものですから、荷物の整理などと言った事は出来ませんでした…その気になれば家具などもすぐに揃えられる程度には豊かですから。ですが、あの仮面だけはそうもいかなかったんです」


 エリーが仮面について言及した瞬間、誰もいなくなったかのように辺りが無音の空気で満たされた。


「父がオークションで競り落として手に入れた代物だったのですが、母は年季を感じる装飾の色褪せ方や古代に滅びた文明の遺物という肩書を大層気に入ったらしかったんです。昔から考古学やオカルトにも明るい人だったので…」


 仮面の説明が始まると、真っ先に食いついたのがセラムだった。


「聞いたことがあるな。大陸の端にある渓谷で発見されたどの時代に建てられたのかも分からない謎の遺跡。そこに眠っていた宝物の一部が競りに出されて富豪達が大金で買い取ったと…まさか…」

「ええ、恐らく父もその中の1人です」


 セラムの予感に応えるようにエリーは彼に告げた。


 ジーナはそこまで聞くと、今回の依頼に関して更なる疑問が湧いて来たのか少し遠慮しながら質問を始める。


「その仮面の事は分かったけど…何で私たちが?ちゃんとした専門家に頼めば…」

「そうもいかないのです。元々長い歴史を持っている邸宅だったのですが、捨てられて手つかずだった事でさらに老朽化が進んでしまっています。また近辺の噂では危険な生物が住み着いているらしく、このままでは中の調査も碌に出来ないまま取り壊しとなってしまうでしょう。そうなってしまえば仮面の行方は分からない…或いは取り壊しに立ち会った金にがめつい者達によって盗まれる危険性もあります」


 ジーナの話を遮るようにして執事のローレンスが目的地である建物の状況を事細かに説明しだした。エリーは解説をしてくれたローレンスに礼を言うとシモン達に改めて向き直る。


「仮面の有無に関係なく調査が終わり次第、報酬を相応に払わせていただきます。父と母の墓前に一度でもいいから供えてあげたいんです。どうか探していただけないでしょうか?」


 エリーの凛々しい態度にシモンは心打たれたのか、或いはフリをしているのかは定かではないが、彼女の元に近づいて自分の胸を軽く叩いた。


「亡きご両親への想い、しかと胸に刻みました…お引き受けしましょう」


 シモンからの返事に顔を明るくしたエリーとローレンスはその後、仮面の詳しい詳細や仮面があるという屋敷へ向かうための簡単な説明をした。


 その後、二人と別れた一行は、屋敷があるという湖畔の森の入り口に差し掛かる。鼻歌を交えながら先頭を進むシモンに他の者達は追従していたが、森に入る直前にジーナは辺りから視線を感じた。とりあえず付近を見回すが、遠くで釣りをしている者がいる事以外に別段変わった様子は無く、少し警戒をしながら森に入って行った。


 鬱蒼と木や草が生い茂っている森は湖の水面から反射した光や日光によって青々とした緑葉を輝かせていた。そんな森のけもの道をしばらく歩き続けていると、ようやく開けた場所へと辿り着いた。目の前にはかつての豪邸の成れの果てともいえる石造りの寂れた屋敷があった。庭や玄関はすっかり荒れ果てており、建物の壁面にはびっしりとツタが蔓延っている。シモンは受け渡された鍵の中からようやく正解を見つけると、慎重に正面の扉を開いた。


 案の定だったが建物の中は薄汚れており、窓からの日差しによって埃が舞っているのがはっきりと見える程であった。玄関を入ってすぐに広い廊下が目の前を横切っており、その向こうには階段とさらに奥の部屋へと続く通路がある。外からの高さを見るに三階建てであり、かなりの広さである事が分かった。


「いちいち一緒に見て回ってたんじゃ埒が明かない。どうだろう、手分けをしないか?」


 セラムが付近に散らばっている剥がれた壁紙を見ながら提案をしたが、異論を申し出るものはいなかった。


 最終的にジーナ、ルーサー、シモンの3人と残りの2人でグループ分けを行うと、一階を探索する者達と二階を探索する者達とで分担することが決まった。三階についてはどちらかが終わり次第すぐに向かうという形で話を落ち着けて、全員で本格的に依頼品の捜索を開始していった。


 その頃、ディチランド地方では大型のネスト・ムーバー数台が恐ろしい速度で走っているのが目撃されていた。車内の両側に設置されている座席に武装したまま座っている部下達の間で、サッチはいびきを立てながら床で昼寝をしていた。部下の1人が無線で会話をしながら頷いており、会話が終わるとすぐにサッチを揺さぶって起こした。


「…んぁ…着いたか?」

「着いてません。ですが、連中の居所が分かったそうです。ここから2時間程走った先にある森の中だと」

「森の中って、ほとんど分かってねえじゃねえかよ…伝えとけ、とりあえず確認には向かうってな」

「はい」


 愛想のない部下に対して適当に答えるサッチだったが、心の奥底から湧き起ろうとする武者震いと高揚を押し殺しつつ毛布代わりに使っていた上着で顔を隠すと、二度寝を装いながらニヤけた。まさかあのゴリアテと殴り合いを敢行し、手こずらせるような者がいるとは夢にも思っていなかったのである。もしベヒモスの件にも絡んでいるのだとしたら、放っておく理由も無かった。そんな猛者と本気で殴り合いをしてみたいという衝動に近い考えが今の彼をひたすらに突き動かしていた。

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