開幕
異世界からの侵略
突然のことだった。
歪む空間、裂ける次元。割れた世界のそこかしこから現れる異形のモノ。
「見た目だけなら、準悪魔共とよく似てんだがな」
一切の手応えもなく、薄紙や豆腐を斬るようにあっさりとそんな異形達を両断していく大剣使いの青年が、酷く億劫そうに呟く。
「ええ。ですが確かに違う気配を放っていることも間違いなく。そもそもがこの世界とは別個の存在やもしれません」
そんな呟きにも律儀に応じるのが光翼を広げる元天使、リクルートスーツ姿のクールビューティーの翼であり、
「やったーこれすごくない?ねーねー堅悟くんこれ記事にして特集組んだらしばらくウチは安泰だよ!編集長も最近ろくなネタなくって困ってたし早く戻ってカメラ取って来なきゃだよほらほら早く速く!!」
呼吸も惜しいとばかりに大興奮で捲し立てているのが石動堅悟が護ると決めた数少ない人間の一人、御守佐奈という馬鹿喧しい小娘であった。
「黙って帰れ。佐奈、会社に戻って阿武さんと一緒にいろ。今のお前ならこんな雑魚程度に囲まれても充分あの人守って闘えるだろ」
「
「胡散臭ぇルビ振ってんじゃねーよボケ。とっとと行け」
片手を振ってしっしっと払うのとは逆の手でスマホを取り出し登録してある番号をプッシュ。耳に当てると相手はすぐに出た。
『状況は概ね理解している。こちらはリザが担当するから問題ない』
「流石」
何を言うでもなく、即座に求めている答えを返してくれた頼もしき友人に賛辞を呈する。
今現在を石動堅悟の器に内包されている一騎当千の力。装甲三柱と呼ばれた内の一角、引き継いだ装甲悪鬼の前の使い手。
『第二次神討大戦』にて共に死線を潜り抜けた
『今現在南西を制圧した。ただし敵の総戦力も出現位置も判然としない状況ではあまり意味を成さんがな。…空間、次元を拓き現れる異形に覚えは無いが、似たようなことを仕出かす者なら、過去にいたな』
「装甲魔鬼のクソ野郎か。まさかとは思うがまた野郎の置き土産か?」
『大戦』を引き起こした張本人、他ならぬ堅悟の手で決着をつけ最期を看取った最強最悪の魔術師。
奴の残した『負の遺産』は未だ回収し切れておらず、今もどこかで災厄を振り撒いている。
これもその一つと考えれば妥当ではあるが。
『にしては回りくどい。あの男はこんな引っ掻き回し方をしなかった』
「だよな。なら完全に別件か」
神聖武具たる大剣を消失させ、電話の片手間で現れる異形を殴り蹴り殺す。
「わかった。とにかく元凶を見つけてぶっ殺すのが先決だ。弓彦さん、そっちはあんたとリザに任せる。残りはこっちで引き受けた」
『承知。未だ解らぬことが多い。深追いは避けるように』
先代の有り難い言葉に相槌を返し通話を切り、空を見上げる。
光輪を頭上に発現させ光の羽を射出して敵を一掃している元天使へ張り上げた声を放つ。
「翼ちゃん!『
「わかりましたが、他は?海座様とリザ様が南を担当してくださるのは聞こえましたが」
地面に降り立った翼がスーツの埃をぱたぱたと叩いて落とすのを横目に、路地の奥を進む堅悟が手早く戦力配分を練り上げる。
「リザなら南も西も纏めて受け持てる。仮にも『大英雄』って呼ばれてた女だしな。『大戦』ではクソの役にも立たなかったが。…んで残りは」
再度スマホで通話。今度は相手が何を言うより早く指示を出す。
「ジジィ、仕事だ。コーポレーションの余った人材を全部北に回せ。クインも出せよ、どうせ暴れたがってんだろあのクソガキ」
『……状況の詳細は?』
「知るか。クソ面倒な事態になったことだけは確かだがな。ふざけた乱痴気騒ぎを引き起こしたゴミを処分するまで保たせろ」
亡き装甲竜鬼の築き上げた準悪魔達の結社。その後を継いだ老骨が低くしわがれた声で不服そうな咳払いをする。
『長くは持たんぞ』
「俺がやれっつってんだ。やれ」
一方的にそれだけ言って、スマホをポケットに仕舞う。すぐさま利き手に聖剣を顕現。
「んじゃ行って来るわ、翼ちゃん。さっきの伝令頼んだぞ」
「お待ちを、堅悟様。行くとはどちらへ?」
怪訝そうに眉を寄せる翼が問う。てっきり石動堅悟は遊撃しつつ各方面の指揮系統を取り持つのだと思っていたから。
そんな翼の、随分と人間らしくなった表情にやや感銘を受けつつも堅悟は剣を振り被り適当にこう返す。
「だから、元凶を殺しに」
緩く振るった縦の一閃。空を斬ったその刃は物質に干渉せず、ただ文字通りに空を間を斬る。
次元を切断し異空への扉を自力で抉じ開けた堅悟が、なんの躊躇いもなくその中へと跳び込む。
「晩飯までには終わらせて来る。今日はすき焼きが喰いてぇ」
「……わかりました。用意しておきます」
あっさりと常識を覆すことを常とする石動堅悟という規格外の最強だったが、そんな事態に未だ慣れていないことに翼は一人静かに嘆息した。
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