ダイナマイト・みるく(カクヨム版)

久保田愉也

1パック 愛は全ての壁をぶっとばす

ある日、

牧場の一人息子が、牛にむかって憂鬱な顔をしてつぶやいた。

『なぁ、みるくよぉ。俺って、なんで、彼女ができねぇんだろ』

小さい頃から世話をしてきてすっかり情の移ったこの雌牛は、少年にとって唯一の異性の友達だった。

なんと悲惨なことよ。

齢十七にして女の子と付き合ったことはおろか、手をつないだこともないのだ。そのうえ友人が、女は女でも『牛』なのだ。


そんな少年を見て人は言う、

曰く、不憫である、と。


まぁ、そんなかんじに、この少年・ジローの朝が始まる。

my牛・みるくに餌を与え終えると、まもなく、男友達のタケルが自慢のバイクで迎えにきた。


今日も公道をバイクで走りまわるのだ。

少年達には、それしかやることがなかった。


「んじゃ、行ってくるな」

雌牛みるくは、変わらぬ静かな瞳でジローを見送った。


みるくは、ジローを追うように牧場を公道沿いに柵がある所まで走った。

ジローは振り向きもせずに羽織ったジャンパーを風に揺らして去っていった。


広い牧場、何もない草原に公道が一本通っているだけの寂しい景色の中、みるくはジローが帰るまで牛小屋に戻ることもなく草原で孤独に待つのだ。


風のざわめきの中で。


すると、殺風景な公道を一人、みるくに向かって歩いてくる者がいる。

托鉢の僧侶の恰好をしている。

草を食べているみるくの前で、そいつは立ち止まった。


「こんにちは、みるくさん。今日も愛しいジローくんを一途に待ち続けているんですね」


牛に話し掛ける不審な坊主が一人。

みるくは、いかにも悟ってますと言うような細い目をしたそいつに、素っ気なくケツを向けた。

坊主は一瞬顔をしかめたが、

「いつもつれない人ですね。私はあなたを救おうと、あなたの願いを叶えて差し上げようと思って来たのに」

その坊主の言葉でみるくの静かな瞳が、まるで感情を持つかのように焔を宿した。


「雌牛みるくよ。

あなたがどんな因果を持ち、その姿で生まれてこなければならなかったのか、私は知っています。あなたが、本当はどんな姿をしているのかも、私は知っていますよ」


坊主は意味深に言う。


「…今は、私しか他に知る者はいませんが。

選ぶのはあなたです。

人の心を持ちながら雌牛として生涯を終えるのか、

それとも、代価を払い人の姿を手に入れるかを」


坊主はたすき掛けした使い古した布袋の中からいっぺんの曇りもない透明な水晶玉を取り出した。

みるくの瞳に映ったその水晶玉は、吸い込まれてしまいそうなほど透き通っていた。

みるくは思い出していた。ジローの言った言葉を。


『なぁ、みるくよぉ。俺って、なんで、彼女ができねぇんだろ』


みるくの中で、ジローの言葉がこだまする。


「さぁ、この水晶玉はあなたの望むままに現世を変えてくれます。決断の時ですよ」

坊主はみるくに水晶玉を差し出した。


『みるくは、

選んだこの現実を

後悔なんかしない』



翌朝、いつものようにみるくに餌をやりに来たジローが見たのは、いつもとは違う驚愕の光景だった。


(真っ裸の女の子が!

真っ裸の女の子が!?

・・・えーっと、

これは、俺の妄想の産物なのか!?)


ジローは言うまでもなく混乱していた。


(真っ裸の女の子が、牛達の間をくぐり抜けながら、眩しい笑顔をして、巨乳を揺らし、こっちに走り寄ってくる!!

あの体、めっさ好みなんですけど!!

いや、その前に、

一体何者だ!!!?)


真っ裸の女の子は、いきなりジローに抱きついた。


「ジローくん!

みるく、ずっとこうしたかったの」


「ぅわー!」


女の子の胸が顔にあたる。

ジローの鼻の穴から鼻血が大量噴出した。

ジローは女の子に免疫のない男ゆえ、真っ裸と直接触れ合うなんて相当な衝撃だったのだ。


女の子は鼻血に驚いて飛び退いた。

「大丈夫?ジローくん」


ジローは鼻血を拭った。

「あ、あの…あんた誰っすか?」


しばらく間があり。


「みるくだよ」


女の子はワクワクして言った。


しかし、ジローは何が何だかわからないようで。


「…みるく…さん、ですか。はじめまして」


ジローは言ってから、ハッとした。


「みるく!?」


そういえば、みるくの姿がない。放牧にも小屋にも見当たらない。

「みるく!どこ行ったんだ」


いつもの朝なら、名前を呼べばいつだって跳んできたのに。

ジローがみるく一頭にだけ与えたピンク色の首輪を持つ牛が、どこにも見当たらないのだ。

それがなくとも、ジローならどんなに沢山の牛の中からでもみるくを探し出せたはずだった。

困惑するジローに、放っておかれた真っ裸の女の子は言った。


「みるくは、ここにちゃんといるよ」


ジローと女の子は顔を見合わせた。

よく見れば、女の子が首から下げてるのはジローがみるくにあげたピンク色の首輪だ。


ジローは頭が痛くなってしまった。


「なんの冗談だよ…」


クシュンッ…。くしゃみをした女の子は、寒そうに自分の肩を抱いた。


ジローは無言で、女の子の体にジャンパーを着せた。


そんな時だった。いきなり大声が聞こえてきた。

「ジロー、何やってんのよ!」


住み込みで働いている牧場の従業員・ナンちゃんこと、南條義秋(男)だ。

牛の世話の途中たまたま通りかかり、

裸の女の子に触れているジローの姿を見て悲鳴をあげた。


「イヤー!!!

なんて破廉恥な事をしてるの!?

女の子を、こんな牛の糞だらけの場所で裸にするなんて」


ナンちゃんは険しい顔をしてジローの肩を左手でがっしり掴むと、

右の拳でおもいっきりジローの顔を殴った。


「わたしはあんたをそんな子に育てた覚えはないわ!」


どうやら、ジローが間違いを犯したと勘違いしたらしい。


「違うー!

このコが勝手に裸になってたんだ!」


ジローは必死に弁解しようとするが、ナンちゃんは聴く耳を持たない。

顔を手で覆い、絶望して泣き崩れた。


「なんて救いようのない子なの・・・」


女の子は、そんなナンちゃんの肩をそっと撫でた。

「ナンちゃん、泣かないで」


ナンちゃんは肩を撫でる女の子の手を握った。

「ありがとう。

お嬢さんは優しいのね。家のジローが酷いことをしたってのに。

ジローに代わって謝ります。謝って許されることじゃないけれど・・・」

シクシク・・・

ナンちゃんは言い終える前にまた泣き崩れた。


「だーかーらー!違うッつってんじゃん!!」

ジローがツッコミを入れるがしかし、

「言い訳なんか聞きたくないわ!

わたしと親父さんが一生懸命頼み込んでやっと入れてもらえた高校を結局停学になっちゃって、それに、こんな人の道に外れた事までしでかすなんて・・・

親父さんが知ったらどんなに悲しむことか・・・」


「だから、違うって・・・」

突っ走るナンちゃんをもう誰も止められない。


「もういいわ!

あんたの顔なんか見たくない」


ナンちゃんは、そのガッシリした体で女の子をひょいっと抱き上げた。


「お嬢さん、恐かったでしょう。あんなの放って行きましょうね」


そしてナンちゃんは、あっけにとられたままで立ちすくむジローを置き去りにして牛小屋を後にし、家へと向かった。


「あの・・・」

「何かしら?お嬢さん」

「ジローくん、怒られるようなこと何もしてないよ」

ナンちゃんは、女の子の顔を見た。

「あの子をかばうことはないわよ」

「あのね、そうじゃないの。みるくが裸なのは最初からなの。みるくは、今朝人間になったばかりだから・・・」


ナンちゃんは聞こえにくかったらしい。

「え?

何かしら。もう一度言ってちょうだい」


女の子は、なんだか言いづらくなって口をつぐんだ。


「それじゃまず、その土で汚れた体をどうにかしなきゃね」


ナンちゃんは家に入ると、みるくを風呂場に入れて戸を閉めた。


「そこにあるタオルは好きなの使っていいから。それから着替えは・・・

あ!そうか。

もぅ!

ごめんなさいね。今すぐあのどーしようもないクソガキから取り返してくるわ。

あなたは体洗ってなさいね」


ナンちゃんはてっきりジローが服を隠してしまったのだと思ったらしく、再び家から出て行った。

みるくは、風呂場の中でどうしていいかわからず、座り込んだ。



所はかわり、取り残されたジローの様子はというと、

何やら携帯で電話をしていた。

〈ジロー、何?今からそっち行く所だけど〉

〈あ、タケル、わりぃけど、行けなくなった。迎えに来なくていいから〉

〈ジロー、お前何かあったんか?えらい急な話じゃねぇか〉

〈いや、別に。わりぃな。今日は集会だってのによ〉

〈そりゃ別にいいけどよ。お前、なんかテンション落ちてね?〉

〈そうか?気のせいじゃねぇの? とにかく、今日は用事ができて行けねぇから〉

〈わかった。深くは聞かねぇよ。じゃあな、切るぜ〉


ジローは通話が切れると、ケータイをポケットに戻した。

ジローは、今さっき起こったことを思い出して、頭を抱えため息を吐いた。


あの真っ裸の女の子、どうしたらいいんだよ。


すると、

「ジロー!!」

家の方から鬼みたいな形相をしたナンちゃんが、こっちへ突進してきた。


「ジロー!お嬢さんの服を渡しなさい!」

ジローは胸ぐらをつかまれ、締め上げられた。

「俺は何にもやってない!」

「何にもやってないんだったらどうして女の子が裸になるのよ!」

「最初っから裸だったんだよ!」

「ウソおっしゃい!」

「ウソじゃねぇよ。俺の童貞生命に誓って。

その証拠に、俺は女の子の服なんてどこにも持ってねぇよ」


ナンちゃんはジローの目を見つめた。

「…マジなの?」


「マジだよ!」


「じゃぁ、あのお嬢さんをどう説明するのよ」


ジローは少し考えてからボソッと言った。


「みるくだよ。あのコ」


「あ、あんたまさか!

あのお嬢さんが、あんたの牛のみるくだとでも言うの?」


ナンちゃんは目を丸くした。

ジローは真剣な顔でうなずいた。


「ウソつくなら、もっとマシなウソをつきなさいよ」


「だから!マジだっていってんだろ!

牛のみるくを捜しても何処にも居なかったんだ!

あのコが首から下げてるピンク色の首輪、アレはまぎれもなくみるくの物だ。

あの女の子がみるくじゃなきゃどうして知らない俺に裸で近寄って来るんだよ。

それにあのコ、俺の名前もナンちゃんの名前も初めて会ったはずなのに知ってたじゃんか。

しかも自分でみるくだって名乗ったんだぜ!?」


ナンちゃんは考え込んで、

「そう言われてみれば、あのお嬢さんが肩を撫でてくれた時、わたしの名前言ってたわねぇ」


二人が悩んでいると、公道をこちらに歩いてくる人物がいた。

「雌牛みるくは、人間になることを選んだか・・・」

いきなり口をはさんできたのは、昨日みるくに話しかけていた坊主だった。


この坊主のことをジローとナンちゃんの二人は知っていた。


いつも家にきては、訳の分からない水晶玉や掛け軸等を法外な値段で売りつけにくるのだ。


「何か家に用?」

ジローがガンつけした。


「今朝方、輪廻の門が開いたのを感じたのですが。やはり・・・

こちらに身元の知れん裸の娘がいたでしょう。あの娘は、輪廻の瑞玉によって牛から人へと生まれ変わった存在なのです」


ジローは首を傾げた。

「何言ってんだこの坊主」


ナンちゃんはハッとした。

「ちょと!このお坊さん、あのお嬢さんのことを知ってるのね」

「知っていますとも。何せこの私がみるくさんを人にしたのですから」

「本当なの!?」

「本当ですとも。私の持つ水晶玉の一つ、輪廻の瑞玉があの牛を人にしたのです」

「信じられねぇ。みるくが人間になるなんて」

「いいえ。真実です」

坊主は笑顔になって、布袋の中から業務用の請求書作成用紙を取り出した。


「そ・こ・で、輪廻の瑞玉の使用料金なのですが、使用第一回目ということで、多少お値段は安くなっております。本当は、三百万円ほどが相場ですが、なんと!今回特別に百万円でご奉仕いたします。

さぁ、皆さん、拍手をお願いします!」

と、テレビショッピング的なノリで、坊主が請求書を二人の目の前にだした。

そしてその瞬間、二人はやってられないとばかりに坊主に背を向けた。


「ジロー、

とりあえずあのお嬢さんから話を聞こうよ。にわかには信じられない話だもの。話し会うしかないわ」


「そうだなナンちゃん。あの女の子自身から聞かなきゃ、分からんからな」

二人は家へ向かう。

「ちょっと・・・お二人さん。使用料百万円は!?」

二人は坊主を無視して去った。


「チッ・・・」

一人残された坊主は舌打ちした。

「百万耳揃えてきっちり払って貰うまで、通い詰めてやっからなぁ。覚悟してろや」

柄の悪いヤクザみたいな本性を出し、その場を後にした。


「まったくもう。あのぼったくり坊主」

「てか、意味わかんねぇし」

二人はそろってため息を吐いた。


そして家に戻った二人は、

女の子が風呂から出てくるのを居間でじっと待った。

あのコはいったい、自分を何者だと説明してくれるんだろう。

時計の秒針の音が、しーんと静まりかえった居間に響く。


沈黙の続く中、

張りつめた神経を落ち着かせることもできずに、

石のように動くことなく、張り詰めた空気の中にいた。


すると、沈黙に耐えかねたジローが口を開いた。

「女の子、出てくるの遅いな」


「そうねぇ・・・

あ!忘れてたわ。

あのこ、着替えがないのよ!どうしたらいいかしら。男所帯の家に女物の服なんてないわよ」


「俺の服で代用しとくか。風呂に持って行くよ」


「そうね。お願いするわ」


風呂場の脱衣所で、ジローはドアの向こうの女の子に話しかけた。


「もしもし、お嬢さん、風呂からあがったら俺の服を着てくださいね。男物だけど、これしかないんで我慢してください」


しばらく返事がなかった。

心配になってもう一度声をかけた。


「お嬢さん?着替えの服はここに置いとくからね」


すると、ドアの向こうからすすり泣きが聞こえてきた。


「ジローく~ん。助けてよぉ」


「どうした!?」


ジローはドアノブに手をかけたが、ドアを開ようとする刹那、

哀しき童貞(純情少年)の性が、彼を止めた。


今、ドアを開けてしまったら裸の女の子が見えてしまう!

何も身につけない、生まれたままの女の子の姿が!


見たい!

でも、いいのかジロー!?

裸を見られた女の子は恥ずかしい思いをするんだぞ?


だけど、

ま、いっか。

よく考えたらさっきも裸見たし。

緊急だしね。


「失礼しますよっっと」

ドアを開けた先には、冷たい水のシャワーを浴び続け、びしょ濡れになりながら泣く女の子の姿があった。

「ジローく~ん」


上目使いで見てくる女の子をよそに、

ジローは出っぱなしの冷水シャワーを止めた。


「使い方わかんないの?」

女の子はコクンとうなずいた。

「あのね、あのね、触ってたら急に出てきたの。恐かったよぉ」

そして、泣きながらジローに抱き付いた。

「うわー!ちょっと待て、俺まで濡れる!」


ジローは女の子を自分の体から放すと、一目散に風呂場から出て逃げ出した。


「助けてナンちゃん!」


「どうしたのよ」

「あの女の子、自分で体洗えないみたいなんだ。シャワーの使い方も知らないみたいだし」


すると、

女の子がジローを追ってびしょ濡れのまま泣きべそをかき、風呂場から出てきた。

「ジローく~ん、みるくを置いてかないでよ~」


「あら大変!

床が濡れちゃうじゃないの。ジロー、早くあのコを風呂場に戻しなさい。わたしは床を拭くわ」


「勘弁してよ。俺があのコの汚れた体洗うの?」


「他に誰がいるって言うのよ」


「俺が床を拭く」


「ダメよ。あんただって濡れてるじゃない。風呂に戻りなさい」


「ヤダよー」


「戻りなさいったら戻りなさい!

あんた、わたしの言うことが聞けないっての!?」


ナンちゃんがキレそうだったので、

ジローは仕方なく女の子の手を引いて風呂場に戻った。


「どうしたらいいんだよ。もー」

ジローが眉間にシワを寄せたのを見たみるくは申し訳なさそうに、


「ごめんなさい・・・」

と、上目遣いで言った。

ジローの口元がピクッと動いた。


「違うよ。あんたのせいじゃない」


ジローはそう言いながら、女の子の綺麗な裸を見て悩ましく頭を抱えた。


マジで誰か助けてくれよ!

ヤベーんだってマジで。

なんかムラムラするんだけど。悶々するんだけど。マジでヤベーんだけど!


だからと言って、このコをほっとく訳にもいかんし。


ジローは覚悟したかのように、

裸の女の子の肩を力強く両手でガッシリ掴んだ。


「あの、ちょっと、座ってよ」


ジローがどもりながら指差す。

女の子はイスに座った。

ジローは女の子の背中側に座り、風呂窯にお湯を溜めながら女の子の体をボディソープで洗った。

「変な感じ。なんかくすぐったいや」

まるで、体を洗う事が初めてみたいな口ぶりの女の子に、ジローは聞いた。

「体洗ったことないの?シャワーだって知らないみたいだったし」

「うん。人間になったばかりだから、これが初めて」

「マジで?」


「何で?みるくだってさっきからずっと言ってるのに、信じてくれないの?」

「信じらんねぇよ。牛のみるくなら、何で最初から人の言葉が話せるんだよ」


女の子がうつむいた。

そして、手で目をこすった。


泣いているのか?


「い、痛い!この泡、しみる!」

女の子の瞳にボディソープが入ってしまい、彼女はものすごい痛い思いをした。

すかさずジローがシャワーで彼女の目を洗った。

痛い思いをし、

一番信じて欲しいジローには信じてもらえず、

女の子は不機嫌そうにほっぺたをプゥっと膨らませた。


「…なぁ、みるくなら俺の小さい頃のこと知ってんだろ?

みるくとはいつも一緒に過ごしてきたんだから。

例えばさぁ、俺とみるくが散歩でよく行った所はどんな名前だったかな?」


ジローの問いかけに、女の子はすぐに答えた。

「見晴らしの丘!

ジローくんが名付けたんだよね。下の街がよく見える所だからって」


「そんじゃぁさ、俺が小学校一年くらいの頃好きで、よくみるくに話してたのは何レンジャーだ?」


「突貫戦隊ハンマーレンジャー!よく変身ごっことかして、みるくの背中に乗って、戦闘マシーンよ、発進せよ!とかやってたよね。すっごく楽しそうに」


たちまち女の子の顔が笑顔になった。

が、逆にジローは恥ずかしくて顔が赤くなってしまった。

こんなに詳細に話すとは、予想していなかったのだ。


「もう、この話は無しな。お前が俺の昔のこと知ってるのは分かったから」

「みるくのこと、信じてくれるの?」

「そうだな。とりあえず半分は信じた」

「半分?」

みるくはジローの顔を覗き込んだ。

「こっち向くなよ。見えちまうだろ」

ジローはそう言ったきり、考えたくないという風に押し黙り、

向き直ったみるくの背中を洗った。

しばらく無心で手を動かしていたが、ふと、気付いた。


そう言えば、みるくの体を背中の部分しか洗ってない。


「自分で洗えよ」

ジローはタオルをみるくに渡した。

「俺は出るから」

しかし、出し抜けにタオルを渡されたみるくはどうしていいか分からず、オロオロしだした。

「どうすればいいの?」


「全身をそれで擦るんだよ」

ジローが出ようとドアノブに手をかけた時、

みるくはジローを引き留めようと服の袖を掴んだが、

その拍子に足下の泡に滑って勢い余り、ジローに抱き付いてしまった。


「ジローくん。みるくを置いてかないでよ」

みるくの潤んだ瞳に、ジローはクラッとしてしまった。

「みるく一人じゃどうしていいか分かんないよ」


ヤバイ。何か可愛い。

上目使いだからなのだろうか、その裸は挑発的だった。

今、この風呂場という密室で何かが起こったとしても、誰も気付かないだろう。

この、俺に頼りっぱなしの従順な女の子は、俺の言うことなら何でもきいてくれるに違いない。


ジローはよからぬ思いを抱いていた。


童貞辞めるか。


「みるく。これから俺のやることは誰にも内緒のことだぞ」


ジローはみるくのふくよかな胸の膨らみの片方を掴んだ。

手の平に形容しがたい柔らかな感覚が・・・

ジローは両手で胸を掴み、夢中で揉みだした。

みるくはそれを、何も言わずにキョトンとした目で見ていたが、途端に思い出したことがあって、

「懐かしいね。昔もこんなことあったなぁ」

そう言ってジローに笑顔を向けた。

ジローは手を止めた。


「昔よく散歩に行ってた頃、結構遠くの野原まで行って、

ジローくんはお腹空いたのにお菓子何も持ってなくて、

それで試しにって、

みるくのお乳を吸ったんだよね。

結局、みるくのお乳はでなかったけど」


ジローの顔が火をつけたように赤くなった。

「そ、そんなことあったっけ?」

「あったよ。みるくのお乳気に入ってたみたいだった。出ないのにすっごく飲んでた」


ジローはみるくの胸からパッと手を放した。

ジローは、恥ずかしさで何もできなくなってしまった。


「もうお前、何にも言うな」

「ジローくん?」

みるくはよく分からないことだらけで首を傾げた。

ジローの行動が不可解そのものだった。

裸の自分を嫌がっていたのに触ってきたし、だけど、触ってきたと思ったらまた不機嫌そうに顔を背ける。いったいどうしたらいいのか分からない。


「ごめんね。ジローくん」

「何でお前が謝るんだよ。お前、もう黙って座ってろや。頼むから」

ジローはみるくの手からタオルを奪うと、みるくの体をまた洗い出した。

「早く終わらせるから勘弁な」

ジローは先ほどのよからぬ考えを捨て去り、無心になってみるくの体を洗った。

胸から足の先までキレイに洗い終え、乾いたタオルで体を拭いてやって、服を着せてやった。

「う~ん・・・ガサガサする・・・」

ブカブカなジローの服を着たみるくは、気持ち悪そうに体をくねらせた。

ジローはそんな悩ましいみるくの仕草にも無反応だった。

なぜなら、みるくの滑らかなきめ細かい肌を触っている最中、自分の意識を奥深くへと閉じ込めてしまっていたからだ。

その余暇で、みるくのどんな仕草にも無反応にならざるをえなかった。

そうでもしなければ、女の子の裸を前にしてまともな神経ではいられなかったのだ。


そんなジローはボーっとしながらみるくを居間へと誘導した。


するとそこには、先ほどと様子の違った居間の姿があった。

不可思議な洋服が所狭しと並べられているのだ。


セーラー服、

チャイナドレス、

ナース服、

虎柄のビキニに、

メイド服まで選り取りみどり。


まるで秋葉原のコスプレ喫茶のようだ。


家になんでこんなマニアックなものが?

と、首を傾げていると、後ろから中年の男の歓喜の声が。

「オゥ!来たな!」

いかにもスケベそうな親父。この男はジローの父親なのだ。


「何だよこの服は!?」

「ジロー、可愛コちゃんにそんなつまらん格好させちゃならんよ」

「はぁ!?」

「みるくちゃんも、そんな可愛くない恰好したくないよねぇ」

と、親父は、両の人差し指をみるくの胸に向けてクルクル回しながら、

「白いTシャツにピンクの乳首が透けてるよ」

と、胸の先にチョンっと当てた。


「きゃっ」


「親父ー!!この野郎!」

ジローは親父に殴りかかったが、親父はそれをひょいっとかわした。


「何だよジロー。父ちゃんはジローだって、彼女のチャイナ姿とか女王様姿を見たいと思って用意したんだぞぉ」

「キモいんだよ。だいたいどっからこんな服出してきてんだ」

「お前のママが残していったものだよ。みるくちゃんが着るのに丁度いいだろう」

「な!?」

ジローは親父のその言葉で面食らった。

「俺の母親の?」

「そうだぞジロー。父ちゃんとママはこのコレクションで子作りに励んだんだから。この服達のお陰でお前がいるんだぞ」

「吐き気がする。冗談じゃねぇよ。なんだってそんな胸クソ悪いもんとっておくんだよ」


ジローはキレた。

「気持ち悪いんだよボケジジィが」


ジローは血走った目で、親父の背にある壁を力いっぱいぶん殴ると、みるくをおいて、一人2階の自分の部屋へ上がっていってしまった。


「親父さん!

なんであの子の気持ちを逆撫でするようなこと言うんですか?

わざわざあの子の母親の服だなんて言わなくたって、他に言い方はあったでしょう?」


台所で一部始終を見ていたナンちゃんが、親父に言った。

「この服がジローの母親の物だっていうのは本当のことなんだから、別に隠すこともないだろうよ」

「本当のことだからって何でも言っていいんですか?

今まで服がジローの目に触れないようにタンスの奥にしまってたのは誰です!?」

「・・・彼女ができたんだし、もう、母親のことで傷ついたりしないと思ったんだよ・・・

まだ、早かったか。」

親父はやれやれといったふうにため息を吐くと、腰を下ろし煙草を吸いはじめた。


「あの子はまだ子供なんですから」

ナンちゃんは親父の前に灰皿を置き、お盆から湯飲みを三つ、ちゃぶ台の上に並べた。


親父とナンちゃんがジローのことで言い争っているとき、

みるくは、見たこともないキラキラとした服に釘付けになっていた。

「あの・・・これ、どうやって着るの?」

そう言って体にあてて見せたのは、コスプレコレクションの中に混じっていた白いスパンコールのイブニングドレスだった。

「コレも服なの?すごく綺麗」

ナンちゃんはそんなみるくが微笑ましくて、

「着てみるの?」

「うん」

「いいわ。着せてあげる」

と、隣りの部屋へ誘導し、みるくの体に着付けした。

「まぁ!ひとの物にしては、まるであなたのために作られたみたいなドレスねぇ。サイズもぴったり」

みるくは、ベタ褒めのナンちゃんの言葉に照れて、顔がぽっと赤くなった。


「ここに姿見があればねぇ。あなたがどんなに綺麗か自分で見れるのに。まるでお嫁さんみたいよ。フフっ」

そうしたら、

親父もみるくを見ようと戸を開けた。

「おぉ!ママの服は日本人の体つきじゃ大きいのに、意外とピッタリじゃないか。

それどころか胸なんか今にも飛び出そうなくらいにパッツンパッツン」

「エロいわよ親父さん」

ナンちゃんが冷ややかな目で見ると親父は、やー参ったと頭を掻いた。

「ジローくんの母親ってどんな人なのかな?

みるくはジローくんの母親がいなくなってから、ジローくんの友達になるためにここに来たから何も知らないの」


みるくがそう言うと、親父とナンちゃんは顔を見合わせた。


「君は、本当にあの牛のみるくなのか。

ナンちゃんから聞いてはいても信じられなかったんだが、

母親のいない寂しさを紛らわせればと、わしが幼かったジローのために連れてきたのが牛のみるくなんだ」


「うん。来たばっかの時にみるくを牛肉にして食べたりしないから、代わりに家の息子の友達になってくれって親父さんに言われた」


「そうか、君は本当にみるくなんだな。わかったよ。これからもどうか同じように息子の友達で・・・いや、彼女になってくれないか」


「うん。そういうつもりで人間になったの」


「そうかそうか。ありがとうな。みるくちゃんにはお世話になってばかりだ。

でも、もう一つ。

わしのことは親父さんじゃなくて、パパと呼んでくれないかな?」


「うん。パパ」


「ありがとう。パパねぇ、本当は巨乳で可愛い娘が欲しかったんだよぉ。憧れだったんだぁ」

みるくの可愛い声でパパと言われた親父は、すっかり萌え上がってしまい目尻の下がった顔でみるくを抱き締めた。


「ぅう~ん。いい子だねぇみるくちゃんは。よしよし、何か欲しい物があったらパパに言うんだよ。何でも買ってあげるからね」

「やめてくださいよ親父さん。みるくが困ってるわ」

と、ナンちゃんが、抱き締められ困惑するみるくを見かねて暴走気味の親父をとめた。



「みるく、この格好ジローくんに見せてくる」


「そう。ジローは今不機嫌だから、暴力を降るわれそうになったらすぐわたし達の所へ来るのよ。

わたし達、もう仕事に戻るけど、長い間一緒に生活してきたみるくならわたし達がどこに居るか分かってるわね?」

みるくはコクリと頷いた。

ジローの部屋のある2階へみるくが上がっていったのを見送ると、ナンちゃんと親父の二人は牛の世話に戻った。



「親父さん、あの女の子の言うこと本当に信じるの?」


「信じるさ。あの女の子はみるくなんだろう。

そうでなくとも関係ないがな。可愛い女の子が一緒に住んでくれるなんて願ってもないことだよ」


「え?まさか、一緒に住むつもりなんですか」


「うん。そうだけど、何か?」


「だって、あんな得体の知れない子、家がどうなるかわかりませんよ!」


「大丈夫だよ。あの子が自分をみるくだって言うんだ。

家が自分の住処なのに追い出してしまったら何処に行くんだ?

それに、家は今まで色んな人を住み込みで雇ってきたんだ。誰が一緒に暮らしたって何も変わらんよ。もし、万が一何か企んでいたとしてもそのうちボロが出るさ」


「まぁ、勘で悪い子じゃないとは思いましたけどね・・・」



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