竜装騎士、いつの間にか辺境伯になっていた

「エルム辺境伯、我が屋敷までご足労頂き感謝する」


「いえ、こちらこそ、お招き頂き恐縮です。ニジン伯爵」


 いきなり辺境伯扱いされ始めていたエルムは、とりあえず言葉遣いを正して対処するしかなかった。


 ――エルムは村で使いの者から書簡を受け取ったあと、隣領にあるニジン伯爵の屋敷まで来ていた。

 屋敷の外観は古い美術館のような、洗練されたクラシックテイストの帝国建築様式だが、内装も必要最低限の品格ある美術品が飾られているだけだった。

 腐敗した貴族としての地位を立て直した、質実剛健のニジン伯爵に相応しい屋敷といえる。


 さすがに今回は正式な招待なので、正装っぽい“灰”モード――つまりタキシードを着こなしている状態だ。

 髪はオールバック、表情はいつもより達観したような不敵な笑みを貼り付けている。エルム本人の表情というか、モードに付随するようなものなので、内心はいつもと余り変わらない。


「まず数々の非礼、謝罪させてもらおう!」


 ニジン伯爵は突然頭を下げた。

 外見的にはただの青年のエルムに、立場も妻子もある中年の伯爵が――だ。

 自分の本当の年齢より、青年という若い外見でどう見られているか自覚しているエルムは、居心地が悪くなってしまう。


「頭を上げてください。ニジン伯爵。貴方は何も悪くない」


「いや、私は早とちりしてしまった! この伯爵領を出立した直後、入れ違いで皇帝陛下直々の手紙が届くとは……」


 皇帝シャルマの手紙にはこう書いてあった。


『――ニジンよ、貴様に頼みがある。詳細は話せぬが、帝国に多大なる貢献をした竜の飼い主……いや、我が友エルム。その功績もあって、ジャガイの代わりとして辺境伯に叙した。しかし、まだ政は慣れていないだろう。後日、補佐の者を与えようと思うが、それまでは隣領の先達として気に懸けてやってくれると余は嬉しいぞ』


 皇帝直筆、我が友と呼称、正式に辺境伯と認められた――。

 これだけ条件が揃っていてエルムへ攻撃を仕掛けたとなれば、極刑は免れないだろう。

 エルムの気分一つで、ニジン伯爵の家は取り潰し、妻子も路頭に迷うか罰せられるという未来もありえるのだ。


「本当に申し訳ない事をした……エルム辺境伯。せめて妻と、子供二人は見逃してやって欲しい。都合の良い話だとはわかっている……」


「いや、だから俺は……」


 エルムは溜め息を吐くしかなかった。

 ニジン伯爵は軍を率いてきたのは事実だが、ボリス村は一切の被害は出ていない。

 それもニジン伯爵が相手を慎重に見極めてから、何をするか決めるという熟考によるものだ。

 あの時の行動や、村で関わった者達、それにブレイスからも話を聞いて、信頼に値する人物だと判断した。


 それよりも、ニジン伯爵側からすれば、いきなり隣領に得体の知れないエルムが現れたのだ。

 当然の行動とも言える。

 しかし、真面目そうなニジン伯爵の事だ。

 エルムが気にしないと言っても、すんなりと納得するとは思えない。

 そこでエルムは親しくなったシャルマの名前を使う事にした。


「ニジン伯爵。貴方は、皇帝が友と言った人物が、それほど狭量だと思いますか?」


「そ、それは……。しかしだな……あれほどの事をしでかした私だ。このままでは気が収まらん。せめて首を差し出す許しくらいは……」


「お、重い……」


「ん?」


「い、いえ。なんでも……」


 シャルマの言うとおり、エルムは爵位持ちの常識というか、政は慣れていない。

 いくら何でも連絡の行き違いで起きた非礼くらいで、命を差し出すとかは意味がわからない。

 片方が謝って、片方が納得するのなら、もうそれでいいではないか。

 ここは敢えて何か要求して、溜飲を下げさせる他ない。

 ――それに丁度良い条件があった。


「では、ニジン伯爵。貴方に頼みがあります」


「ああ、わかった。この領地を渡そう。エルム辺境伯なら民を正しく導いてくれるはずだ」


「……いや、過大評価しすぎです。俺はシャルマが言うとおり領地運営とか向いてませんから。……って、違います。頼みは領地を渡せとか、そういう事ではありません」


「では、私の命だけで納得してくれるというのか?」


「もう突っ込むのも面倒なので単刀直入に言います。こちらのボリス村と交易ルートを開拓して頂きたいのです」


 エルムの提案に、ニジン伯爵は少しだけ考えたあとポンと手を打った。


「なるほど、交易を経由して資産をエルム辺境伯に全て渡すのですな! 税をメチャクチャにかけまくって! 確かにそれなら間接的で綺麗な金に見え――」


「いえ、あの……なるべくならお互いが得をする方法を模索したいのですが……」


「それでは、私への罰にならないではないか?」


 ドMかこの伯爵は、と追加で突っ込みそうになるのを抑えて話を進める。


「しいて言うのなら、至らない私には助力が必要なのです。そのためにはニジン伯爵が欲しい」


「な、なんと!? 私が欲しい!?」


 何故か顔をポッと赤くするニジン伯爵。

 意味がわからないエルムは当然スルー。


「これから村を拡大させていこうと思うのですが、足りない物が多すぎるのです。そこで村で採れた作物や、ダンジョンから出土したものなどを交易ルートに乗せたいのです」


「なるほど、そういう事でしたか……。てっきり、年甲斐もなく私を……んん、ごほんっ。承知しました、エルム辺境伯。その寛大なお心に報いるよう動きましょう」


「感謝します。といっても、俺はそんなに偉くはありません。成り行きでジャガイの代わりになって、いつの間にか勝手にシャルマの奴に辺境伯を押しつけられていただけですから……」


 心から謙遜するエルムの言葉に、ニジン伯爵は興味を持った。


「失礼ですが、エルム辺境伯と陛下は名前で呼び合う仲なのですな」


「ああ、はい。この前、帝都に行った時に色々と……」


「そういえば~……? 帝都で恐ろしく巨大な災害級モンスターが出現して、それを正体を隠した“竜に乗った騎士”が倒したとか――」


「へ、へぇ~。そんな事があったんですね~」


 嘘が下手すぎるエルムを見て、ニジン伯爵は察したようにフッと笑った。


「どこの誰だかわからない、名も無き救世主に心からの感謝を」

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